2-4裏.特等席で観戦しよう
ライラに神力の制限をかけておいたおかげで、傷を癒やしたライラがすぐに再戦を挑んで「はい、イベント終了」とはならなくなった。
これで盤面は大きく魔王側に傾いたと言える。
俺にとっては、予定調和が一つ崩れた瞬間でもある。均衡が崩れ、混沌に傾いていく――そんな世界の変化こそが面白い。
そんな時だ。俺は「魔王が魔物を引き連れて進軍している」という情報をヒガンから聞いた。
「この世界初の魔王侵略だぞ。これは直に見ないと勿体ないだろ!」
興奮で声が少し上ずった。歴史の教科書に刻まれるような出来事を、俺は一人称視点で覗けるんだ。しかも当事者側の視座で。
「ふむ……最初の目標は都市という所じゃな。なかなかデカい所じゃぞ」
ヒガンが顎に手を当てて言う。
「おっし、早速飛ぶぜ!」
俺は指輪に触れた。視界が一瞬歪み、次の瞬間には《ファルザーン》の上空だ。
俺の眼下に広がる都市の輪郭、その外れに、黒々とした魔物の群れが突如として湧き出たように現れた。
唸り声ではない、明確な殺意を孕んだ咆哮を上げ、人々の暮らす街へと雪崩れ込む。
街は一瞬で阿鼻叫喚に包まれた。逃げ惑う人々、泣き叫ぶ子供、混乱する女性。
だけど俺は、叫びと混じる別の音を聞いた。剣戟の金属音、術の放たれる破裂音。そしてそれに続くのは――魔物の断末魔だ。
「だけどな~」
俺は思わず呟いた。
ビビって腰を抜かしていた男性に、魔物がぶっとい爪を振り下ろした。
だが、その瞬間。男の目が変わり、拳が光を帯びて魔物の攻撃を受け止める。
次いで神力を纏った反撃を叩き込み、魔物は空中に吹き飛び、地に叩きつけられ絶命した。
さっきまでの情けない顔が嘘のような結果。面白い。
しかも、戦っていたのは彼だけじゃない。
女性も、老人も、子供までもが、拳や剣や術で魔物を撃ち倒していった。
何人かは傷を負っているが、致命的ではない。
「残念だけど、魔物はこの時代にはまだ早すぎたな~」
魔物は圧倒的な数を頼りに、雪崩れのように人々に襲い掛かるが、この時代の人類は一人ひとりが戦闘に耐えうる力を持っていた。
まるでゲームで鍛え抜かれたプレイヤーが、序盤の敵を蹂躙しているかのように。
もし悲惨な状況になったら助けようかな、と思っていたが――その必要は無さそうだ。
俺とヒガンは街の片隅に腰を下ろし、のんびりとその一方的な戦いを眺めていた。
やがて空気が変わった。
アリアン達が姿を現したのだ。従える魔物の数も一層増して遠くから囲っている。
「この都市の代表者、あるいは王はいるか?」
アリアンの低く通る声が響く。
「私がこの都市の王、トゥルムリ・ファルザーンだ。お前は何者だ? どこの一族の出だ?」
名乗りを上げたのは王を称する男。だが、俺の目には力不足と映った。
表面上は堂々としているが、内に秘めた力は薄い。正直、周囲の衛兵の方がよほど強い。
「聞け、人よ。我が名は――アリアン・アークライト!」
宣言。カッコいい、と思う自分と、厨二病っぽいなと思う自分とが、頭の中で半々に笑っている。
王はそれを妄言として取り押さえに入ったが、対処に動いたのはアリアンではなく、ゼアライスと呼ばれる戦士だった。
そして戦闘。
「強いな……」
「うぐぅ……」
「つ、強い……なんだコイツは……」
衛兵達は一人残らずゼアライスに叩きのめされた。
早々に倒れた者は命を拾ったが、最後まで立ち向かった者は無慈悲に止めを刺されている。
アリアンやライラのような「血に宿る力」とは違う、積み重ねた経験と技で磨かれた強さ。
ゼアライスは隙が無い。だからこそ、兵士達は次々と倒れていった。
やがて戦いが終わると、アリアンは再び大声で告げた。
「これよりこの都市の占拠を行う! 要求は一つだけだ。服従せよ! そうすれば命は保証する。抵抗しなければ危害も加えないと約束しよう。ああ、抵抗する意思がある者は……挑みかかってくるが良い。その時、アークライトの偉大さが分かるだろう!」
魔物達が都市に雪崩れ込む。
俺は人々の流れに紛れ、講堂のような避難所に入り込んだ。
周囲を見渡せば、不安そうな顔ばかりが並んでいる。
「さて、外の様子は……と」
外を観察してみると、意外にも魔物達は建物を壊さない。
逃げ遅れた人を見つけても、脅して戻るように促すだけで、殺すことはしなかった。
「なあ、ヒガン」
「なんじゃ?」
透明化しているヒガンに声をかける。傍目には独り言を言っているようにしか見えず、少し恥ずかしい。
「この時代の人達って、空間転移を使える奴もそれなりに居るだろ? アリアンの占拠って意味あるか? 市民は自由に逃げられるんだぜ」
「アリアンの占拠は、支配することが目的ではないようじゃの。服従を求めてはおるが、それは建前じゃ」
ヒガンの声は真剣だった。
「アリアンの目的は、全世界に誰も自分を止められない存在であると知らしめることじゃ。だから、逃げる自由を与えているし、力で縛るような支配はしておらん」
「なるほどねぇ。やっぱりアリアンも祖先の影響を受けてるんだな」
俺は小さく笑った。だが内心では別の考えもよぎる。
それも俺には建前に思えた、本音はもっと単純かもしれない――それを突き詰めれば、アリアンと俺はどこか似ているのかもしれない、と。
その間にも周囲の人々は行動を起こしていた。
魔物をこっそり倒そうとする者。空間転移で他都市へ逃れ、状況を伝えようとする者。あるいは様子見で動かない者。
だが、一番のハズレは魔物への攻撃だった。
どれだけ静かに仕留めても、アリアン達には筒抜けらしく、即座に捕らえられて戻されるか、抗い続けて殺されるかのどちらかだった。
さらに俺はモニター越しに気付いた。この都市の王トゥルムリが一人追放されていたことに。
とはいえ、この世界では追放にあまり意味が無い。
例え裸一貫で放り出されても、食料も水も神力で生み出せるし、休む場所も作れる。死ぬことは滅多にない。
「意味があるとすれば、アリアン達の存在をより確実に世界へ知らしめるってことだろうな」
「うむ。そして、その意図は実現しているようじゃ。世界の動きが、魔王アリアン討伐へと傾きつつある」
「いいね」
俺は口元を吊り上げた。
数で言えば世界側が圧倒的に多い。だが、質で言えばアリアン達が有利だ。
この不均衡がどう転ぶか。世界はどう動くか。
――これはもう、講堂に身を潜めて眺めるだけで十分に楽しめる。
歴史が、動き出した。




