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仮定世界のログキーパー -仮定世界創造神録ー  作者: 田園風景
神話時代 (神韻残響80)
19/67

2-2.魔物創生

「この辺でいいだろう」


  アリアンの言葉に、二人の仲間は足を止めた。


 周囲には、まだ誰一人として開拓の手を入れていない原生の森が広がっていた。

 樹木は自由奔放に枝を伸ばし、地面は獣の踏み跡だけが交差する。風の音と鳥獣の鳴き声だけが響く、純粋な自然の領域。人の気配など微塵もなく、時の流れさえ止まっているように思える。


「こんな場所で……何を始めるつもりだ?」


  と、ゼアライスが訝しげに尋ねる。

 彼は無駄を嫌う。鍛錬と戦いこそが己の存在価値と信じる男だ。

 力を示すための場を求めてアリアンに同行したが、このような文明の端すら届かぬ辺境は期待外れだった。


「悪いな、ゼアライス。ここに来たのは――人手を作るためだ」

「人手? ……お前の目的は、この『現世』全てにアークライトの威を示すことじゃなかったのか? それに人手など要らんだろう」

「ただ力を誇示するだけでは、王にはなれない。必要なのは“支配の形”だ。威厳と恐怖、統治と尊厳――そのすべてを可視化するために、“従う者”が要る」


  アリアンの言葉は、ただの野心に聞こえるかもしれなかった。

 しかしその瞳には、すでに新たな世界の設計図が映っている。


 そのとき、大地が揺れるほどの重い足音が響いた。

 現れたのは、森の主とも言える巨大なクマ。

 全身を硬い毛皮と筋肉で覆い、人の背丈の数倍はある巨体が、威嚇の咆哮を響かせる。


「やることがある。殺すなよ」

「……了解した」


  ゼアライスは命じられるまでもなく、自らの神力を抑えていた。

 全身に纏う力の奔流を一時封じ、挑むは制圧のみ。


 クマの鋭い爪が迫る。だが、ゼアライスは一歩も退かず、まるで質量そのものを無視したように受け止めた。

 そのまま腕をひねり、空気を裂く音と共に拳を叩き込む。


 巨体が宙に浮き、地面に叩きつけられる。わずか一撃。クマは呻き声を残し、動かなくなった。


「……やはり弱すぎる。我らの子供の遊び相手にもならん。こんな獣で、何を?」

「こうするんだ」


  アリアンがゆっくりと片手を差し出すと、空間に光が奔った。


 彼の神力が解放され、クマの肉体を包み込むように紋様が走る。

 それは創造の力――かつて神々が星を編み、生物を織りなした原初の術式。

 やがて光が収まり、そこにいたのは、もはやただの獣ではなかった。


 牙と筋肉を更に強化され、理性と忠誠心を宿した魔物。人はこの種を後に「オーガー」と呼ぶことになる。


「お前には新たな力と、自己増殖の力を与えた。この森の支配者として、獣どもを従わせろ」


  オーガーは無言で頷き、誕生直後とは思えぬ身のこなしで森の奥へと駆けていった。


「次だ。リューリィ、頼めるか?」

「ええ……任せて」


  リューリィが静かに瞼を閉じると、彼女の身体から波紋のように光輪が広がる。

 癒しにも似た柔らかさを持ちながらも、魔を引き寄せるような力。やがて、光の中から何頭もの巨大なトカゲが引き摺られるように現れた。


 それは、先のクマに勝るとも劣らぬ獣たち――。

 アリアンは再び手を翳す。創造の紋が刻まれ、命の改竄が行われる。


 姿を変えて現れたのは、空を翔ける龍――ドラゴンと呼ばれる存在だった。

 その瞳には明確な意志と知性が宿っていた。


「お前たちにも、同じく増殖の力を与えた。空の支配者として、獣たちを支配せよ」


  その言葉に、ドラゴンたちは羽ばたき、空へと舞い上がる。森の頭上を翔け、風を裂いて消えていった。


「これでいい……魔物という“種”の誕生だ」

「くだらんが……奴らの中から、戦うに値する強者が出ることを願おう」


  ゼアライスはなお不満げだったが、その言葉には少しの興味も混じっていた。


 こうして、この世界に初めて“魔物”が創られた。


 魔物たちは急速に繁殖し、種を広げていく。数は瞬く間に増え、姿形も多種多様。

 人には到底制御できぬ存在へと進化していく。

 だが、彼らには一つだけ共通する本能があった――創造主アリアンへの絶対服従。




  やがて、アリアンたちは魔物の中心地に巨大な城を築いた。


 黒曜石を思わせる漆黒の石で構成されたその城は、異様な荘厳さを放ち、森に不釣り合いな威圧感を漂わせていた。

 魔物たちは忠実にその管理を担い、周囲の獣を捕らえては新たな素材として運び込んでいた。


 だが、ある日。


 玉座の間に座すアリアンの前で、空気がわずかに震えた。


「来たか……」

「誰だ?」

「……ライラだ。二人とも手は出すな」


  アリアンには分かっていた。心の奥に刻まれた記憶が、彼女の気配を正確に捉えていた。

 急速に接近してくるその存在は、間違いなくかつての仲間――そして彼の想いに最後まで言葉を述べた者。


 瞬間、外に配置された魔物の気配が次々と途切れた。

 魔物が弱いわけではない。ライラが、強すぎるのだ。


 その強さは力そのものというより、意志の強さだ。

 彼女は信じている。アリアンの野望が、道を誤っていると。だからこそ、その歩みを止めるためなら、どれだけの壁があっても越えてくる。


――どぉぉぉん!


 爆音と共に、玉座の扉が吹き飛んだ。破片と煙の中から現れたのは、予想通りの姿。


「ようこそ、我が城へ。よく来たな、ライラ」


  アリアンは立ち上がり、玉座から歩み寄る。

 その目にあるのは、懐かしさか、それとも再会への覚悟か。


「探したわよ……アリアン。あの外にいたあれは何なの? 何をしようとしているの?」

「あれは俺たちの手足だ。新しい世界を築くための道具、魔物と呼んでいる。……最初は失敗作ばかりだったが、君が倒した個体はなかなか優秀だったよ」

「やっぱり……あなた、本気だったのね」

「俺は冗談を言わない」


  そのやりとりの間にも、ライラの気配は膨れ上がっていた。空気が震え、周囲の魔物たちが恐怖に駆られて逃げていく。

 それはただの戦闘力ではなかった。彼女が持つ“止めなければならない”という信念の力。


「だったら……倒してでも、あなたの目を覚まさせてあげる!」


  静かに微笑むアリアン。そして真剣な眼差しで向かってくるライラ。


 次の瞬間、光と闇が激突した。

 かつて並び立った二人が、今は相対する存在として。


 


 こうして、“神話”の扉が、音を立てて開かれた――。

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