2-10.決意の少女
三人の快進撃は止まることなく続いた。
彼らが次々と都市を解放していく様は、まるで神話そのもののようだった。
民衆は勇者の凱旋に沸き、かつて失った都市が取り戻されるごとに、かすかな希望を信じるようになっていた。
そして、ついに残されたのは――最初に陥落したファルザーンと、アリアンたちの黒の居城のみとなった。
数ヶ月前、惨敗を喫した時点まで、彼らは力と覚悟をもって辿り着いたのだった。
だが、ライラとシアレナの心には、ずっと燻るものがあった。
「……なぜ、アリアンたちは姿を見せないのか」
神力探知を試み、世界全域に目を配ったこともあった。
解放した都市に再襲撃の気配はなく、魔物の分布にも異常な偏りは見られなかった。
唯一不可解なのは――魔王の居城を覆う“結界”の存在だけだった。
その中に何があるのか。あるいは、何が生まれつつあるのか――。
それを知る術はなかった。
「悩んでもしょうがねえ。だったら、こっちから乗り込んでやろうぜ」
そう言って笑うウォルクに、シアレナは苦笑いを浮かべた。
彼の言葉は頼もしく、眩しく映る。……けれど、それだけに、ライラといる時の彼が、どこか遠く感じられてしまうのが悔しかった。
三人は話し合いの末、まずはファルザーンの奪還を決める。
現時点での彼らの力――ウォルクとシアレナは、かつてのライラを超えていた。
ライラもまた、神力こそ未回復のままだが、経験と戦術眼で彼らに追随する力を備えていた。
そして、装具《エーメルの円環》の恩恵による急成長が、三人に自信と希望を与えていた。
アリアンが以前より強くなっている可能性を考えても、十分に勝てる算段だ。
「準備は良いな?」
「ええ!」
「問題無い」
「じゃあ、突撃ぃ!」
ファルザーンの空が裂けた。ウォルクが神力を爆発させ、跳躍して広場へと着地する。
轟音と共に地面が砕け、埃が舞い上がった。
直後、空間跳躍によりライラとシアレナもその後ろに現れる。
「魔物が……居ない?」
「……静か、ですね」
これまでであれば、周囲の警戒魔物たちが一斉に押し寄せてきた。だが、今回は違った。
まるで、都市そのものが眠っているかのような静寂があった。
「おかしい……気をつけて!」
警戒している三人の前に、空間跳躍の歪みが現れる。
出現したのは――ゼアライス。そして、リューリィ。
これまで全く姿を現さなかった魔王軍が、遂に現れたのだ。
「ようやく……”刈り取る”程度になったな。勇者ども」
ゼアライスのつぶやきに、ウォルクが声を荒げた。
「アリアンはどこだ!」
「ああ。あいつは、“目的”を果たしに向かったよ」
その答えに、シアレナの背筋が凍る。
彼女は即座に神力探知を発動し、世界全域へと意識を飛ばす。
その瞳に映ったのは、解放したはずの都市から立ち昇る炎。闊歩する魔物たち。そして、混乱と絶望。
「ありえない……。あれだけの都市群を、たった数日で……」
「襲撃したのは“今”じゃないよ。お前たちが都市を解放して、去った後だ。じっくり、丁寧にね」
リューリィの声音は冷ややかだった。
その口元には、わずかに笑みが浮かんでいる。
「でも……数日前に、世界の様子を確認したときには、そんな痕跡はなかったはず……」
「以前見せた私の幻にお前達が掛かったのを、もう忘れたのか?」
「……!」
シアレナは理解する。
リューリィは、都市そのものに幻影をかけていたのだ。外から見れば平穏そのもの――だが、実際には何が起きていたのか、誰にもわからなかった。
全世界に、それを同時に。
リューリィの真の力が、ようやく顕になった瞬間だった。
「どうする?」
「一旦、戻りたい所だけどね……」
「素直に逃がしてくれそうにありませんよね……」
ゼアライスは神力を高め、無防備に近寄ってくる。リューリィは後ろに控えていた。
ライラが判断する。
「ウォルクはゼアライスを抑えて! 私とシアレナでリューリィを倒す!」
「了解!」
「気をつけて! ウォルク、油断しちゃ駄目よ!」
ウォルクは、神器にありったけの神力を籠める。
ゼアライスは多数の兵を相手に戦い、そのすべてに勝っている。油断できる相手では無かった。
その為の初手全力。
神器は呼応し輝きだした。
空間を切り裂くかのような刃に、ゼアライスは危険を感じて回避する。
狙い通り、二人の分断に成功する。
ウォルクは雄叫びを上げながらゼアライスに立ち向かった。
その間に、ライラとシアレナはリューリィへと迫る。
初めて戦う相手で、どう戦ういう戦い方をするのか分からない。
「遠距離で様子見!」
「はい!」
ライラの雷がリューリィを貫き、シアレナの風刃が胴を薙いだ。
リューリィの姿が揺らぎ、何も無かったようにそのまま立っている。
「これも幻!?」
「正解よ」
直後、無数の氷杭が空から降り注ぐ。
瞬時に防壁を展開するシアレナ。
その中へ、ライラも飛び込む。
激しい氷の嵐が、防壁を叩きつける音が響き渡る。
「こんな攻撃……どこから来てるの?」
「幻はともかく、この精密な攻撃は、確実に“本物”。きっと……どこかに“いる”」
ライラは素早く辺りを見回した。
物陰、建物の窓、背の高い建物の屋上。
そのどこにも人影すら見当たらない。
「探知隠蔽は向こうが上手。直接探し出す!」
「分かりました! 合図ください!」
「いくわよ!」
ライラの全周に走る電撃が、瞬間的に氷の嵐を吹き飛ばす。
その隙に、シアレナが防壁を解き、空間を駆け出した。
どこかに潜む、リューリィを見つけ出すために――。
シアレナの胸の奥には、不安と、焦燥と、そしてひとつの“嫉妬”があった。
ライラと肩を並べるウォルク。戦いの中で信頼を築いていく二人。
彼女には、割って入るすべもなかった。けれど、戦う今だけは――誰にも負けたくなかった。
「必ず見つける……!」
少女の小さな声が、都市に響いた。




