2-6.世界に刻む名
黒の居城――その玉座の間は、いまや戦場と化していた。
魔王アリアンの創り出したこの広間は、重厚で威厳に満ちた造りだったが、その神聖さは激しい戦いによって徐々に崩されつつあった。
ウォルクは神力を全身に巡らせ、身体能力を極限まで高めていた。
その拳は山肌すら削るほどの破壊力を持ち、足元を蹴れば空すら駆ける。
一方のシアレナは、その神力を精密な防壁へと変換し、敵の攻撃を防ぎ、同時にウォルクの動きと力を強化していた。
二人の力は単体でも強大であり、それが連携したときの攻撃は、まさに一つの術式のような美しさと破壊力を帯びていた。
だが――アリアンはそのすべてをかわし、逸らしていた。
そして、ウォルクの動きに一瞬の隙が生じた刹那、アリアンの光弾が直撃する。
「ウォルク!」
「ぐわぁぁ!!」
壁へと叩きつけられるウォルク。その衝撃は石壁を砕き、残響が広間に轟いた。
叫ぶシアレナに向かって、アリアンは火炎球を生み出して投げつける。
防壁を最大強化してなんとか耐えるシアレナだったが、アリアンが指を鳴らすと、火炎球が爆ぜ、火の奔流が広間を覆い尽くした。
「くっ……!」
その余波に耐え切れず、シアレナの障壁は砕け、炎と衝撃によって吹き飛ばされる。
「どうした? お前たちの神力は、たったそれだけか?」
アリアンの声は冷たく、挑発的だった。
「くそっ……これぐらいで、負けるかあっ!」
立ち上がったウォルクが神力を炎へと変え、拳を振るい火弾を連打する。
それに呼応して、シアレナも真空刃を次々に撃ち出し、二重三重の波状攻撃を仕掛ける。
しかし、アリアンが展開した半透明の障壁が、すべての攻撃を受け止めていた。
「ならば、これはどうっ!」
シアレナは、真空刃に加えて破壊の波動を放つ。
限界を超える出力での強行であったが、それでも彼女はアリアンを倒すために力を振り絞った。
「ふ、それなりにやるではないか」
ついに、アリアンの障壁に亀裂が入る――そして、砕けた。
だが、アリアンはそれすら計算済みであったかのように動いた。
「しまっ……!」
二人が攻撃に神力を傾けすぎて反応出来なかった。
アリアンが駆け出し、間合いを詰める。
振るわれた拳がウォルクの腹部に、そしてシアレナの側頭部に同時に炸裂した。
激しい衝撃と共に、二人は並んで吹き飛ばされ、壁へと叩きつけられる。
「がはっ!」
「きゃぁ!」
傷つき、倒れる二人。
しかし、その表情に絶望はなかった。
「……十分、時間は稼げた……」
ウォルクが呟く。
この戦いの目的はアリアンの打倒だけではなかった。
都市の奪還――そのために、アリアンたち三人をここへ引き留め、足止めすること。
戦局の主軸は、同時進行で行われる都市攻略部隊にあった。
アリアンも、その様子に気づいた。
「……その余裕……何か、仕掛けたか?」
応えるウォルクの声には、静かな勝利の響きがあった。
「都市は奪還された。あとは、お前たちを囲むだけだ」
だが、アリアンは小さく笑った。
「……それなら、もう終わっているよ」
「……終わってる……?」
「当然予測済みだ。都市の奪還があることくらい。だから、対処もしておいた」
「まさか……四人目の協力者がいたのか!?」
「違うさ。俺たち三人だけだ」
そのとき――玉座に座ったまま動かなかったのゼアライスの姿が、音もなく揺らぎ、かき消えた。
残されていたのは、リューリィのみ。
「……幻影……だったの!?」
シアレナの目が見開かれる。
確かに彼女自身が神力で探知をしていた。強大な三つの気配は、間違いなくこの城にあったはず――なのに。
「探知の精度は悪くなかったわ。けれど……幻影を見破るには足りなかった。そんな探知探査で、私の幻影は見破れない」
リューリィの声は、あくまで静かで冷たい。
「ゼアライスは最初から、都市の防衛に送っていたの。君たちがここで時間を稼いでいる間に……彼が全てを片付けている」
「そ、そんな……!」
「それでは――“勇者”たちよ。さらばだ」
アリアンが高めていた神力を、業火へと変え、二人に向けて放つ。
全てを焼き尽くす炎が、玉座の間を覆い――だが、その刹那。
一人の女性が、その前に現れた。
「……ライラ!」
アリアンの声に、ほんのわずかな動揺が混じる。
「私は……きっと、あなたを止めてみせる!」
ライラの手が神術を発動し、空間が揺らぐ。
次の瞬間、彼女とウォルク、シアレナの姿はその場から消えていた。
誰もいない床を、灼熱の炎が舐め、焼き焦がす。
魔王の居城には、再び静寂が戻っていた。
ライラがウォルクとシアレナを転移させた先は、人気のない荒野だった。
都市などに転移すれば、アリアンにすぐに追跡される危険があったため、場所は無作為に選ばれた。
荒れ果てた岩地に着地したライラは、すぐに二人の状態を確認する。
致命傷ではない。神術による治癒で、彼らは再び立ち上がることができるだろう。
けれど――ライラの胸中には、重たい問いが渦巻いていた。
「アリアン……あなたを止めるには、いったいどうすれば……?」
その頃。
アリアンは一人、崩れかけた玉座の間に立っていた。
「意外と……手間取ったんだ」
「ああ。思った以上に戦えた奴らだったよ」
その声に応えるように、リューリィが微笑む。
確かに勝利はした。だが、彼らの攻撃はアリアンにとって無視できるものではなかった。
もし彼らが今後、さらに力を増すとしたら――それは本物の障害になるだろう。
だが、それもまた“魔王”としての証なのかもしれない。
「……勇者がいるなら、魔王はなおさら輝く。そんな話が『知識の蔵』にあったな」
かつて読んだ神話の断片が、記憶に蘇る。
ならば――あの二人が生きているのも、また“必要”なことなのだ。
この障害は、アークライトがより輝くために必要かもしれない。
そして――
都市奪還を試みた戦士たちは、ただ一人、配置されていたゼアライスによって全滅した。
その報が各都市に伝わったとき、人々の心に走ったのは、衝撃と、そして絶望だった。
魔王アリアン。
その名は、世界に確かに刻まれた。




