2-14.神装法真剣エストレヴァル・ルーメナス
大地を裂き、瓦礫を巻き上げる轟音が響き渡った。
アリアンの放つ神術は大地を粉砕し、衝撃波となって周囲の建造物をも薙ぎ払う。
その余波だけで、地面は幾筋もの亀裂を走らせ、立っているだけでも足元をすくわれそうだった。
対するウォルクの斬撃は、鋼を断ち割る一閃のように鋭く、建物の壁をいとも容易く切り裂いていく。
魔王と勇者――二つの存在が、破壊と力の奔流をぶつけ合っていた。
アリアンが両手を広げ、再び神力の術式を展開する。
術式の紋様は空中に浮かび、淡くも恐ろしく輝く光が集束しはじめた。
ウォルクはその光の奔流を迎え撃つように神器を振るい、幾度も受け流し、避け、時に斬り裂きながら、徐々に距離を詰める。
「それが、神の使いから授かった力か!」
「ぉぉぉおおおお!」
ウォルクの声は獣の咆哮にも似ていた。
神器を通して溢れ出る神力は、彼の肉体を内側から焼くかのように暴れ回り、握る手は震え、息は荒くなる。
制御を失えば、己すらも破壊するであろう膨大な力――それを彼は必死に押さえ込んでいた。
「がぁぁ……おお!」
「どうした? 力を御しきれていないぞ? まるで獣だ」
アリアンの嘲笑が耳を刺す。
その挑発に反応するように、ウォルクの瞳に神力と同色の輝きが宿り、理性が少しずつ削られていく。
攻撃を躱したアリアンの向こうに、静観していたゼアライスとリューリィ。
その姿が目に入った瞬間、ウォルクの動きが変わった。
まるで標的を変えたかのように、彼は二人へと斬撃を放つ。
「おお!」
「ウォルク!?」
ライラの声も届かない。
ゼアライスがその斬撃を受け止めるが、その腕には以前のような余裕はなかった。
「どういうつもりだ?」
と問いかける間もなく、ウォルクは蹴りを放ち、ゼアライスの体を弾き飛ばす。
だが、その腹へ氷の矢が飛来する。
鋭く、凍てつく矢が命中し、衝撃でウォルクは数歩後退した。
「やる気なら……死ぬよ?」
リューリィの冷たい声とともに、氷の破片が宙を舞う。
ゼアライスは即座に体勢を立て直し、アリアンが合流した。
三人の魔王側戦力が一列に並び、戦場の空気は一気に張り詰める。
その緊迫した空気を裂くように、ライラとシアレナがウォルクに駆け寄った。
しかし、暴走した彼は二人すらも敵と見なし、神器を振るう。
ライラは驚きつつもシアレナを庇い、その一撃を受け止めた。
その衝撃で足元の石畳が砕け、火花と共に二人の距離が一瞬離れる。
「シアレナ! 法具をウォルクに!」
「う、うん……!」
だが、アリアン達が迫る気配が背を刺す。
ライラは歯を食いしばり、ウォルクをシアレナへ押しやりながら叫んだ。
「隙を見て、神器に法具を! 頼むよ!」
彼女はすぐさまアリアン達の前へ躍り出る。
足元の地面が砕け、風圧が頬を打つ。全身が軋むが、怯んでいる暇はない。
シアレナは必死になって、ウォルクを抱きしめ暴走を止めた。
「ライラか……お前一人で俺達を止められるとでも?」アリアンの声が挑発的に響く。
「どうかな? 今の私は……調子が良い!」ライラの瞳には、確かな自信と覚悟が宿っていた。
不調が嘘のように神力が満ちる感覚。
それは理由こそ分からないが、確かに彼女の身体は今、全盛以上の力を得ていた。
アリアンとリューリィの術を紙一重でかわし、ゼアライスと正面から衝突する。
金属と金属がぶつかる甲高い音が、戦場に響き渡った。
「何!?」
ゼアライスが驚きの声を上げる。
ライラは低く呟いた。
「……時間くらいは稼げそうだね」
ライラは三人の連携攻撃を受け切っていた。
だが、反撃の隙を探す余裕はない。無理をすれば即座に圧殺されるだろう。
――それでも、彼女は踏みとどまった。背後にはウォルクとシアレナがいる。その時間を稼ぐために。
「早く頼むよ……ウォルク、シアレナ」
一方、シアレナは必死にウォルクを抑えていた。
暴れるたびに神器が振るわれ、その衝撃が彼女の体を打ち据える。
回復術を使えば、その瞬間に抑えが外れかねない。
彼女の中に、焦燥と恐怖が入り混じる。
(私の……唯一の取り柄は、この法具による回復術。もしそれすら失ってしまったら……)
その不安を押し殺そうとするほど、胸の奥が締めつけられる。
だが、ライラが一人で立ち向かう姿を見たとき、心の奥で何かが崩れた。
それは信頼だった。自分を信じて戦ってくれている――その事実が、彼女の迷いを吹き飛ばす。
「ウォルク……聞いて」
既に正気を失って暴れているウォルクの耳元で、囁くようにシアレナは伝えた。
「私は……貴方が好き、愛しています。けど、強くて魅力的なライラが現れてから、ずっと怖かった。貴方がライラを好きになってしまうんじゃないかって。勝る所の何もない私を見向きもしないんじゃないかって。だから、この法具を預かった時、これが私の魅力なんだって思い込んだの……けど、そうじゃないよね。思い込みを大事にしてしまって、本当に大切なことから目を反らしたら駄目だよね」
シアレナは法具を握りしめ、ウォルクの持つ神器に目を向けた。
「これが……この法具があるから、貴方の隣で居られるって思っていた……。でも、もういい! この力を受け取って。あなたに、勝って欲しい! ライラを、世界のみんなを救って、勇者ウォルク!」
シアレナの押さえつけを跳ねのけたウォルクは、暴走のまま神器の刃をシアレナに向ける。
シアレナは、それに合わせて法具を神器に突き刺した。自分の手ごと貫かれるのも構わずに。
痛みと共に、光が爆ぜる。血に染まった法具が神器と一体化し、二人を包むように眩い輝きが広がった。
満身創痍で倒れるライラ。そしてアリアンがその額を掴んでいた。
ライラの神力がアリアンに流れ込み、アリアンは途方もない力を手に入れる。
神力が物質化を果たし、アリアンの鎧として武器として、その身を包む。
「ライラ……お前が俺達と来なかったのは残念だ。ここでお別れにしよう……む?」
突然の発光、そして膨大な神力の高まりを感じた。
その光から出てきたのは……気を失ったシアレナを抱いたウォルクであった。
ウォルクは自我を取り戻していた。それだけではない。辺り一帯を包むかのような神力を、完璧に制御している。
「ごめんな、シアレナ。そしてライラ。もう大丈夫だ」
優しく、シアレナを大地に横たえ、傍に浮かぶ神器を手に取る。
「神器……いや、神装法真剣。やるぞ!」
柄元には、装具と法具が二輪の瞳のように輝いていた。
振るう刃は、夜闇を裂く希望の光を放っている。




