2-9.勇者の進撃と魔王の画策
ウォルクたちの新たな標的は、ルベン――西方の有名な大都市だった。
防備が厚いとはいえ、守るのは魔物のみ。
もしここを奪還できれば、戦線の展開に広がりが生まれる。
それだけでなく、ウォルクたち三人は“対魔王の勇者”として広報されていたため、その活躍は人々の士気を大きく高める意味もあった。
警備する魔物を倒せば、当然アリアンたちが現れる可能性も想定されている。
「シアレナ、ライラ――行くぞ!」
ウォルクが前へ躍り出る。闘志の炎をその拳に宿し、都市の門を突破。
警備していた魔物たちは牙を剥き、次々と立ちはだかった。
だが、神器を手にしたウォルクにとって、もはやそれらは障害ですらなかった。
「……良いな、これは!」
神力を斬撃力に変換し放つ一撃は、従来の数分の一の力で拳と同じか、それ以上の破壊力を生み出す。
斬りつけた軌跡に沿って、魔物たちは一瞬にして蒸発するかのように崩れ落ちていった。
シアレナの支援術と、ライラの補助も的確だった。三人の連携に迷いはない。
戦闘は、わずか半刻で終わった。
魔物を倒せば、アリアン達に感づかれるはず。
……だが、誰もが予想していた“脅威”――アリアンたちは、現れなかった。
ライラとシアレナは、警戒を解かず周囲の気配を探っていたが、気配はない。
まるで、この都市の襲撃なぞ気が付いていないかのように。
「……何を企んでいるのか分からないけど。まあいいわ。シアレナ、市民の安全を確認して。怪我人がいるかもしれないわ」
「わかりました。……じゃあ、ちょっと行ってくるね、ウォルク」
シアレナは笑顔でそう言い、手早く身を翻して街の広場へ向かった。
その背にわずかに陰が差したことに、誰も気づかない。
一方、ライラとウォルクは、戦後の広場の隅で休息を取っていた。
「この《エーメルの円環》……正直、効果はよく分からないんだけど。神力に何か変化はある?」
「……あるな。確かに、身体の芯が前よりも軽く感じる」
ウォルクは拳を握りしめると、神力の流れを確かめるように集中した。
「以前なら、これくらいの鍛錬じゃ何も変わらなかった。でも今は違う。成長してるって、実感できる」
その言葉に、ライラは小さく頷いた。
装具の影響を考えに含めても、彼の伸びしろは底が知れない。
今後もこの勢いで戦い続ければ、やがて――魔王アリアンにすら届く日が来るかもしれない。
そう思わせるだけの気配が、確かにあった。
三人は解放した都市に暫く留まったが、やはり魔王はやってこなかった。
不安は残るが、これ以上待機しても意味はない。
「次の都市を開放しに行こう」
ウォルクが先頭に立ち意気揚々と出発する。
市民たちに次の目的地を伝え、再び旅立った。
その後も各地で都市を解放していったが、魔物は相変わらず敵にならず、アリアンたちの姿も見えなかった。
ある夜。森の中で野営をしていたときのことだった。
「……罠、でしょうね」
ライラが焚き火の向こう、闇を見つめながら静かに呟いた。
「まあ、確かにおかしいよな。都市をいくつ解放しても、全く出てこない。あいつらなら、何かしら反応があってもいいはずだろ」
ウォルクが薪をくべながら答える。
「でも……どういう罠なのかが、さっぱり分からないんです」
シアレナの声には、焦りと困惑が混じっていた。
「……いや、意外と、俺の成長っぷりにビビってんのかもな?」
ウォルクが冗談混じりに笑い、腕をまくって力こぶを作る。
たしかに、彼の成長は著しかった。神力の純度、制御、身体能力。すべてにおいて、旅立つ前とは別人のようだった。
その姿を見つめながら、ライラは内心で微かな羨望を抱いた。
――自分は、いまだに本調子ではない。
傷もなく、痛みもなく、行動に支障もない。なのに、神力だけが、まるで“何か”に封じられているかのように戻ってこないのだ。
《ミーネの呼輪》による回復術も、効果は見られなかった。アリアンの仕業だとすれば、それはあまりに回りくどい。
「……そうね」
ライラはふと、ウォルクの頬に手を触れた。
「えっ……」
驚いて固まるウォルク。
ライラは少年の成長を、ただ純粋に眩しく感じていた。
かつてアリアンの背中を追いかけてばかりいた日々とは違う、別の眩しさ。
思わず、そうして触れていたかっただけだった。
だが、唐突に――
「な、何してるんですか、ライラさん!」
シアレナが、慌てた様子で二人の間に割って入った。
「ん? ああ、ごめん。特に意味はないわ」
「……も、もうっ」
シアレナは目を伏せながら怒ったふりをしてみせたが、その頬はほんのりと赤らんでいた。
ライラは微笑む。
――気づいている。
この少女は、ウォルクに想いを寄せているのだと。
若い二人が、やがて築くであろう未来を、心から願っていた。
「……その未来のためにも、あの魔王を、何とかしないとね」
ライラは夜空を見上げた。そこには星が瞬いていた。
その星の向こうに――彼女にはアリアンの背中が、確かに見えた気がした。
時は少し戻り、都市ルベンが解放された時、黒の居城では別の会話が交わされていた。
「……討伐されたか。ルベンの魔物が全滅した」
ゼアライスが神力を探知し、空間跳躍を使おうとしたとき――
「待て。……今は動かないでくれ」
アリアンが、珍しく抑えた声で制止した。
「……理由を聞こうか」
「やり方を変える。……あいつらには、もう少し自由にさせておく。強くなる過程もまた、収穫になる」
その指には、あの《神の使い》から与えられた指輪が、鈍い光を放っていた。
「……その見慣れない指輪が原因か?」
「そうだ。この指輪で、力を“奪う”ためには、ある程度の強者でなければ意味がない。
より力を蓄えた状態で、迎え撃つ。それこそが、真の“刈り取り”だ」
「……ならば、暴れる機会は残しておけよ。俺の拳も、そろそろ疼いている」
「心配するな。お前の出番も――ちゃんと用意してある」
アリアンが目を細めると、隣にいたリューリィが頷いた。
「では、準備を始めます……“次の段階”へ移るときですね」
彼女の声が消えると同時に、姿もまた、空間の裂け目に吸い込まれるように消えた。
静寂が戻った玉座の間には、アリアンの指輪だけが、不気味な光を灯し続けていた。




