自称ゾンビの後輩がいつも甘噛みしてくる
昼休みになった。
自分の席で弁当を準備していると、クラスメートの女子が声をかけてきた。
「佐藤君、例の後輩ちゃんが来てるよー」
「はあ、またか……」
ため息を吐いた俺は教室の入り口に目を向ける。
そこにはセーラー服を着たゾンビがいた。
ゾンビはふらふらとした歩みで俺の席に近付いてくる。
ぎょろっとした目でこっちを見ると、おぞましい唸り声を上げた。
「うああああああああぁ……」
「よう、鹿場。元気か」
「ああああああああああ、げんきあああああああああ」
「そうか、よかった」
こいつは鹿場ねね。
映画研究部の後輩で、ゾンビ映画が大好きのオタクだ。
そして、普段から自分がゾンビという設定で行動する正真正銘の変人である。
鹿場はいつも特殊メイクとボロボロの制服のセットで登校してくる。
そのクオリティーは本職のコスプレーヤーと比べて遜色ないほどに高い。
当初は生活指導の先生によく叱られていたが、あまりにも改善する気配が無いので最近は黙認されている。
当たり前と言うべきか、この奇抜な趣味のせいで友達は少ない。
だからこいつは、先輩である俺の教室に入り浸って昼食を取っていた。
「そろそろ自分の教室で食べろよ。誰か誘えばいいだろ?」
「うがっ、うううぅ……」
鹿場はゾンビの演技をしたまま肩を落とす。
グロテスクなメイク越しにも泣きそうなのが分かった。
俺は慌てて謝って話題を変える。
「ごめんって。それより今日はどんな弁当なんだ? 見るのが楽しみだったんだ」
「う!? うああうあああううああっ!」
鹿場は嬉しそうに弁当箱を開ける。
その中に広がる光景に俺は顔が引き攣った。
人間の指を模したソーセージに、血糊風のケチャップ。
眼球っぽいゆで卵。
ハムやチーズで作られた妙にリアルな歯と唇。
舌に見えるように形を整えた明太子。
ゼリーで作った脳味噌。
全体的に食欲を消滅させるビジュアルだった。
しかし正直な感想を言うと鹿場が泣きそうなので、俺はなんとか褒め言葉をひねり出す。
「今日もすごいな。自分で作ったのか」
「うあ」
「器用だな」
「んああああ」
機嫌を取り戻した鹿場との昼食を終え、ほどなくして休み時間が終わる。
そして放課後。
部室で新作映画のチェックをしていると鹿場がやってきた。
俺は棚にあったDVDを見せて提案する。
「一緒にゾンビ映画観るか」
「うああああっ!」
そんなわけで鹿場と一緒にゾンビ映画を観る。
隣に座る鹿場のテンションがだんだんと上がり、中盤以降はなぜか俺の後ろに回り込み、首筋や耳を甘噛みし始めた。
ゾンビになり切っているつもりなのか。
次第に行為がエスカレートし、甘噛みの合間に舌で舐めてくるようになる。
俺は画面から目を離さずに文句を言う。
「やめろって」
「ううあああああ」
「聞いてんのか」
「うあうあ」
結局、エンドロールを迎えるまで鹿場の行為が止まることはなかった。
映画が終了した瞬間、俺は鹿場を押し倒して睨む。
「……よくも邪魔してくれたな。俺が落ち着いて映画鑑賞するのが好きって知ってるよな……?」
「ううっ!?」
腕を掴まれた鹿場は驚いていた。
それでもゾンビの演技を続けるので、俺は顔を寄せて脅す。
「次やったら俺が噛んでやるぞ」
「ひゃうっ、お、お、お願い、します……?」
顔を真っ赤にした鹿場が人間の言葉を喋る。
しかし「お願いします」って何だ。
リアクションがおかしいだろ。
俺がツッコむ前に、自分の失言に気付いた鹿場が喚き出す。
「ああ、あっ……あっあっあっ……」
赤面したまま慌てた末、鹿場は部室から逃げ出してしまった。
入れ代わりで入ってきた部長が、俺を見てニヨニヨと笑う。
俺は誤解を解こうと口を開く。
「あの、違うんですよ……」
「おやおや。ゾンビ娘に欲情するとは変態だねえ」
遠慮なく茶化してくる部長を前に、俺はゾンビのように唸るしかなかった。