2-5.歴史上初となる《勇者》
「彼はその血と才能ゆえに、在りもしない“栄光”に囚われているのです」
静かな声に、集まった王や代表者たちの注目が集まる。
ライラは、アリアン――かつての一族の仲間であり、いまや“魔王”を名乗る男――について語っていた。
その言葉には私情を押し殺した冷静さがあったが、奥底には深い憂いがにじんでいた。
始祖、アークライトは、遥か昔にその力を恐れられ、アダムによって力を封印された存在だった。
やがて封印は何らかの理由で解かれ、一族はその強大な神力を受け継いだ。
中でも“男児”は、力を色濃く継ぎ、同時に強い野望を持つ者が多かった。
アリアンはその極致。
生まれながらにして常人を遥かに超える神力を持ち、それを自らの「使命」と信じて疑わなかった。
「彼は、自らこそがアークライトの正当な後継者だと信じています。
封印された祖先の無念を晴らすべく、その力で世界を統べる者――すなわち“神”に代わる存在になると、本気で思っているのです」
ライラの言葉に、会場が静まり返る。
「ならば、まずは討つべきだな」
厳しい表情で一人の王が言った。
「私の大事な衛兵たちが、奴に殺されてしまったのだ! 然るべき報いを! そして、都市を市民たちの奪還も!」
「ふむ。トゥルムリ殿の件も含めて対応すべきか」
アリアンたち三人が今は黒き城へ戻っており、占拠された都市には魔物だけが配置されている――それが確認された情報であった。
「ならば、今この場にある戦力をもって、二人の勇士をアリアンの元へ送り込み、同時に都市へは多数の戦士を展開。魔物を排除し、都市を奪還する」
魔物に市民が手を出せないのは、アリアンたちが控えているからだ。
その本体を抑えることができれば、都市の奪還は容易い。
しかも今回は慎重を期して、都市の奪還は大軍で臨む計画となった。
万全――誰もがそう思った。だが、ライラの胸には一抹の不安が残っていた。
「……本当に、これでうまくいくのかしら」
傷は回復したとはいえ、まだ戦場に立てる状態ではない。
まるで呪いでも掛けられたかのように、回復が遅々としており進まない。それが、もどかしかった。
「へぇ、あれが“魔王”アリアンの城ってわけか。ずいぶん辺鄙なとこに籠ってるな」
その言葉とともに現れたのは、茶髪を無造作に束ねた男――ウォルク・ウェルザルト。
彼はウェルザルト一族の代表にして、代々伝わる強大な神力の継承者。
軽薄そうな笑みと裏腹に、その眼には真っ直ぐな炎が宿っていた。
「確認したわ。あの城に確かに三つの強い神力……間違いない」
隣に立つのは、シアレナ・ウェルザルト。
同じく茶髪をなびかせ、慎重な面持ちで城を見据える彼女の瞳は、どこか切なげだった。
視線の端で捉えるウォルクには、ただならぬ感情が滲んでいる。
目の前の黒き城。周囲には数多の魔物が陣を成していた。
どれも見たことのない種族ばかりで、明らかに異質な存在だった。
「アリアンたちが出てくる前に、こいつらは片付けておきたいな。横槍入れられたら面倒だ」
「片付けてからアリアン達に挑みましょう。途中でアリアンが出て来たならお願い。魔物は私が引き受けるから」
「ありがとよ。……じゃ、行くか!」
神力を開放し、二人は正面から魔物の群れへと立ち向かった。
雪崩のように襲い掛かってくる魔物。
防御を一手に担うシアレナが、精密な神術で敵の攻撃を無効化し、ウォルクの拳が次々と魔物を粉砕していく。
まるで溶けるように、群れが消えていく。
この二人に魔物がどれだけ束になっても、敵わず、圧倒的数が溶けるように消えていく。
やがて、魔物の大半は原形も留めないほど粉砕され沈黙。
残った魔物たちは怯え、散り散りに逃げ去った。
「ラーク!」
「これで準備完了ってわけだ」
血や体液で濡れた身体を術で浄化すると、二人はそのまま城の中へと踏み込んでいく。
なお、二人は武器を持たない。武器を持つのは神力に劣る者ぐらいだ。神力を武器とする彼らには、剣も盾も必要なかった。
拳を握り直し、黒の城へと入って行く。
やがて、城の奥――黒き扉の前にたどり着く。
扉の前には一際強そうな魔物が門番として立っていたが、戦う気は無さそうだ。
一瞥をくれただけで戦う素振りも見せず、静かに扉を開いた。
「ようこそ、我が城へ!」
響いたのは、アリアンの声だった。
広大な玉座の間。
奥に並ぶ三つの玉座に、それぞれアリアン、ゼアライス、リューリィが座っている。
その姿はまるで、王たちを模した“異端の神話”のようだった。
ウォルクとシアレナは、緊張を内に秘めながら静かに前へ出る。
「お前がアリアンか。そして……ゼアライス、リューリィ」
「ええ、そうよ」
答えたのはリューリィ。穏やかな声だが、内に潜む力がにじみ出ていた。
アリアンの前に立った瞬間、ウォルクは悟った。
彼の神力は――想像を超えている。
ただの“力”ではなく、“理そのもの”を捻じ曲げかねない膨大な質量。
後方の二人からも、同様の気配が伝わってくる。
これでは、真正面から三人を相手にはできない。
だが、恐れる暇はない。
「……聞いたぜ。魔王だって名乗ったってな。どういうつもりだ?」
「俺は魔物を創り、その王となった。そして、その王たる俺が世界の頂点に立つ。それこそが、アークライトの正義――やがて神をも越え、理そのものを握る」
「……妄言だな」
ウォルクは一歩踏み出す。
「ここで止めるつもりは無いのか? このままだと、お前は世界を敵に回すことになる」
「“世界”を敵にせずして、何が意味を成す?」
アリアンの笑みは揺るがない。そこには確固たる信念があった。
「……そうか。なら、俺たちが止めるまでだ」
ウォルクの身体が神光に包まれる。
力の奔流がその周囲を揺らし、空間すらたわむ。
シアレナも構えを取り、ゼアライスとリューリィの動きに備える。
「安心しろ。ここはこの魔王アリアンが相手してやろう。勇敢な者たちよ、名を聞こうか?」
「俺はウォルク。ウェルザルトの代表として、そして世界の代表としてお前に立ち向かう!」
「私はシアレナ! あなたの好きにはさせない」
アリアンは構える。その一挙手一投足が、重力のような圧を伴っていた。
「ウォルク、シアレナ――いいだろう。その名、しかと刻んだ。
この戦い、存分に楽しませてもらおう。『勇者』たちよ!」
そして、戦いの幕が――上がる。




