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仮定世界のログキーパー -仮定世界創造神録ー  作者: 田園風景
神話時代 (神韻残響80)
24/67

2-7.魔王への祝福

  魔王アリアンの進軍は止まらなかった。


 各都市の反応は様々だったが、驚くべきことに、戦わずして降伏する都市も少なくなかった。

 恐怖による支配ではない。むしろ、アリアンが征服した後の対応は寛容で、市民にはほとんど手出しをしていなかった。


 魔物が巡回しているとはいえ、外出の自由はあり、空間跳躍を使っての逃亡すら許されていた。

 この“異常な穏やかさ”こそが、一部の都市にとっては「降伏も一つの選択肢だ」と判断させる要因だった。


 だが、抵抗者に対しては容赦がなかった。


 魔物自体はそれほど強くない――問題はその背後だった。

 魔物を倒した瞬間、ゼアライスかリューリィが空間跳躍で出現し、即座に制圧する。

 それでも抵抗を続けた者には、容赦無く死の制裁も下された。


 そうして一つ、また一つと都市は落ちていき、やがてアークライトの名は、世界の半数近くを制した支配者として広く知れ渡るようになった。




  その日も、アリアンは黒の居城――玉座の間で、一人思索に耽っていた。

 数多の都市を制しながらも、彼の視線にはまだ、征服し切れていない地図の空白が映っていた。


 だが、思考は突然中断された。


 何の気配もなく、目の前に“人のような者”が現れたのだ。

 アリアンは瞬時に警戒心を募らせる。


 外の魔物は全く反応していない。リューリィの探知にも引っかかっていなかった。

 そして何より――自身が、この存在の気配に“まったく気づけなかった”。


 それは、アリアンにとって最大級の異常だった。


「……何者だ?」


 アリアンの問いに対し、その存在は明確な答えを返した。

 その声は澄んでおり、男とも女ともつかない中性的な響きを持っていた。


「神の使いです。貴方に、与えるものがあって来ました」

「……胡散臭いな」


  アリアンは言葉と同時に、神力を凝縮した球体を放った。

 威力は抑えているとはいえ、普通の存在ならば即死する力。だが――


 神の使いは微動だにしなかった。


「……ほう」


  さすがにアリアンも、無傷で受け止めた様に、ただならぬ実力を見て取る。


「まあ待て。私は戦いに来たのではない。忠告しに来たのでもない。――“授け”に来たのだ」

「俺に何かを与えよう? ずいぶん上から来るな!」


  アリアンは距離を詰め、強化された拳の連打を叩き込む。

 しかし、彼の眼が見開かれた。

 この世界で、この拳を見切れる者はほとんどいない。それほどまでに洗練され、殺傷力を秘めた連撃だった。

 なのに、この“神の使い”はすべてを淡々と受け止めていた。

 さらに距離を取って放った“炎の矢”も、着弾こそしたが、熱も爆発も発生しない。


「なっ……!」


  アリアンは最大限の注意を払っていた。

 炎の矢が効かない相手なのだ。油断などするはずがない。

 それでも、神の使いは、何の力を使ったのか、気づけばアリアンの首を片手で掴み――

 そのまま床に叩きつけた。

 空間跳躍を封じられ、力も逃せない。

 アリアンは完全に制圧されていた。


「お前は……何者だ……?」

「言っただろう。神の使いだと」


  神の使いの顔が見える。見た目は白い人形。

 だが、その白い顔の向こうの奥――まるで全く異なる“存在”の面影がちらついた。

 首を掴んだまま、神の使いは空いた手で、アリアンの指にひとつの指輪を嵌めた。


「これは、倒した相手の“神力”を奪い、自らのものとするための指輪だ。

 神力を失った者は、しばらくの間はそれを使うことができない。もっとも、いずれは戻る。……何十年かかけてな」


  アリアンの脳裏に、一つの記憶がよぎった。

 始祖・アークライト――

 彼がアダムに“封じられた”時の記録と酷似していた。

 あの時、アークライトは力を奪われ、無力と化したのだ。


 それを今度は、自分が“与えられる側”になる。

 敵に、それを――味あわせる側に。


 思わず笑みがこぼれた。

 自分でも気づかぬうちに、頬が緩んでいた。


 


 神の使いはアリアンから手を離す。


 アリアンはゆっくりと立ち上がると、嵌められた指輪を見つめた。

「……いいだろう。使ってやる。これで、アークライトの偉大さを世界に知らしめてやろうではないか!」


  だが――


「違うだろう?」


  静かな声がアリアンの胸を射抜いた。

 神の使いは、白い顔の奥から感情の読めない瞳でアリアンを見つめていた。


「お前がやっていることは、アークライトの為ではない。

 お前自身の欲望と虚栄のためだ。栄光を浴び、崇められるためだけに動いている。始祖を語るのは、その“言い訳”に過ぎない」


  その瞬間、アリアンの中で何かが弾けた。


「出鱈目を言うなぁぁぁ!」


  全力の神力が暴走し、玉座の間の天井が吹き飛び、城の周囲の魔物は爆風に巻き込まれて霧散する。

 外で警護していた魔物たちが、爆風に吹き飛ばされていく中、リューリィが空間跳躍で現れた。


「……何があったの? あなたがこんなに感情を乱すなんて」

「……なんでもない。なんでも……ないんだよ」


  アリアンは震える手で、指にはめられた指輪を睨みつけた。

 その異物感。まるで“押し付けられた使命”のように感じた。

 だが、捨てれば、それは相手の言葉を認めることになる。


 彼の中に生まれた苛立ちは、行き場を失い、ただ燻り続ける。

 アリアンは、しばらくの間――何もできずに立ち尽くしていた。


 


 遠く、神の使いの影は、すでにどこにもなかった。

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