2-11.上空の決着
ライラが、屋根の上を駆ける。
その身を狙うように、どこからともなく放たれた氷の矢が連続して射かけられてくるが、彼女はそれを問題にしなかった。
純粋な体術と神術で軌道を読み、躱し、弾く。
そして、姿なきリューリィを探し続ける。
その後ろを、やや遅れてシアレナが追っていた。
神力の総量では、シアレナの方が勝っている。
だが、ついていくのが精一杯だった。
ライラの動きは迷いがなく、まるで敵の気配を感知しているかのようだった。
(……くやしい)
自分の中に湧き上がった感情に、シアレナは戸惑った。
ライラは強い。それを認めていた。
だからこそ――彼女と並ぶことのできない自分が悔しかった。
並ぶことが出来ないと……
とそれに考えた時に、横からの氷の矢が飛来する。
そのときだった。
横からの氷の矢が、突然、彼女を狙う。
思考が逸れていたせいで、対応が一瞬遅れた。
間に合わない。顔に直撃する――そう思った瞬間、
冷気を纏った矢が空中で止まった。
「っと、油断しては駄目だよ」
ライラだった。
躊躇なく飛び込み、その手で氷の矢を掴んで止めていた。
「ご、ごめんなさい……!」
慌てて頭を下げるシアレナ。
ライラは微笑むと、再度展開する彼女の防御結界の中に駆け込む。
「このレベルの攻撃……本気で見えない場所から撃ってきてる。おそらく、こっちの位置は完璧に把握されている。神力を追っても、反応はまばら……探知を撹乱されてるわね」
ライラの目が鋭くなる。
リューリィの術は、単なる隠密や幻術ではない。あらゆる情報を遮断し、逆にこちらの姿は露わにする――
その手際は、かつてアークライトの集落で見かけた、丁寧なだけの術の印象とはまるで違っていた。
「まさか……これほどの力を隠していたなんて……」
ライラがそう呟いたとき、シアレナが突然前へ出た。
「私が囮になりますから! ライラさん、お願いします!」
「……!」
ライラが言葉を発するより早く、シアレナは結界術をその場に展開し、外へと飛び出した。
そして、ほとんど同時に――上空に巨大な氷塊が形成される。
「っ……え?」
シアレナは、自身が囮になった直後に襲ってきた攻撃に、わずかに遅れて気づく。
即席の結界では到底受け止められない。体勢も空中、回避も不能。
死が視界に迫ったその瞬間、彼女の頭に浮かんだのは、ウォルクの顔だった。
(……こんなところで、終われない……!)
だが、その願いを越えるように――ライラが再び飛び込んだ。
「よくやった、シアレナ」
彼女の手から、雷を纏った光線が放たれる。
その貫通力は氷塊を貫き、さらにその先――空中の“何もない”空間へと放たれた。
そこに、微かな光の歪み。
神力の残滓。
そして――負傷し、姿を晒すリューリィの姿。
「……やっと見えたわね」
ライラはシアレナを抱え、地に落ちる氷塊を避けて屋根の上に着地する。
氷塊は地上の建物群を砕き、轟音を響かせた。
「まさか、あんな場所に……姿を消して浮いていたなんて、誰が思うかしら」
狙撃地点を絞り、撃ち返した攻撃。
ある程度の偶然が重なったにせよ、その決断は神業だった。
「また隠れられる前に、仕掛けるよ!」
「はいっ!」
ライラは足に神力を集中させ、一気に跳躍する。
それを迎え撃つように、リューリィが術を放つ。
空から氷の矢の雨が形成され、空気を凍らせる。
本来であれば、そのすべてがライラを貫き、凍らせ、砕く術式。
だが、それは届かなかった。
――シアレナの結界術が、すべてを防いでいた。
「……やるね」
リューリィが、小さく感嘆する。
遠隔で放たれた結界術。しかも、連続する多重の氷矢を正確に防御しきった。
ウォルクばかりが注目されがちだが、やはりこの少女も“勇者”のひとりなのだ。
「リューリィ、もう終わらせる!」
ライラが叫ぶ。
そこには怒りではなく、決意があった。
「……貴方は真っ直ぐすぎるのよ」
リューリィの中で、かつての記憶が過る。
アリアンに次ぐ才能を持ち、正しさを貫こうとした少女――ライラ。
眩しくて、まっすぐで、だからこそ興味を持てなかった。
「……だから、私は貴方を見ていられなかったのよ」
防御の構えを取る。
だが、ライラの突進はそれをあっさりと崩す。
空中で一瞬、リューリィの目の前にライラの顔が現れる。
「歯を食いしばりなさい――お仕置きよ!」
神力を籠めた拳が、リューリィの顎に直撃する。
爆発のような音と共に、その身体は弾き飛ばされ、地へと落ちていく。
その一撃には、怒りも、焦りもなかった。
ただ、仲間を傷つけた者として。
そして、かつて同じ一族として生きた者への、真っ直ぐな“覚悟”だけが籠められていた。
夜空の歪みが消え、静寂が戻る。
――だが、その下では、もう一つの戦いが続いていた。




