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仮定世界のログキーパー -仮定世界創造神録ー  作者: 田園風景
神話時代 (神韻残響80)
34/67

2-1裏.トラブルは直で見るに限る

  初日を終え、今日はその翌日だ。

 いつもなら教室の窓から退屈な空を眺めている時間。

 だが、今は違う――夏休み様様ってやつだ。自由な時間が、こんなにも心を軽くするとは。


 朝食を胃に流し込み、箸を置いた瞬間に体が前へ動く。

 椅子を引く音がやけに軽やかに響き、俺はそのまま玄関へと突き進む。

 扉を開ければ、夏の朝独特の湿った空気と、遠くのセミの声が一気に押し寄せてきた。汗ばむ感覚すら心地いい。


 向かう先はもちろん、駅近くの高層ビル――「ニューロ・ネクスト・コーポレーション」。

 ここは俺にとって、今もっとも胸を躍らせる場所だ。

 学生は利用時間が限られているが、それ以外の客は二十四時間出入り可能。

 特にロビーはいつでも解放されていて、空調の効いた快適な空間が迎えてくれる。


 ロビーに着くと、ひんやりとした空気が汗を吸い取っていく。

 しばらく待機し、時計の針がちょうどの位置を指した瞬間、俺は受付へ駆け込んだ。


「ようこそ、ニューロ・ネクスト・コーポレーションへ。どのようなご用件でしょうか?」


  顔を上げると、受付は残念ながら小糸さんじゃなかった。

 まあ、この人も十分綺麗なんだけどね――あの優しい声が聞けないのは少しだけ残念だ。


 受付を済ませ、健康チェックを受け、汗を落とすためにシャワーを浴びる。

 髪から落ちる水滴を払い、割り当てられた施設室へ飛び込んだ瞬間、胸が高鳴る。

 ――さあ、今日はどんな歴史が展開されるのか。




  創世の時代は静かに流れ、アダムとイブ、そしてその子供たちの姿はもうない。

 その子孫が、今や世界のあちこちに広がり、集落を作り始めていた。だが――


「つまらん。ヒガン、適当に飛ばしてくれ」

「了解じゃ」


  『天界』の拠点、柔らかなソファーに寝そべったまま、俺はぼやく。

 この時代、アダムの影響が色濃く残っている間は人々は穏やかすぎる。

 争いも事件もなく、ただ日々が淡々と過ぎるだけ。

 歴史としてはいいのかもしれないが、観察者としては退屈極まりない。


 ヒガンが変わらない笑顔で指を動かし、時の流れが加速していく。

 まるで雲が流れる速度を何倍にもしたように、景色の変化が早まる。


 ――気づけば、三千年以上が過ぎていた。




 俺が特に注目していたのは、アークライトの家系だ。

 アダムが施した封印は三代ほどで効力を失った。甘いな、アダム。


 アークライトの血を引く者たちはやがて一族を形成し、里を築いていた。

 他の集団に比べ、彼らは頭一つ抜けた才覚と力を備えている。案の定、内部では小さな衝突が芽生え始めていた。


「ヒガン、ちょっと様子見てくる。ヒガンは目立つから、姿を消して着いてきてくれ」

「わかったのじゃ。して、どこに行くのだ?」

「それはアークライト一族の里、家長の屋敷の中だ!」


  指輪に軽く触れる。次の瞬間、空気がねじれ、視界が白に染まり――気づけば『現世』の地上に立っていた。

 足元の土の匂い、遠くから聞こえる人々のざわめきが、確かにここが生の世界であることを告げていた。

 さあ、楽しいトラブルの始まりだ!




「何を考えている、アリアン!」


  重厚な扉の奥、分厚い机を挟んで、家長が若い男に怒鳴っていた。

 怒りの勢いで机の表面に亀裂が走り、やがて木片が飛び散る。その迫力は本物だ。


 俺とヒガンは人垣の後ろに紛れ込み、その様子を眺める。

 ヒガンは姿を消しているが、俺はそのままだ。設定上、誰が見ても俺を不審に思わないようになっている。

 直接の臨場感はやはり特別だ。天界のモニター越しじゃ味わえない、肌を刺すような緊張感がここにはある。


「して。ワタルの注目しているのはどいつじゃ?」

「あの家長の相手をしている男、アリアンだよ」


  アリアン――アークライトの中でも群を抜く実力者。

 今の世界を見渡しても、トップクラスの存在だ。その目に宿る野望は、必ずや歴史を大きく揺らすだろう。


「アリアンはきっと何かをしでかすぞ。きっとな」


  やがて言い争いは終わり、アリアンは無言で立ち上がる。

 部屋を出るその一瞬、彼の視線が俺をかすめた。心臓が一拍だけ強く跳ねる。

 しかし――設定上、俺を疑うことはできないはずだ。

 案の定、興味なさそうに視線を外し、そのまま去っていった。


「……アリアンに暫く誰も合わないように。さあ、解散だ」


  家長の声が響き、人々はぞろぞろと部屋を後にする。

 その中で、アリアンを追う影が一つ。そしてもう一組、誰にも気づかれぬよう静かに動く男女がいた。


「よし、追うか」

「了解」


  俺たちはその後を、夜の帳が下りた外へと進んだ。




  月明かりの下、アリアンとライラが向かい合っていた。

 さすがにこの距離では近づきすぎると気配を悟られる。

 俺は雲間に身を潜め、ヒガンと共に超望遠と盗聴で様子を探る。


 やがて、闇を裂くように二つの影――ゼアライスとリューリィが現れる。

 三人は声を低く交わしながら、壮大な計画を語り合っていた。

 アリアンの口から放たれる言葉は、一見すれば勇壮で理想的だ。だが、現代の価値観を持つ俺には、裏に潜む冷徹さが透けて見える気がした。


 会話が終わると、三人は空へと舞い上がり、夜空の闇に溶けていった。

 こちらに来るかと一瞬警戒したが、それは杞憂だった。


 残されたのは、静かに立ち尽くすライラだけ。

 月明かりが彼女の横顔を淡く照らし、その影は地面に長く伸びていた。


「さて……どっちを追うべきかな?」


 胸の奥で湧き上がる高揚感を抑えきれず、口元が勝手に笑みを形作る。

 選ぶべき道は二つ――より面白く、波乱を呼びそうな方は、果たしてどちらか。

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