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仮定世界のログキーパー -仮定世界創造神録ー  作者: 田園風景
神話時代 (神韻残響80)
30/66

2-13.対峙の魔王

  空間がひずみ、黒い靄が渦を巻くように凝縮していく。

 五人の間に、黒き影が音もなく立ち現れた。

 ――魔王、アリアン。


 その存在感は、空気そのものを重くする。

 目の前に立つだけで、胸の奥を鋭い氷柱で貫かれるような圧迫感が走った。

 ライラは息を呑む。

 幾度も死線を潜ってきた彼女ですら、この神力は異常としか言いようがなかった。


(……これは……創世の時代に語られる、あの神々の……)


「なんて神力……まるで昔話に聞く創世時代の人々のよう……」


  呟きはかすれ、震えを帯びていた。

 ウォルクもシアレナも、無意識に後退りする。

 体が動かない。筋肉が、骨が、この男を前にして拒絶している。


 アリアンは、感情の色をほとんど見せぬまま周囲を見渡した。

 ライラを視界に収めた時、わずかに眉が動いたが、それだけだった。


 地面に転がるゼアライスとリューリィへ視線を落とし、その状態を一瞥して彼らの敗北を察する。


「……用事はもう済んだのか?」

「ああ。世界の粗方の都市を落としてきた。もののついでに力を奪ってきたが、あまり足しにはならなかったよ」


 淡々と語られる破滅の報告。

 ゼアライスは自分の指輪に視線を落とした。

 アリアンは、その指輪の名を聞いたことがなかったことをふと思い出す。だが、次の瞬間にはどうでもよくなった。

 重要なのは――この指輪が、自らの目的を叶えるための鍵であるという事実だけだ。


「だからアークライト一族の所に顔を出してきた」


  アークライト一族。

 血に宿る力を代々受け継ぎながら、それを表に出さぬことを誇りとし、掟としてきた古き家系。

 世界が滅びようと、決して外へ出ない。

 その孤高の里へ、アリアンは迷いなく刃を向けた。

 全ては力を一つに集めるため――この手に、絶対の頂点を握るために。


 生まれながらにして最強の才を持ち、さらに世界中から力を奪ってきたアリアンを、誰も止められなかった。

 一族の家長でさえも。


「やはり、アークライト一族は素晴らしい。だが、力を秘する掟は不要だな。さて……」


  アリアンの視線がライラに移る。

 一目見て理解する。

 勇者たちにも神の使いが現れ、何らかの力を授けたのだ――でなければ、この短期間での成長はあり得ない。


「お前達の持つ、授かった物を頂こう。そして、その力も俺の糧とする」


  刹那、勇者たちは間合いを取り、武器を構える。

 三人とも、戦いの傷が深く体力も神力も削られた状態だ。

 今のアリアンを相手にすれば、勝ち目などほとんどない。


「ウォルク、シアレナ! 私が隙を作るから逃げなさい!」

「そ、そんな!」

「ライラを犠牲になんて出来ない!」


  理屈では理解している。

 逃げるだけでは到底振り切れず、誰かが足止めしなければならないことも。

 だが、その役目をライラに押し付けることなど、二人の感情が許さなかった。


「俺が、アリアンを倒せば解決するんだ!」

「ウォルク!」


  ウォルクは限界を超えて神器エストレヴァルに神力を注ぎ込む。

 刃が眩く輝き、地面の影が揺らめいた。


神器エストレヴァルよ! 俺にアリアンを倒す力を貸してくれ!」


  下段に構え、全身をばねのように縮め――次の瞬間、稲妻のごとくアリアンへと駆けた。

 ゼアライスをも上回ったあの一撃ならば――。


「なるほど、良い力だ……」


ギィィィン――!


  甲高い衝撃音が響き渡る。

 ウォルクは目を見開いた。

 神器の刃は、アリアンの素手によって完全に受け止められていたのだ。

 手のひらに集中させた神力が、鉄壁の防御と化している。


「くそぉぉぉぉ!!!」


  ウォルクは喉を裂く叫びと共に、命を削るような神力を放出する。

 地は割れ、雷鳴が轟き、大気が悲鳴を上げた。


 だが、アリアンは微動だにしない。

 空いた手から炎が奔り、ウォルクの体を吹き飛ばした。

 シアレナが駆け寄り、法具《ミーネの呼輪》で必死に回復を施す。


 アリアンは手を見下ろした。

 そこには、ごく僅かな傷と血。

 瞬く間に癒えるその傷――しかし、この男に傷を付けられる存在は、そうはいない。


「頂こうか……その力も!」


  その時、小さな何かがウォルクに投げ渡された。

 ライラだった。


「ウォルク! それを神器で突き刺せ!」


  動けないほど力を使い果たしていたウォルクは、シアレナを脇へ押しやり、それを受け取って神器へと突き刺す。

 ――装具《エーメルの円環》。

 まるで最初から一つだったかのように、神器の鍔として融合する。


「ウ、ウォルク!?」

「……ぉぉぉおおお!!!」


  枯渇していたはずの神力が再び溢れ出す。

 いや、それ以上の力が、血肉を震わせていた。


「これは……!?」


  アリアンも異常を悟り、表情を引き締める。

 ウォルクの姿が掻き消え――次の瞬間、首元へ振り下ろされる神器。

 アリアンは飛び退き、同時に破壊の球体を連射するが、ウォルクは全てを弾き飛ばす。

 逸れた球体が山と大地を削り取った。


 二人は激突し、衝撃波が戦場を引き裂く。

 今や、互角。




 ライラはシアレナを連れて後方へ下がりながら、その光景を見つめた。


「これは一体……ライラさん、何をしたんですか?」

「私にも良くわからない……でも声が聞こえた。『装具と法具を犠牲にせよ』って。装具だけでああなった」


  シアレナは唇を噛む。

 自分の法具も同じようにすれば、ウォルクは――きっとアリアンに勝てる。

 だが、それは同時に、自分がライラに何の優位も持たなくなることを意味していた。

 もしかしたら、ウォルクはライラに目を奪われてしまうかもしれない。

 もしかしたら、ウォルクは自分に興味を持ってくれなくなるかもしれない。


(……そんなの、嫌……)


 激戦の轟音の中、シアレナの胸の奥に、戦場とは別の嵐が渦巻いていた。

 その手には法具が握りしめられていた。

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