2-2裏.神の導き(小声)
アリアンとライラ。
二手に分かれた影を、俺はしばらく目で追い続けた。
夜の冷たい風が頬をかすめ、木々のざわめきがわずかに耳をくすぐる。
どちらを追うべきか――ほんの数秒だが、脳裏では様々な可能性が駆け巡る。
だが、結論は早かった。
「悩んでも仕方がない。ここはライラを追う事にするぞ」
「了解なのじゃ」
月光を浴びたライラは、立ち尽くしたまま動かない。
黄金の髪が銀色に輝き、その姿はまるで絵画のように美しかった。
……アリアンに、どんな思いを抱いていたんだろうな? もしかすると、あれはただの同胞以上の感情だったのかもしれない。
だが、中身が高校生の俺には、そんな微妙な女心を読み解くスキルなんてない。残念ながら。
やがてライラは踵を返し、静かに里へ戻っていった。
背筋は真っ直ぐで、その瞳には決意の光が宿っている――少なくとも、俺の目にはそう映った。
さてさて、直接話を聞くためにも、俺も里に戻らなきゃな。
里の門をくぐると、夜の冷気の中でも焚き火の匂いが漂ってきた。
ライラを待ち受けていたのは、家長だった。
さっきまでの激怒は引いているようだが、その目の奥にはまだ燻る火が見える。
「ライラ。何処へ行っていた?」
「アリアンと話してきました」
「あいつとは暫く合わないようにと言ったはずだぞ?」
低く落ち着いた声だが、こめかみに浮かぶ青筋がその感情を物語っている。
まあ、昨日あれだけ言い争ったんだから、完全に冷めるまで時間が必要だろう。
それにしても、ライラの胆力は大したものだ。
家長の無言の圧力にも臆せず、まっすぐにその瞳を見返している。
「アリアンは動きます。彼の力はきっとこの世界に悲劇を齎すでしょう。止める必要があります!」
言葉には揺るぎがなく、その声は屋敷の広間に澄んで響いた。
だが家長の表情は大きく変わらない。おそらく、予想していた答えなのだろう。
「捨ておけ。追う事は許さん」
「そんな!」
――なるほどな。
アークライト一族は昔から、世間に力を見せないようにしてきたはずだ。
アリアンを追って戦うとなれば、どうしたってその力は公になる。それを避けたいんだろう。
秘密裏に動く、なんて柔軟な発想は……この人にはないらしい。
その夜は結局、家長が取り合うことはなく、夜が明けた。
日が昇ると同時に、里は再び動き出す。
土の匂いと朝露の光が、日常の始まりを告げる。
その中で、ライラは普段着のまま家長の屋敷に入って行った。
「はいどーも、お邪魔しま~す」
俺も少し遅れて屋敷へ足を踏み入れる。
神設定のありがたみで、誰の目にも俺は違和感なく溶け込んでいる。
奥の部屋から、家長とライラの声が漏れていた。
扉を開ければすぐにでも割り込めるが、さすがに二人きりの場に入り込めば怪しまれる。
俺は廊下の柱に背を預け、耳を澄ませた。
「世界はきっと大変な事になります! アリアンを放置するということは、アークライト一族の責任ではありませんか?」
「あるかもしれん。しかし、それでも力を示さない事が優先されるのだ!」
「それはアークライトの力で、世界に害を齎さない為です! 起ころうとしている事を見過ごしては本末転倒です!」
「……黙れ。理由は何であれ、我々は力示してはいけないのだ。示せばそこから罪に繋がる……」
話し合いは平行線を辿っているようだった。
ライラは理屈を重ね、感情を込め、あらゆる手を使って説得を試みる。だが家長は掟という盾を崩すつもりがない。
昨日の晩と同じく、議論は平行線のまま終わった。
「さて、家長との話し合いは進みそうにないぞ?」
ライラはどうするのかな?
ライラの家の明かりは、夜の間ずっと明かりが灯っていた。
何かの準備をしている様子。
夜が明け、曇りがかった朝が訪れる。
空気は湿り気を帯び、空の色は重く沈んでいた。
里が完全に目覚める前、ライラは荷物を背負って家を出た。
その前に立つ家長。険しい表情を浮かべながらも、ライラと目を合わせず、遠くの空を見つめている。
「……家長が……一族が動かないなら、私だけでもアリアンを止めます。邪魔しないでください」
しばし沈黙が降りた後、低い声が返ってきた。
「お前が……勝手に何をしようと儂らは知らん。個人のやる事まで口は出さん……勝手にせい」
ライラの瞳がわずかに見開かれる。
昨日まで頑なに拒んでいた家長が、今はその背を押すような言葉を口にしたのだから。
立場上、家長は動けない。だが心のどこかでは、アリアンを止めてほしいと願っているのだろう。
ライラは短く頷き、里を出て行った。
俺は道の途中でライラとすれ違う。
足を止め、低く囁いた。
「アリアンは、北の森で、黒い城を建ててそこに居るぞ」
彼女が振り返ろうとした瞬間、俺は姿を消す。
辺りを見回し、俺を探す様子がしばらく続いたが、やがて彼女は北へ向かった。
まあ、居場所の当てがなければ助かる情報だっただろう。
アリアンたちは今ごろ、魔物を生み出して戦力を増やしているはずだ。
――さて、ライラはどう動くのか。
俺は胸の高鳴りを抑えられなかった。




