2-5裏.残念だがポップコーンは無い
「そういえば、あんた見ない顔だな?」
「ああ、あちこちフラフラしててさ。たまたま立ち寄ったら巻き込まれちゃって。俺、ワタルって言うんだ。よろしくな!」
「神シーク・ワタルと同じ名前とは、珍しいな」
……うわ、やっちまった。
心臓が一瞬だけ冷たく縮む感覚がした。そうだ、この時代って俺を神に祀り上げた宗教が、広範囲に根を下ろしているんだった。
しかも、他の宗教なんてまだ生まれていないから、誰であれ『シーク・ワタル』の名を知らない者はいない。
姿や声までは伝わっていないけれど――だからこそ、名前を名乗ることの危うさがある。
神の名をそのまま自分のものにするなんて、常識的にはありえないことだ。
だが「絶対にない」と断言できるほどでもない。
信仰心の強すぎる親が子に神の名を与えた、なんて話もなくはないだろう。今の俺には、その言い訳に縋るしかなかった。
「親が神様好きでさ。まあ、気にすんなって」
――軽口を叩きながら笑ってみせる。口元は笑っているのに、内心は冷や汗が止まらない。
ちなみにヒガンのサーチによれば、実際に「神の名をそのまま持つ人間」は、この時代には存在していないらしい。
だからこそ、俺の言葉が真実味を帯びる保証はない。だが、怪しまれたとしても、ここで突っ込まれなければセーフだ。
雑談で場を繋ぎながら、ひとりになったタイミングで状況を整理する。
「二面同時攻略ってことか?」
「ふむ。アリアンたちは有力な者二名の少数精鋭で攻略。この街には各都市から集まった兵士たちで解放するらしいの」
なるほど、正攻法だな。
数で押すならこちらの都市奪還、質で攻めるなら有力な者たちとの戦い。
作戦としては順当で理に適っている。だが俺の心は、どうしてもアリアンの対決に惹かれていた。
こちらがサクッと片付くなら、そっちを見に行くのも悪くない……。
そんなことを考えながら窓の外に目をやると、ちょうど一体のドラゴンがゆっくりと大地を踏みしめて歩いていた。
時代が時代なら「エンシェントドラゴン」「エルダードラゴン」などと恐れられ、人類の脅威そのものになっていただろう。だが現状では、子供の遊び相手にすらならない程度の力しか持たない。見かけは立派でも、中身はただの大型トカゲ扱いだ。
兵士たちが攻めてきたら、あんな連中は一瞬で蹴散らされるだろう。せいぜい不意打ちで小さな被害を出す程度か。
「魔物の創世期を観察ってことで、のんびり見させてもらいますかね」
俺は独り言を呟きながら肩をすくめた。
――数刻が過ぎた。街の遠方から足音と歓声が届き、兵士たちが到着したらしい。
「おい! 助けが来たみたいだぜ!」
「大丈夫かよ? 魔物倒したら、あいつらがすっ飛んでくるぞ」
避難していた人々の声がざわめく。希望と不安が入り混じった声音だ。
だが俺の予想では、アリアンたちはライラと交戦中で、こちらに現れることはない。
実際、兵士たちが魔物を次々と討伐していっても、アリアンの姿は見えなかった。
――やはり向こうの戦場の方が面白いかもしれない。そう思い始めた矢先、戦況に異変が生じた。
外に出てみると、数人の兵士が倒れ、彼らを取り囲むように一人の男が立っていた。
……あれは、ゼアライス!?
「あれ? あいつって今別の所で戦ってるんじゃ?」
「どうやら罠だったようじゃの」
ヒガンが即座に解析を下す。
「向こうにいるのは偽物。リューリィが作った幻のようじゃの。で、ここにいるのが本物というわけじゃ」
マジかよ。まんまと一杯食わされたってことか。
兵士たちはゼアライスを敵と認識した瞬間、迷いなく一斉に攻撃を仕掛けた。反応は見事に速い。
だが――実力差は歴然としていた。
ゼアライスは飛びかかってきた兵士たちに瞬時にカウンターを叩き込み、たちまち数人を倒す。
まるで獣が群れを蹂躙するような一方的な光景に、息を呑んだ。
「どうした? もっとかかってこい」
余裕そのものの声。ゼアライスは兵士たちの中心に悠然と歩みを進める。
兵士たちは恐怖を押し殺し、散開して神力の光弾を雨のように撃ち放った。
視界を白く塗り潰す閃光、耳をつんざく轟音。大気が焦げ、焦げた煙の匂いが鼻をつく。
その中を、ゼアライスは信じられない速度で駆け抜ける。避け、弾き、かわし、時に腕で受け――傷を負いながらも倒れない。
「すっげ……なにアイツ……」
思わず声が漏れる。俺も似たような状況を経験したが、それは神としての補正があったからこそ可能だった。
ゼアライスは違う。彼はただ己を鍛え上げた肉体と胆力だけで、死と隣り合わせの戦場を楽しんでいるのだ。
まともに喰らえば死ぬはずなのに、それすら恐れずに限界を試す。――人間の範疇に収まらない胆力だ。
そんな一方的な攻撃と回避の応酬は、しばらく続いた。
やがて光弾の雨がやみ、兵士たちは肩で息をしていた。
「ぜぇ……ぜぇ……」
「な、なんだコイツ! どうして倒れないんだ!」
疲労困憊の兵士たちの前で、ゼアライスはなおも直立している。血を流しながら、瞳だけは輝いて。
「良い鍛錬となった。次の俺の課題は防御力だな……」
そう呟くと、彼の身体を神力の光が包み、傷が瞬時に癒えていく。
回復したゼアライスは、今度は疲れ切った兵士たちを容赦なく蹴散らしていった。
「おいおい、せっかく来てくれた兵士たちが全滅しちゃったぞ?」
「あ、息がある人もいるぞ!」
確かに、皆殺しにはしていない。
最後まで抵抗した者には止めを刺すが、それ以外は手加減しているようだ。
妙に中途半端な優しさ――いや、彼なりの矜持かもしれない。
俺は生き残った兵士に駆け寄る。
「おい、大丈夫か?」
「ぐぅ……」
うん、致命傷じゃない。ゼアライスなりに加減している証拠だ。
こんな姿を見せられると、こっちまで助けてやりたくなるじゃないか。
ゼアライスは俺の行動を止める気配も見せない。
つまり、救援するくらいは許されているわけだ。
「おーい、誰か手伝ってくれー!」
俺は声を張り上げ、兵士たちを助け起こした。
こうして都市奪還は阻まれ、この街は依然として占拠されたまま。
モニターを覗くと、有力な者たち……ウォルクとシアレナって二人組か。彼らはアリアンに敗走し、ライラに助けられたようだった。
このままではアリアンの勝ちに傾く。
――ならば、ここで一手加えてやろう。
神たる俺の采配でな。




