2-16.神々の時代は過ぎる
激闘の余韻がまだ大気を震わせている。
まるで世界が一度壊され、無理やり形を取り戻したかのような有様だった。地面には巨大な亀裂が走り、焼け焦げた大地からは白い蒸気が立ち昇っていた。
その中でウォルクが剣を握ったまま、深く息をついた。全身が汗と血に濡れ、肩は重く沈んでいる。
魔王アリアンは倒れたのだ。
彼の行った悲劇は、世界に多大な影響を与えた。
今の時代を生きる全ての人々が悲しみを苦しみ、様々な感情を覚えている。
これまで、個人で争ったりする程度で、彼のように世界に対して明確な悪意を示し、行動した人は居ない。
そのためそれに準じた役職はあるが、だからといって戦いに特化した人は居なかった。
その為にアリアン達に効果的な対応を取ることが出来ず、抵抗できなかったのだ。
これからこういった悪意に対してどうするか、話し合いがなされることになる。
いや、その前にアリアン達の処遇だろうか。
そして彼らの一族、アークライトについても調べる必要があるかもしれない。
「ウォルク、もう大丈夫なの?」
「大丈夫?」
シアレナとライラが尋ねてくる。
二人の負傷は癒えているが、神力が尽き、体を動かすのも難しそうだった。
「ああ、終わったよ……この神剣が無ければ、勝てなかったよ」
素の実力を考えれば、ウォルクはアリアンにはおろかゼアライスやリューリィにも勝てたかどうか怪しい。
もっと強くならなければとウォルクは思う。
今は良いが、アリアンが復活したら……まだ野望を持って企んでいたとしたら……止められるだろうか?
そう考えながらウォルクは何気に振り返り……驚愕した。
「おい! アリアンが居ない!」
「え?」
「なに?」
先程まで確かに倒れていた。
もう動く余力も無かったはずだ。
三人で辺りを見回すが、どこにもそのアリアンは居ない。
「ゼアライスとリューリィは?」
「ライラさんが二人を拘束して、神力も封じています。その処置に抵抗した様子もありませんし、細工の様子もありません」
ライラが同意して頷く。
とすれば、アリアンはどこに? とウォルクは考える。しかし、思い当たるような所は無かった。
三人が近くの物陰から、遠くまで必死にアリアンの姿を追ったが、結局見つける事が出来なかった。
ウォルク達は、凱旋を果たした。
アリアンは街を襲っていた。しかし、神力を奪う為だろう。人死には殆どない。
ただ、神力を失った女性を警備していた魔物が暴走し、いずこかへと連れ去ってしまったらしい。
神力を奪われるのを逃れた人がそれを追ったが、全員を助けることが出来なかった。
連れ去られた人がどうなったのか……それは誰にもわからなかった。
ゼアライスとリューリィの二人は、神力を封印されたうえで永久幽閉されることになった。
復活した人々の神力により、特別に設えられた地下空間。
永遠の闇の中で、二人はその命が尽きるまで過ごすことになるのだ。
二人がしたことを考えれば、それも仕方がない。
閉ざされた空間で、二人は互いに言葉を交わさず、ただ目を閉じて何かを考えているようだった。
その沈黙は、鎖よりも重く感じられた。
魔王アリアンの捜索は入念に行われた。
あらゆる街を入念に調べられ、野原や荒野を調べ、時には逃げのびていた魔物の巣を壊滅してその中を調べもしたが、痕跡すら見つけることが出来ない。
やるべきことは山ほどある。いつまでもアリアン一人を全員で追う訳にはいかなかった。
定期的に調査を継続していたが、いつしか防衛に力を注力する為、打ち切られることになる。
アリアン達の一族、アークライト一族についても調査がなされる。
しかし、一族の土地は滅ぼされていた。
家々は今や廃墟と化し、砕けた柱と崩れた屋根が寒風に晒されていた。
枯れた噴水があり、ひび割れた石の間から冷たい霜が白く広がっている。
その廃墟の中の一つに、神力をアリアンに奪われた家長が残っていた。
その家長から、彼は低い声で、失われた一族の歴史と、守れなかった血筋について語った。
言葉の一つ一つが重く、室内の空気さえ沈めていく。
同席していたライラは、静かにその話を聞いていた。
彼女の瞳には、淡い光と影が交錯している。家長の言葉の端々に、自分の中の何かが応えるような感覚を覚えた。
彼女は俯き、感情の波が胸を打つのを押し殺す。今は、それを表に出すべき時ではない。
結局、ライラは何も口を挟むことは無かった。
アークライト一族は数を減らし、残った人も世界のいずこかに消えていった。
ライラもアークライト一族だが、彼女一人ではその血も薄まっていくだろう。
知られた事は記録に残されたが、特に処置をする必要は無いと決定したのだった。
こうして、アリアン・アークライトが起こした事件は終わった。
アリアンに奪われた神力はやがて復活したが、それまでの間、復興が進まず大変な生活を経験することになった。
その間、ウォルク・シアレナ・ライラは人々を助けることに尽力する。
勇者の称号は、世界に広まった。絶望の中に見出される希望として、今後の名誉となる。
勇者の剣、神装法真剣は、邪悪な者に奪われると大変なことになるとして、三人が誰にも知られない所へと封印した。
必要な時には、ウォルクが直接封印を解くか、シアレナがその封印の場所を人々に知らせる事になる。ライラはその運用が適切なものか、見届ける役目だ。
時は流れ、戦いの英雄であるウォルクとシアレナは結ばれた。
結婚式の日、ウェルザルトの中心広場は色とりどりの花で埋め尽くされ、鐘の音が澄み渡る空に響き渡った。市民たちは祝福の声を上げ、笑顔と涙で二人を包み込む。手を取り合うその姿は、平和と再生の象徴となり、人々の心に深く刻まれた。
やがて都市は活気を取り戻し、黄金のような繁栄期が訪れた。人々は勇者と付き添った女性の物語を語り継ぎ、未来の子供たちに希望の象徴として語り継いだ。
だが、その平穏の中で――ライラは人知れず姿を消した。
消えたのは、まだ夜が明けきらぬ静かな時刻だった。
足音も残さず、彼女は都市を後にした。誰にも告げず、振り返ることもなく。
辿り着いた先で、彼女はアークライト一族の血を継ぐ男性と出会った。
その出会いは偶然だったのか、必然だったのか。
やがて二人は結ばれ、一族の血は再び濃く受け継がれていく。
それは遠い未来の歴史として、静かに記録されることはない。
アリアンは見つかる事も姿を現すことも無かった。
仮に再来したとしても、今度は対抗するために、戦いを専門にする人も増えていく。
ただ、それらの戦力が役に立つことは無かった。
無駄になるならそれでもいい。平和であればそれでいいと、誰もが想う。
アリアンは、薄暗い空の下で目を覚ました。
「ここは……どこだ?」
見上げた空は鉛色に沈み、雲は一度も形を変えない。風はなく、音もない。
広がる大地は荒涼とし、草一本生えていない。生命の気配は微塵も感じられなかった。
『獄界』
ここでは誰も死なない。
しかし、新たな命が生まれることもない。
そして一度足を踏み入れた者は、自らの意思でここを離れることはできない。
アリアンはしばらく歩き続けた。
どこまでも続く同じ風景に、時間の感覚が削り取られていく。
やがて彼は立ち止まり、この世界が何であるのかを悟り始めた。
居場所を失った魂が彷徨い込み、永遠に留められる世界。
この階層世界に辿り着いた生物は、アリアンが初である。
無意識に神の使いに貰った指輪を触る。
「まあいい……ここで俺は、再び力を得てやる」
アリアンの瞳から光は消えなかった。
この閉ざされた世界であっても、支配し、己の力を示すことはできる。
彼はゆっくりと口元に笑みを浮かべ、静かに歩き出した。
新たな舞台は、この終わりなき牢獄の中にあるのだ。




