第88話 魔の言の葉の意味
彫像のように固まり、同じく彫像であるモーラと、床であるガズモーと、装飾であるフローラと繋がっているミーアは猫のような、猫目を満月のように大きく瞼の中に浮かべていた。
「全部外れてるニャ」
「ライデンってあんなに強かったかしら。それともベルゼルスギルスが外してる?」
ダークエルフの長い耳がピンと跳ねる。
両眉の間に数万年分の皺が刻まれる。
「分かっていない。まるで分かっていない。ギャスター、今の攻撃はなんだ」
「言われた通り攻撃した。お前の指示が悪いんだ」
「レイネリア。躱せと合図を送ったが、それは反逆の意志ですか?意志、ならば私は王の権限を行使するのみ」
「…違う。攻撃はちゃんと狙った。アタシには逆らえない。だからレプト君…、お願いだから逃げて」
苛立ち、部下のせいにする王と自らが名乗る者。
レプトはやはり考える。脅して利用する。それは確かにベルゼルスギルスというダークエルフらしい。
だけど、これは——
人間が足を止めて考えていると、偽王の周りの花々が口遊んだ。
「あらあら。少なくとも私たちの攻撃は受けていたわよね」
「はい?」
「あぁ、撃ち返されたな。見事な太刀裁きで」
「何が言いたい。この椅子風情が」
「あー、そうじゃん。最後の二発はベルゼルスギルスの奴じゃん。ねぇ、レプト」
すると子供悪魔が嬉しそうに人間にも話しかける。
戸惑い中だから、両肩が跳ねる。
「へ…。あぁ…。そうだった。いやぁ、凄い攻撃だったよ」
杖による攻撃かと思っていたが、あれは本人の意志で放っていたらしい。
逃げてというのはここから逃げてという意味だったらしい。
そして、レプト本人の意志も働いていた。
——戦闘用スキルって使ったことなかったから、どんな感じか使ってみた。
——やっぱ、最高じゃん。ネーミングはもう一度話し合おう。
こんなこと言える雰囲気ではなさそう。
レプトは心の声を押し殺して我慢をする。
「四天王様の攻撃に比べて、ベルゼルスギルスの攻撃は…、些か情緒に欠けて御座った。アレは打ち返す気にならぬでござる。爆風など切っても気持ちよくは御座らん……。——って‼ライデン、勝手にしゃべるなって」
我慢した宿主の代わりに、憑りついていた魔物が愉快そうに喋る。
憑りつかれているのだから、ある意味二重人格だから、こんなこともあるだろう。
そして、カッチーーーンという音と、ブッチーーーンという音を全員が聞いた。
同じくして、レプトの体が動く。
【魔神爆散黒槍】
するとやはり、憑依型人間の近くに無数の黒い槍が刺さって爆発した。
「ライデン。最後通告です。魔物は全員生かす。そのように私は進言したのですが…。やめてしまいましょう」
王笏を振り、ベルゼルスギルスの得意な戦法、「パーン‼」の前の「パン‼」もトン!地面を蹴る音と同時に生じる。
【爆散】
勿論、レプトの体は弾けとんだりしない。
こんなに続くと、間近で見ていたら、流石に気付くわけで。
ここにいるのは魔物のエリートだから、当然のように見える訳で。
「今のって、ベルゼルスギルスの攻撃の前に」
「レプにゃは動いているニャ。ベルゼルスギルスの攻撃が単調だニャン‼」
モーラとミーアにだって見えている。
そして最強の魔物の血管が心配になりそうな程浮き出てしまう。
とは言え、ベルゼルスギルスはミスも犯していた。
「ライデン。その力を禁じます。それから…、私は読まれてなどいない。阿鼻叫喚を聞きたいと言っていた筈ですが…、それももう終わりです」
「ベルゼルスギルス殿、拙者は」
「遅いんですよぉぉおおお‼」
四天王製の玉座が浮かび上がる。
そこから魔の言の葉が零れ落ちる。しかも彼が溜め込んだ魔力は唖然とするほどだった。
例えば、こんな感じに。大量に魔の言の葉が垂れ流されていく。
【魔神爆散黒槍】
【爆散】
【魔神爆散黒槍】
【爆散】
【魔神爆散黒槍】
【爆散】
【魔神爆散黒槍】
【爆散】
【魔神爆散黒槍】
一つ一つが即死レベルの魔法の絨毯爆撃。
パンパンスパパンとあちらこちらで破裂。大地もどんどん抉れていく。
「読むとか読まないとかではないんですよ。これが力…。あぁ、これがノーラの力…」
だが、灰色の瞳が大きく剥かれる。
いつの間にか、目の前に黒色の山羊の角を生やす男が立っていた。
「話の途中でござる。ベルゼルスギルス殿、某は力を入れて御座らん」
「な…、いつの間に。いえ、お前はそもそも私が作ったんだ。これくらい…」
「聞く耳を持たないとはこのこと。レプト殿…、どうしてアレを話さないでござるか……いや、それはまだ確証がないんだ。原理的にはそうかもだけど」
「何を訳の分からないことを‼簡単な話、ここが安全と考えたんだだけ」
【魔神爆散黒槍】
「ベルゼルスギルス。魔法の原理を知らないのか?」
目の前。超至近距離から放たれるソレが何故か当たらない。
「貴様より知っている‼魔の言の葉、奇跡を齎す魔物の言葉。貴様らのはただの猿真似だ」
「…真の王がそう言ったのか?」
今度は王笏を振る。それによって発せられる四天王の力。
それさえも、レプトには当たらない。
「王に聞かずとも」
「…そうか。アークの記憶を持つあのオズは知っている筈…。でも、敢えて言っていない?」
「いいから降りろ‼ここは魔王の御前だぞ‼」
ベルゼルスギルスの普段の喋り方は何処かに吹き飛んでいた。
なりふり構わない攻撃は焦りから。自らも考える間もなく続けられる攻撃は
ぐしゃ…と音を立てて、玉座周辺を粉砕した。
さっきの絨毯爆撃がなければ、花々の楽園だっただろう。
抉られて出来た巨大なクレーターに魔王軍幹部たちがバラバラになって落ちていく。
「まさか、三万年も年上に教えることになるとはな。いいか、ベルゼルスギルス」
ダークエルフも落ちる。王笏だけは離さぬよう必死だったから、受け身も取らずに地面に転がる。
そうこうしていたから、攻撃の準備が整わなかった。
だから、彼の長い耳は容易に言葉を拾ってしまった。
「魔の言の葉はアシュリーからの贈り物。人間と魔物とを結ぶ、——ただの言葉だ」
勿論、ダークエルフ以外にも聞こえているから、六人が六人とも目を剥いた。
「言葉?そうなの?」
「アタシに聞かれても。でも、実際に色々出るから、どうなの?」
「ガズモーは知ってて?」
「いいや。元々、存在する。我らのようなものと考えていた」
四天王さえこの始末だから
「うーーん。ウチのニャンコ乱舞は言葉だったのかニャ?」
「この翼に魔力があって、飛べているのだと思ってたけど」
上位とは言え、ただの魔物も知らないこと。
「嘘だ。嘘にもほどがある。実際に炎が出る。花弁さえも出る。魔の言の葉はノーラの力、エリス様の奇跡なんだ」
嘘にしか聞こえない。エリスと言えば何でもいいと思ってそう。
正しく伝わっていない。悠久の時がそうさせたのか、ブーザーが大切な思い出だからと胸に秘めたままだったのか。
レプトは肩を竦めた。
そして、レプトの気持ちを無視してあの魔物が口を挟む。
少し前、プルとスコールに言った意味の先——
「レプト殿が何故、某を取り込んだのか分からぬのですか?」
「魔物の力を利用する為でしかないだろう。この裏切り者がっ」
ただ、今回は一人を除いて違っていた。
だから、六人は固唾を飲んで見守る。
そんな中、空気の振動が起きない言の葉。
魔の言の葉ではない、それが空中を伝播する。
『我々、魔物に真実を伝える。その為にレプト殿は某を受け入れた。人間と暮らすミアキャットには分かるで御座ろう』
ミーアは勿論、モーラも自覚がある。
四天王だって、過去を遡れば。ベルゼルスギルスもそれは同じ。
人間の国に行き、人間の服を着ているのなら、思い当たることが多い筈だ。
だとしても、彼は譲らない。譲れない。
『お前が裏切っている以上、意味はない。そうだろうが』
憑依されているからレプトにも聞こえている。
ベルゼルスギルスの反論だって、確かにと思わせる。
それでも伝えなければならない。
大きく息を吸い、止めて。レプトが知っている彼の言葉を紡ぐ。
「本来は人間と魔物を繋ぐもの。それじゃ、どうして奇跡が起きるのか。それは——」
□■□
【光女神の癒し】
「ふぅ、助かった。ありがと、マリア」
魔の言の葉が大気を流れる。
「これで良しです。気を付けてくださいね」
【魔族の炎防壁】
これは、ノノの魔法だ。
「レプト…、一人、危ない」
「ご、ごめんって。ノノ。相変わらず、ノノの魔法は凄いな…」
人間と魔物の区分けはさて置き、人間の中にも区分けがあると思っていた。
これが魔法。魔法が使えるか、使えないか。
使える多くは貴族で、使えない殆どは平民だった。
「俺にも魔法が使えたらな…。もっと違う人生を歩めてただろうな」
「それは駄目だよ。…レプトはいないと僕が困るもん」
勇者と魔王が生まれる時期は特別な扱いを受ける。
勇者を隠す習慣があることはいつか話した通りだが、その時に超絶な優遇がある。
そう、家族ごと匿って貰えるのだ。
「いや…、そんな泣きそうな顔にならなくても。たらればの話だって」
「泣いてないって…。でも、そういうものなんだね」
「あぁ。俺もそうだし、俺の周りもみーんな、魔法の練習してたな。でも、まぁ…。アイツらを助けられたし…。いや、そもそもあれだって、アークのお陰か」
そしてこれは、いつの会話だったっけ。
ノノが居たし、魔女の家か神樹の近くだと思う。
色んなスライムの話をした時だっけ。
そう。スライムは魔王の体液って話で盛り上がった後だ。
「ねぇ、レプト。レプトたちが魔法って言ってるのって…」
【大親友のレプト】
「…え?なに、今の…」
「あ、やっぱりこれのこと?これは魔法じゃなくて、魔の言の葉」
「まのことのは…。魔の言の葉?…って、魔法じゃん」
今のだって分からなかった。自分の周りで何かが起きたかも、くらいだった。
「魔法じゃないよ。これは人間と魔物を繋ぐ言葉なんだ」
【世界を守って】
「こんな感じにね。会話をするんだよ。この世界はアシュリーが、野良の女神が放置した世界の『理』を決めた」
「うん、前に教えてもらったっけ」
「そう。アリスの民である人間と、エリスの民である魔物に分けたんだ。本当は世界ごと分けるつもりだったけれど、アシュリーにはソレが出来なかった」
人間は、アリスはとても弱く、寿命も短い。
そして魔物は、エリスはとても強く、寿命も長い。
後に魔物は長い寿命を使って人語を解するようになる。
でも、それはアリスとエリスの時代ではなかった。
「そうだったな。でも、そのままだと世界が終わってたんだっけ」
「うん…。だから…ね」
アシュリーはそんな二人の為に、『魔の言の葉』を作ったという。
名もなき混沌精錬溶媒液は、楽しそうに会話をする二人の姿をちゃんと覚えていた。
そして、アークは続けてこう言った。
「この世界はオズそのものって言ったでしょ。それでね。オズは魔の言の葉を聞いてるんだと思う。それを皆は魔法ってことにしてるんだね」
オズに意識はないが、娘の会話は彼の耳に届いていた筈だ。
アリスとエリスの願いを無意識に叶えていた筈だ。
アリスがいなくなった後のエリスの友達は魔物で、アリスの子供たちは基本的に貴族の血統だ。
数万年が流れた今も受け継がれている。
「…成程。ぐす…ぐす…」
「え⁈レプト‼なんで泣いて…」
「嘘。泣いたフリ」
「ええええ。嘘?ひどいよ」
「酷いのはアークだろ。ゆーっくり、ねーっとり。俺には魔法が使えないってことじゃねぇか」
長い寿命を持つ魔物、そもそも魔力が強い魔物はさて置き、弱い人間だとアリスの血統がないと魔法が使えない。オズの耳には届かないってこと。
とっくに諦めていたこと。でも、アイツは。金髪がくしゃくしゃになるほど頭を抱えて、こう言ったんだ。
「うん、僕が教える。だってレプトは僕の友達なんだ。女神の恩寵もあるし、きっと話せるようになるよ!」
「あれ?魔法を教えるじゃなくて?話せるように…?」
「うん!話せるように…、そして聞こえるように‼オズは聞いてくれなくても、僕はちゃんと聞くから‼」
「世界が聞いてくれないなら魔法にならないじゃん‼ってか、本当にそんなことが可能なのか?」
「だって、言葉だもん。コツさえ掴めば簡単だよ」
アークの中では最後まで魔法は言葉、魔の言の葉だった。
世界に通用するとかしないとか、そんなのはどうでも良かったらしい。
じゃあ、なんで教えようと思ったのか。
「僕ってさ。次に生まれ変わるとしたらやっぱり魔物だと思う。でも、レプトは多分人間だから」
「来世の為ってこと⁉おいおい。俺達はまだ10代だぜ?準備するにしては早すぎないか?」
「そかな?百年なんてあっという間、だよ!」
脳みそが混沌精錬溶媒液な勇者様。
アイツはそれから、本当に俺に『魔の言の葉』を教えた。
粘っこく、いつまでもいつまでも。
来世でも親友になれるようにって言ってた。
俺も同じことを言って必死に勉強したんだ。
その次の再会っていうのが、なんと過去だったって話
当たり前だけど、今のアークは覚えていないって話だ。




