2-8裏 解説のヒガンさん
モニターに映し出された都市ファルザーンの光景は、まるで戦場の絵巻物を覗き込むような迫力を帯びていた。
建物群が陽を浴びて影を落とすその街並みの中、二組の戦いが同時進行で繰り広げられている。
息を飲みながら俺は見入っていた。画面の奥で展開される戦闘は、ただの模擬戦ではなく、確かに命の熱を孕んだ現実のような臨場感を持っていた。
一組目の戦いは、リューリィとライラ、そしてシアレナの女の子対決。
まるで物語の挿絵のように美しい三人だが、互いに放つ神力と術の応酬は華やかさと同時に殺気を帯び、俺の胸をざわつかせた。
リューリィは幻術を駆使し、姿を完全に隠しながら上空へと浮遊していた。
その選択は意外でありながら理に適っている。視界が開け、地上にいるライラとシアレナの動きを容易に追える場所。
さらに高所ゆえに不意の攻撃を受けにくい。
「姿が見えないとはいえ、あの場所を選ぶのは賢いな」
俺は感心混じりに呟いた。
「じゃろう? 建物に逃げ込まれでもせん限り、ライラ達の動向は手に取るように分かるし、適当に放った攻撃も当たりにくい」
隣でヒガンが涼しい顔で解説を添える。
その声を聞きながら、俺は内心で唸った。透明化の幻術を維持しながら、追跡を阻む撹乱、浮遊術、さらには氷の矢を絶え間なく繰り出す。しかも別口で都市全体に施した大規模な幻術を維持しているのだ。
常識外れの多重制御。やはりリューリィは桁違いだと実感せざるを得ない。
だが、ライラとシアレナのコンビも決して凡庸ではない。
必死に地上を駆け巡り、攻撃を避けながらも突破口を探し続けていた。俺は拳を握りしめる。
どちらが勝つのか、緊張で喉が乾いた。
防戦一方に見えた勇者組だったが、転機は突然訪れる。
シアレナが囮となり、ライラが彼女を庇った瞬間、ライラの視線が空の一点で止まった。
僅かな歪み。
完璧に近い透明化を、彼女は見抜いたのだ。
「完璧な透明化なんて、俺かアダムやイヴ、その直接の子供たちぐらいだろうな」
思わず口に出してしまった。
リューリィが限界まで抑え込んだ歪みを、偶然とはいえ捕らえたライラの感覚は尋常ではない。
その高すぎるスペックに、俺は冷や汗を覚えた。
以降の流れは一気だった。
ライラは目標を定め、シアレナがそれを補助。
リューリィは迎え撃つものの、的確に防御を重ねるシアレナに阻まれ、ライラの拳骨――神力を纏った拳――が炸裂する。
華奢な見た目に似合わぬ一撃は圧倒的で、戦いの幕を引いた。
俺は慌ててマイクを手に取り、横のヒガンに向けた。
「解説のヒガンさん、今の勝負はいかがでしょう?」
「リューリィは神力を用いた術が強みじゃ。見ての通り身体能力はからきし。見つかった時点で逃げた方が良かったのじゃろうな」
「なるほど。強みを活かす場を作る方が正しかった、と。では勇者組の二人は?」
「うむ、二人ともリューリィの術に嵌った時点で負けじゃった。本来なら。見つけたのは偶然、正しい対処とは言えん。探知は妨害されとったが、封じられていたわけではない。もっと多様な探知を試すべきじゃったろう。リューリィの攻撃が降り注ぐ形ばかりじゃったことから、上空に気づく機会は他にもあったはずじゃ」
「解説ありがとうございます!」
「なんなのじゃこれは……」
困惑気味のヒガンの声を背に、俺は画面を切り替えた。次はウォルクとゼアライスの一騎打ちだ。
こちらは女性組の華やかな戦いとは対照的に、地響きを伴う剣と剛腕の激突だった。
ウォルクは《エストレヴァル》を振るい、必死に食らいつくが、ゼアライスは冷静にいなし、反撃を叩き込む。
その度にウォルクの体が大きく揺れ、劣勢は誰の目にも明らかだった。
「やはり地力の差か……」
俺は思わず息を呑む。額にじわりと汗が滲むのを感じた。
だがその時、空気が変わった。
ウォルクが大きく息を吐き、刹那の集中を見せる。そして放たれたのは、この世界にはまだ存在しない“技”。
「おお、あれは!?」
驚きに声が漏れる。神力万能の時代において、“技”という概念は発達していない。
だがウォルクの振るった一撃は確かに技の形を持ち、鋭く、重く、ゼアライスを横に両断するほどの威力を見せつけた。
この世界、神力による術が万能過ぎて、技とかは無いのである。
ウォルクが技を考えたのだろうか?
「ライラから伝授されたようじゃな」
ヒガンが小さく呟く。
「ライラ……恐ろしいな。神力以外でもあの才能か」
ゼアライスの体は真っ二つに裂かれ、無惨に転がる。
だがこの時代、人は容易に死なない。
平然と復元し、立ち上がる姿に背筋が寒くなる。
ウォルクは力を出し切り、膝をついたまま動けない。ここで決着かと思われた。
しかしゼアライスは見逃した。勝者の余裕か、あるいは武士道のような高潔さか。
ヒガンは「高潔なのは良い事じゃが……」と複雑そうに言ったが、俺は胸の奥で安堵していた。
勇者組にとって、この一瞬の猶予は大きな意味を持つだろう。
女性組も合流し、経過はどうあれ勇者組が勝利を収めたように見えた。俺も安堵の笑みを浮かべかけた――その時だった。
空気が凍りつく。空間を切り裂き、そこに現れたのは最悪の敵、魔王アリアン。都市全体が息を止めたかのように静まり返り、俺の心臓も一瞬止まったように感じた。
アリアンは世界の大半の人々から神力を奪い取った存在。アークライト一族からさえも吸い上げている。
その力は、創世時代に匹敵するほどの脅威。画面越しでも分かるほどの圧力が押し寄せ、俺は呼吸を忘れていた。
ウォルク達の表情が強張る。勝ち抜いた直後の疲労困憊の状態で、この化け物にどう立ち向かうというのか。
「これは……面白くなってきたな」
自分でも震え混じりの声だと気づいた。それでも目を逸らせない。俺は拳を握りしめ、祈るように画面を見つめた。
勇者組よ、ここからどう戦う? 絶望の淵に立たされても、君たちは希望を見せてくれるのか――。




