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仮定世界のログキーパー -仮定世界創造神録ー  作者: 田園風景
神話時代 (神韻残響80)
21/68

2-4.歴史上初となる《魔王》

  灰煙が空へと昇っていた。

 都市の一角が、崩れた瓦礫と燃え残る火の粉に包まれていた。

 崩れた壁、焦げた木材、倒れた屋台や焼け焦げた布。そこはほんの一刻前まで、人々の暮らしがあった場所だ。


 だが今、人々の瞳に映るのは、かつて見たこともない異形の存在――“魔物”。


 それは都市の外れから突如として現れ、言葉もなく咆哮を上げ、一直線に人の住む街へと突撃してきた。

 人々は恐れ、叫び、戸惑った。

 けれど、恐怖の中にも人は立ち向かった。


 ――そして、勝った。


「……何だったんだ、これは?」


 煙の中、剣を携えた男が、倒れ伏した魔物の死骸をつま先で突いた。


「見たこともねえ生き物だったな。動物とも違うし、力も強い……けど、今はそれより、怪我人の手当てだ」

「こっちは終わった。他に負傷者は――いないか?」


  互いの無事を確認し合う声。

 崩れた建物の影で、数人が怪我人を運びながら笑っていた。


 創世の時代に比べれば、確かに今の人間は“始祖の血”から遠ざかっている。

 だが、それでも――彼らはまだ「強い」。


 魔物の数は万を超えていた。対する人間は千にも満たなかったが、最初の混乱を除けば、戦いは一方的だった。

 反撃は苛烈で、都市の一部を自らの手で破壊するという失敗すらあったが、終わってみれば――人間の死者は、ゼロ。

 地に伏しているのは、魔物ばかりである。


 


  その様子を、遠く離れた丘の上から三人の影が見下ろしていた。


「……やはり、魔物では駄目だな」


  「だろうな」とゼアライスが応える。


「俺が試しに戦った選りすぐった個体でも、相手にならない。雑魚をぶつけても、人間には勝てんさ」


  「……どうするの?」と、リューリィが静かに尋ねる。

 彼女の視線の先には、燃え落ちた街の景色が映っている。


 その背後には、より強力な魔物たちが、整然と並んでいた。

 それぞれが先程までの魔物を遥かに超える力を持ち、群れとしての規律さえ持つ、いわば“軍”だった。


 アリアンは一つ息をつくと、口を開いた。


「まずは……俺が行こう」


 次の瞬間、彼の姿がふっと掻き消える。

 まるで空気そのものに溶けたように。




  ――その男は、突然現れた。


 魔物の残骸を片付け、傷者の看護を進めていた人々の前に、どこからともなく現れた青年の姿。

 異形ではない。見た目は、確かに人だった。


 だが、その気配は――何かが違う。


「ああ、どこの人だ? 今、ちょっと騒ぎがあってな……」


  周囲の者が声を掛けると、男は問い返した。


「この都市の代表者、あるいは王はいるか?」

「……は?」


  突拍子もない質問に、人々は戸惑うより先に、唖然とした。

 そんな中、一人の男が衛兵を伴い姿を現した。


「私がこの都市の王、トゥルムリ・ファルザーンだ。お前は何者だ? どこの一族の出だ?」


  アリアンは男の姿を見て、目を細めた。

 この時代の“王”と呼ばれる者の多くは、自らが最強であるがゆえにその地位にある。

 だが、このトゥルムリには、そうした力が見えなかった。


 判断は即座だった。


「この程度の魔物で驚く者など、誰も居ない事は最初から承知だ。――あれは、ただの”挨拶”に過ぎない」


  アリアンの背後に、ゼアライスとリューリィが現れる。

 そして、その周囲に……遥か彼方まで、魔物の軍勢が壁のように展開された。


 人々の表情が、徐々に引き締まっていく。

 アリアンは、ゆっくりと右手を挙げ、声を張った。


「聞け、人よ。我が名は――アリアン・アークライト!」


  その声は大気を震わせ、都市全体に響き渡る。


「我が始祖、アークライトの無念を晴らすために、今ここに立つ。

 この手で創り出した“魔物”を率い、世界に新たな理を打ち立てよう。

 我こそが《魔王》。すべての王の上に立つ存在。

 今日この日より、神話に続く歴史は我が名を起点に記される。

 世界は、アークライトの理によって再構築されるのだ!」


  人々はざわめき、笑う者もいた。

 ただの狂人の妄言に過ぎない――そう思ったのだ。


 だが、アリアンの周囲に満ちる“気”を感じたとき、人々は笑うのを止めた。

 圧倒的な存在感。膨れ上がる神力。

 それは、かつての神々が纏っていた気配に近い――いや、それすら凌ぐものかもしれない。そう思わせるものがあった。


「アークライト……? 聞いたこともない一族だな。どこかの新興か?」


 トゥルムリは混乱しながらも威厳を取り繕おうとする。

 だが、その声はわずかに震えていた。


「とにかく、この騒ぎの元凶であることは明白だ。衛兵たち! この三人を捕らえよ!」


 数少ない精鋭の衛兵たちが前に出る。


 この世界では、衛兵という職は特異だ。

 基本的には王自らが最強であり、争いも少ないゆえに守備兵のような存在はほとんど不要である。

 それでも衛兵を置くということは、つまり――王自身が弱い証でもある。


「アリアン。この衛兵……中には戦えそうな奴もいるな。任せてくれ」


 ゼアライスが一歩踏み出す。

 静かなる炎のような気迫が、その身から立ち上がっていた。


「いいだろう。任せる」


  周囲の空気が凍り付く。

 それが、この都市の終焉の始まりだった。


「さあ……俺の力の糧となれ!」


  後の時代、初めて神々が殺されたこの場所を『エルグナ―シア』(神々の終焉)と呼ばれるようになり、長い間、人が寄り付かない地となった。




  その日、ある都市がアークライト一族を名乗る三人と、それに創造された魔物によって占拠されたという報が広まった。

 その都市の市民数名が占拠される直前に逃げ出して、他の都市に助けを求めたのだった。

 三人を防ごうとした衛兵たちは全滅。いずれも神力が高い強者であったというのにだ。

 王トゥルムリは敗北の末に解放されたものの、国を追われる屈辱を味わった。

 トゥルムリが他の都市に救援を求めたことで、これが本当の話だと悟り、魔王アリアンにどう対応すべきか、代表者や王たちが話し合うことになる。


「まずはアリアンと話し合うべきだな。確認に誰か遣わしたのだろう?」

「ああ。使いを出したのだが、戦って服従せよとしか言わなかったらしい」

「偶に居る力を示したい奴か? そもそもアークライトとか言ったか? そんな一族は聞いたことが無いのだが……」

「『知識の蔵』で調べてみたのだが、我らの始祖アダムの系譜にその名前があった。珍しい事にそれ以上の情報が無かったのだよ」

「蔵で調べて無い情報なんて、珍しいな」


  そして、ある一人の女性の名が挙がる。


「ライラ……彼女だけが、あの“魔王”アリアンと交戦し、生き延びたらしい」


  彼女は、今――都市ウェルザルトにて療養中だった。

 深手を負いながらも、奇跡的に回復し、ゆっくりと再び歩き出そうとしていた。

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