2-12.地上の決着
ウォルクは雄叫びを上げながら、正面に立ちはだかる巨躯へと突進した。
神器が、その刃に宿る神力に応じて低く唸る。
迸る光が形を成し、幾重にも重なった発光の刃が、一気にゼアライスへと襲いかかった。
「うぉぉぉッ!!」
刃の雨は暴風のように押し寄せる。
しかし、ゼアライスは微動だにせず、足運び手裁きでそれをいなした。
まるで死線を何度も越えてきた者だけが持つ、無駄のない動き。
その瞳は、目の前の猛攻をただの戯れとでも言うように冷めていた。
「良いぞ……だが!」
次の瞬間、ウォルクの懐に踏み込み、拳を放つ。
空気が悲鳴を上げ、ゼアライスの拳がウォルクの顔を捕らえた。
衝撃で視界が揺らぎ、ウォルクの体は錐揉みしながら建物を一つ、二つと突き抜け、瓦礫を巻き上げて転がった。
「……っぐ!」
肺が焼けるように痛む。
だが、ウォルクは歯を食いしばり、顔を振って立ち上がった。
昔の自分なら、あの一撃で意識を失っていただろう。
今、こうして踏みとどまれたのは――ライラの訓練のおかげだった。反射的に神力を全身に巡らせ、防御を間に合わせたのだ。
「こんな……強い奴が、アリアン以外に……」
体内で神力を巡らせ、呼吸を整えながら、ウォルクはゼアライスを睨みつけた。
その動きは、獲物を狙う獣そのもの。
再び駆ける。
正面から突撃すると見せかけ、建物を蹴って迂回し、屋根を駆け上る。
高度を取った瞬間、眼下に見えたゼアライスへと渾身の振り下ろしを放った。
しかし、その行動をゼアライスはすでに読んでいた。
回し蹴りが鋭く放たれる。
ウォルクは読まれたことを悟り、神器を盾のように掲げて受け止める。
「おおおッ!」
「はぁぁッ!」
神器と拳が幾度も激突し、その衝撃波で周囲の建物が崩れ落ちていく。
瓦礫と土煙が戦場を覆い、視界が白く霞む中――押されていたのはウォルクだった。
神器を弾き飛ばされそうになるたび、歯を食いしばり、必死で食い下がる。
「お前みたいに才能があって、強い奴が……なんでアリアンの下についてる!」
「……才能、か」
ゼアライスの低い声には嘲笑が混じっていた。
次の瞬間、ウォルクの腹に重い拳がめり込み、防御ごと吹き飛ばされる。
土煙の中で咳き込みながらも、ウォルクは必死に立ち上がった。
ゼアライスの脳裏に、幼き日の記憶が過る。
アークライト一族に生まれながら、彼は始祖の才を一切受け継がなかった。
一族の中で最底辺――そう評されるほどの力しかなかった。
だが、野心だけは誰にも負けなかった。
その野心を糧に、血が滲むような鍛錬を繰り返してきた。
唯一にして最大の才能、それは努力し続ける才能。
それは強者を打ち倒すことでしか、自分の正しさを証明できなかった。
アリアンが世界を征服したのち、アリアンと戦う約束をしていた。
アリアンをも倒し、いずれは神に挑むのである。
「お前達はただの通過点だ。……終わりにしてやろう」
ゼアライスが歩み寄る。
ウォルクはよろめきながらも、埃にまみれた顔に笑みを浮かべた。
「へっ……カッコいいじゃねえかよ!」
神器を構える手は震えていたが、その瞳は決して折れていない。
「だがな……色んな人たちを踏みにじって平和を奪う理由にはならねえんだよ!」
ウォルクは背を向ける。
その瞬間、気配を頼りに振り抜く――ライラから教わった、名もなき技。
仮に名を付けるなら、『断絶』。
「なにっ!」
予想外の動きに、ゼアライスの反応がわずかに遅れた。
全身全霊を籠めた薙ぎ払いが、ゼアライスの胸を斬り飛ばす。
衝撃の余波が大地に深い溝を刻み、その溝を境にゼアライスの上半身と下半身が分かたれ、転がった。
「……良い一撃だ……」
荒い呼吸を繰り返すウォルク。
力を込めすぎた反動で、もはや体が動かなかった。
だがゼアライスは、上下に分かれた体を神力で繋ぎ合わせ、再び立ち上がる。
その姿はまるで、何事もなかったかのようだ。
しばし、動けないウォルクを見つめ――
「良いだろう。ここは、お前の勝ちとしてやる。このまま行け」
「……何で……」
「お前はあの一瞬、俺を超えていた。それを許すわけにはいかん。今ここで殺せば、その汚点が俺の中で永遠に残る」
ゼアライスは完全な勝利を求める男だ。
それが叶わぬ勝利に意味はない。そう信じていた。
その時、空から何かが落ちてきた。
地面に叩きつけられたのは――リューリィ。
「……そうか。リューリィも負けたか」
ゼアライスは短く呟く。
こうして、ゼアライスとリューリィを相手取ったウォルクたちは、辛くも勝利を掴んだのだった。
土煙が徐々に晴れていく。
崩れた建物の瓦礫の間から、ライラとシアレナの姿が現れた。
ライラの額には汗が滲み、神力を多用したせいか息もやや荒い。
その後ろで、シアレナはまだ緊張を解けない顔をしていた。
「……ウォルク!」
真っ先に駆け寄ったのはライラだった。
体中に打撲と裂傷を負い、神器を杖代わりにして立つウォルクの姿に、彼女の眉がきゅっと寄る。
「全く……無茶しすぎ」
「お前に言われたくねえよ……こっちだって、ギリギリだったんだ」
笑いながらも、その声には疲労が色濃く滲んでいる。
ライラはため息をひとつ吐くと、傷の具合を確認するため、迷いなく彼の腕を取り寄せた。
神力による応急処置が施される間、ウォルクは視線を逸らし、少しばつの悪そうな顔をする。
「……よかった、間に合って」
その横で、シアレナが小さく呟いた。
彼女の瞳には安堵と……ほんのわずかな複雑さが宿っていた。
ウォルクの無事に胸を撫で下ろす一方で、ライラが自然に彼へ手を差し伸べる様子が、心の奥をざわつかせる。
(私は……何を気にしてるの)
そう自分に問いかけながらも、シアレナは一歩遅れて二人に近づいた。
「シアレナも……無事でよかった」
「はい。でも……もう少し頑張れたはずです。次は必ず……!」
強く言い切る彼女に、ウォルクは少し驚き、それから力なく笑った。
「頼もしいな……なら、次は三人揃って勝とうぜ」
その言葉に、ライラも微笑む。
だが彼女の心の奥底では、ウォルクの体から微かに漂う神力の乱れを感じ取っていた。
口には出さない。今はただ、戦い抜いた仲間の無事を確かめることが先だ。
夜風が戦場を吹き抜け、血と土の匂いを運び去っていく。
まだ、この都市の戦いは終わりではない――それを全員が理解していた。
そして、その理解はすぐに正しかったとわかることになる。




