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仮定世界のログキーパー -仮定世界創造神録ー  作者: 田園風景
神話時代 (神韻残響80)
18/66

2-1.動き始める神魔

 人類の始祖――アダムとイヴが、ある日を境に世界から姿を消した。


 彼らの消失は、子らに深い悲しみをもたらしたが、その哀しみさえも、やがて時の流れに洗い流されてゆく。

 長命であったアダムとイヴに続き、その直系の子であるサリムやカイレルもまた、老いの果てに静かにこの世界を去った。


 創世の人物が消えていく中、人はどんどんと数を増やしていく。

 かつてはわずか数人でしかなかった人の群れも、今では膨れ上がり、森と川辺に点在していた住処は、やがて集落となり、村から街へ、そして国家に近い規模へと発展していった。

 中には、共同体の代表者として「王」を名乗る者すら現れている。


 それでもなお、この時代はにおいても世界には争いの火種はほとんど存在しなかった。

 それは、アダムやイヴの血や教えが色濃く残っていた為だ。


 創世の時代に比べれば、人の持つ力は確かに薄れた。

 神々の声も遠くなり、奇跡の類いは日常ではなくなった。

 それでも、世界には人の脅威となる存在はなく、大地は豊穣で、空は穏やかに澄んでいた。


 開拓の余地はまだまだ無限に広がっており、人々は不自由なく生を謳歌していた。

 どれほど神の姿が薄れても、人々は天に祈りを捧げていた。名から姿を想像する神に向けて、静かに、素朴に、そして無垢な信仰の形として――。


 だがその平穏の中に、波紋が生まれようとしていた。




  その夜、ある屋敷の一室に、激しい怒声が響き渡った。


「何を考えている、アリアン!」


  老いた家長が拳を振るい、分厚いテーブルを粉砕する。その破片は飛び散り、床へ深く突き刺さった。周囲の者は息を呑み、その迫力に押し黙る。


 だが、家をも崩せるその力にしては、怒りはまだ浅いと見て取れた。真に怒り狂えば、家など一撃で跡形もなく消えるだろう。

 それをせずに拳で済ませたのは、あくまで「儀式」――表面上の怒りにすぎなかった。


「何を、って……俺はただ、力ある者がこの世界を統べるべきだと思っただけだ」


  部屋中の視線が集まる中、若き男アリアンは、一歩も引くことなくそう答えた。彼の瞳はまっすぐで、微塵の迷いもない。


「俺達アークライトの一族は、その力を持っている。一族の始祖アークライトは、その力を恐れられて封印されたと聞いている。そして、その後の子孫たちは力を取り戻しても決して使わなかった……俺は、それが間違いだと思う」

「始祖は自ら封印を受け入れたのだ。その想いを継いできた先祖たちも同じだ。それを踏みにじるお前の考えは、先人への冒涜に他ならん!」


  家長の声が再び高ぶる。だがアリアンは首を振る。


「俺には、むしろ力を持ちながら使わずにいることの方が、祖先への裏切りに思える」


  言葉を終えると、彼は踵を返して背を向けた。


「出て行け。お前には冷静になる時間が必要だ」

「言われなくても、出て行くさ。……じゃあな、家長」


  アリアンは周囲の冷たい視線を一身に浴びながらも、堂々と屋敷を後にした。

 誰も彼も、力を持ちながらこの里でくすぶらせているだけ。

 人垣の向こうにいる奴……誰だったか。アリアンの記憶には無い。

 しかし、独り言を呟きながら周りと同じ目をしている奴に、アリアンは興味なかった。




 夜風が頬を撫でる。空は雲ひとつなく、満天の星が冷たく光っている。


 アリアンはしばし立ち止まり、空を仰いだ。

 その瞳に映るのは、ただの星空ではない。遥かなる未来。力が示すべき新たな秩序の夜明けを、彼は見ようとしていた。


 その背後に、足音が近づく。


「待ってよ、アリアン!」


  振り返れば、少女が一人。長く流れる金髪、可憐な容姿。アリアンと並び立つと、誰もが息を呑むほどの美の対比がそこに生まれる。


「……ライラか」

「本当に出ていくつもりなの? 私が家長に話すから、あんなこと言わないで……」


  ライラの声には戸惑いと哀しみが滲んでいた。けれど、アリアンの表情は揺るがなかった。


「知ってるか? 家長だって内心では、俺と同じことを考えてる」

「え……?」

「若い頃の家長は、力を誇示していた。模擬戦の名を借りて周囲を圧倒してた。落ち着いたのは年老いた今だからだ。アークライトの血は、いつだって力を求め、誇示し、使うようにできているんだ」


  アークライトの一族の中で生まれる子供は何故か女性が多い。

 偶に生まれてくる男性の多くは、その内に野心を秘めている事が多かった。

 アリアンは続ける。声は静かだが、その奥にも燃える野心があった。


「この血は、ただの装飾じゃない。その血が、世界の仕組みそのものに干渉しろと叫んでいる。……そして、お前なら理解してくれると思ってた。俺に匹敵する力を持つお前なら、きっと」


  ライラは言葉を失い、アリアンを見つめる。二人の間に、静かな時間が流れた。


 だが、その空気を破るように、もう一組の足音が現れた。


「ゼアライス……リューリィ。どうして二人がここに?」


  そう言いつつも、ライラにはなんとなく判っていた。

 ゼアライスは武を極めるためだけに生きる男。無口で無骨だが、その意思は確かだ。

 彼がここにいるのは、アリアンの掲げる「力の世界」に、自らの意義を見出したからだろう。

 そしてリューリィ。神秘に包まれた女性で、時に常識では測れぬ選択をする者。

 だが、運命という名の直感にだけは逆らわない。彼女がここにいるのは、この時、この瞬間に「運命の徴」を見たからに他ならない。


「こいつらは、俺に賛同してくれた。これから、俺たちは動く」


  アリアンの体が浮かぶ。空へと舞い上がる彼の姿を追い、ゼアライス、リューリィもまた、静かに空へと続いた。


「安心しろ。虐殺が目的じゃない。ただ、我らアークライトの力が、この世界にとって何であるかを知らしめるだけだ。……じゃあな、ライラ」

「待って、アリアン――!」


  伸ばした手は、空を掴むだけ。声も、風に飲まれて届かない。


 ライラはしばしその場に立ち尽くす。

 星があれほど美しく輝いているというのに、彼女の目には、それが闇に覆われていくようにしか映らなかった。


 


 神の声が遠のいた今、世界は新たな物語を刻もうとしていた。

 それは、力を掲げる者が描く新時代の神話――。

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