2-3.迫る混沌
空が震えた。
神力の衝突により、世界そのものが軋んだかのような衝撃の余波が広がっていく。
激突の結果、ライラの身体は後方へと弾き飛ばされ、空中で姿勢を立て直したものの、顔には焦りが浮かんでいた。
彼女の力では、アリアンの力を凌ぎ切るには足りなかったのかもしれない――そんな不安が、脳裏をかすめた。
「せっかく創った俺の城だ。……創り直せるとはいえ、手間がかかる。外でやらせてもらおうか」
アリアンの言葉と共に、彼の姿が玉座の間から飛び出してくる。
その直後、ライラが数本の破壊の波動を撃ち出した。
一本一本が致命的な神力を孕んだ斬撃のようなそれは、まともに受ければ身体を砕かれるに違いない。
だが、アリアンは冷静だった。
すべての波動を、掌の一振りで打ち払い、空中に爆発の花を咲かせる。
轟音と光の嵐が、まるで祝祭のように夜空を染めていく。
そして、爆炎の中から現れたのは、拳を構えたライラだった。
彼女は一瞬の隙を突き、渾身の一撃をアリアンの頬に打ち込む。
アリアンの身体が空を切り、森へと吹き飛ばされた。倒木がなぎ倒され、土煙が濛々と舞い上がった。
「どう……?」
ライラは息を切らしながら、わずかに微笑みを浮かべた。だが次の瞬間、その笑みは凍りつく。
煙の奥から、何事もなかったかのようにアリアンが歩み出てきたのだ。衣の裾さえ乱れていない。
その異常さに、ライラははっきりと“絶望”を覚えた。
「今度はこちらからだ」
アリアンの掌に、深紅の炎が灯る。
その熱は周囲の空気を震わせ、木々を瞬時に発火させた。
「この『炎の矢』を受けきるならば、認めてやろう。――行け」
炎の概念が空を走る。
光速に近い速度で放たれたそれは、もはや回避など不可能。
ライラは避け切れないと判断、防御障壁は間に合わない。ならば――と、彼女は自身の神力を極限まで身体に集中させ、熱耐性と熱拡散に集中した。
「……うっ!」
閃光と共に、爆風が炸裂する。
その熱量は森林一帯を焼き尽くし、緑はたちまち灰色の大地と化した。
紅蓮の海の中を、アリアンは笑みを浮かべながら歩いていく。
灼熱すら、彼の歩みを止めることはできなかった。
――そして、その空から、一つの影が落ちてきた。
焦げついた外套、全身に煤をまといながらも、確かにまだ呼吸している少女――ライラだった。
「すごいな……この一撃を受けて、なお生きているとは。普通なら、跡形も残らないはずだが……」
ライラの身体は黒く焼け焦げていたが、その目にはまだ、意志の光が残っていた。
その瞬間、アリアンの脳裏に微かな迷いが生まれる。
刹那――。
黒く焦げた“外殻”が剥がれ落ち、ライラの姿がかき消える。
「……っ!」
背後。アリアンが気づいたときには、すでに遅かった。
ライラの拳が背中に炸裂し、その衝撃でアリアンの身体が宙へと浮き上がる。
さらに雷撃が追撃となって空を裂き、直撃。アリアンの体が僅かに発光した。
「……これで……」
地に膝をつくライラ。
彼女はすでに限界を迎えていた。命の炎はかすかに揺らいでいる。だが、その姿は誇りに満ちていた。
「……驚いたよ」
耳に届いたのは、アリアンの声だった。
次の瞬間、衝撃。
視界が横へと傾く。彼の掌が彼女を吹き飛ばしていた。
「まさか“炎の矢”を受けた上で、反撃する力まで残していたとは……俺の想像以上だ。やはり君は、ただの一族ではない。だが――残念だ」
アリアンが空中に浮かべた無数の光球。
一つ一つが山を吹き飛ばすほどの破壊力を秘め、稲光を孕みながら彼の背後に列を成していた。
それらが、一斉に放たれる。
空が裂け、大地が震える。
何度も、何度も。爆発のたびに、世界が悲鳴を上げるかのようだった。
爆煙が晴れたその場所には――ただ、瓦礫の山だけが残っていた。
「……逃げられたか」
アリアンは地面を見下ろし、目を細める。
自分の放ったこの攻撃に、ライラが耐え切れたとは考えにくい。だが、あの彼女が、跡形もなく消し飛ぶとは思えなかった。
直感が告げていた。彼女は、どこかへ逃れたのだ。
「……いや、俺にも甘さが残っていた、ということか」
その考えが、アリアンの胸の奥にわずかな重みとなって沈殿する。
ライラは、かつての仲間であり、同胞だった。一族としての絆、それ以上のもの――情があったのかもしれない。
その可能性に気付きながら、彼はあえて背を向ける。
迷いは捨てねばならない。
道を選び、進むと決めた以上は――。
アリアンは静かに踵を返し、城へと戻っていった。
そのころ、とある都市国家の広場では、人々がいつも通りの穏やかな時間を過ごしていた。
しかし、空間に突如“歪み”が走った。
まるで空気そのものが引き裂かれたような光景に、民衆は息を飲んだ。
その歪みが弾け飛んだ次の瞬間――そこには、深く傷ついた少女が倒れていた。
それは、ライラだった。
彼女は戦いの直前、万が一に備え、緊急離脱用の空間跳躍を準備していた。
最後の一撃を受ける寸前、彼女は神力を行使し、命を繋ぎ止めるためにその術を発動させていたのだ。
「くそ……止められなかった……」
かすれた声で、ライラは呟いた。
彼女の視界に、人々が駆け寄ってくるのが見えた。驚きと恐怖、そして焦りの表情がそこにあった。
治癒の術が施され、応急処置が始まる。
しかし、彼女の言葉は周囲には届かない。ただ、その言葉が、何か重大な異変の始まりを示唆していることだけは――誰もが感じていた。
そして、その予感は的中する。
ほどなくして、遠く離れた別の都市に――異形の軍勢が姿を現す。
黒き城の主。
アリアンの手によって創られし魔物たちが、静かに、しかし確実に人々の暮らしに牙を剥こうとしていた。
神の加護なき時代に。
新たな“神話”が、血と炎によって刻まれようとしていた――。
神話時代の『炎の矢』
基本原理
根源的なエネルギーを「炎」という属性で束ねる事で、対象の分子構造や熱力学的平衡を強力に撹乱し、破壊する。熱と運動エネルギーを極限まで集中させることで、物質を燃焼させ、溶解させ、気化させることに特化している。
破壊プロセス
1.炎の概念の顕現とエネルギーの限定
自身の内に宿る神力を「炎」という特定の属性に集中させる。これは根源的なエネルギーの奔流から、熱、光、燃焼といった「炎」を構成する要素だけを抜き出し、それを具現化する。
この段階で既に「炎の矢」として、視覚的に認識できる灼熱の光と熱を帯び始める。このエネルギーは、熱力学的な法則に縛られつつも、常識を遥かに超えた高密度で集中する。
2.熱エネルギーの伝達と分子結合の破壊
形成された「炎の矢」が対象に着弾すると、その膨大な熱エネルギーが瞬時に対象へと伝達される。
これは、単に表面を焦がすだけでなく、対象の内部構造へ急速に浸透。電圧された熱は、対象を構成する分子の運動エネルギーを急激に増大させ、分子間の結合力を弱める。これにより、物質は急速に燃焼、融解、あるいは気化し始める。
3.二次的な物理的効果と消滅
分子結合の破壊に加え、急速な気化や膨張による内部からの圧力も発生。これにより、対象は内部から破壊され、場合によっては爆発的な現象も引き起こす。
最終的には、対象は燃え尽き、蒸発し、あるいは溶解して原形を留めない形で消滅する。残るのは、焼け焦げた痕跡、溶けた残滓、そして高温の空気の渦のみとなる。




