第79話 ノーラの魔物
俺は何処に向かう?…そんなの最初から決まっている。
どうしてそこに向かう?…俺自身の天命だから、…ってのは嘘だ。
——俺自身がソコに行きたがっている。
「皆、聞いて欲しい。ダーマンとリンは先に行ってしまったけど、ここから先について話しておきたい」
「えっと。今から全ての元凶を断つ…だよね」
「そうだ。巻き戻る前の世界…って。外から見ると実は同一世界線かもしれないけど、アークは世界の構築に成功している」
「世界を僕が…。全然覚えてないけど」
「それは仕方ない。で、やるべきことは最後の仕上げだ」
モーラとミーアは古龍たちのところに向かった。
四天王が狙われているということは、古龍も同じく研究材料として狙われている。
頭の良い二人だから、それに気が付いたのだろう。
そしてダーマンはある場所に向かい、リンは彼を一人に出来ないとついていった。
彼の目的も見当がついている。直接聞いていないが、「一人にはさせられない」と言ったリンの言葉がソレを証明している。
「それが…オズの討伐…」
「私に…」
問題はここに残った三人だった。
守るべきは古龍と神樹で、気にするべきはベルゼルスギルス。
その二つが対処されているのだから、レプトとしては運が良い。
一直線に奈落へ向かうだけ、オズを退治するだけ。
「それもいい。行きながら考えたらいい——」
そして、どうやって倒すかは未定。
女神の剣は結局手にできなかったから、倒せるかも分からない。
更に、モチベーションが上がらないんなら、きっと絶望的だ。
「うん。聞いてみたらいい…よね。倒していいかって」
「あぁ。アークらしい考えだ」
神樹レイトの計らいで、魔樹たちが本来とは反対の役割を演じる。
木々のトンネルを抜ければ、所謂極夜地帯に出られる。
山脈が半身を失った今、日は射しこんでいるのだろう。
「んで、王子様とお姫様は放っておいても?」
「私が何者かを知った今、二人は巻き込めないです。あ…。それはレプトも同じ…」
「うん…。家族の問題だから…」
女神の恩寵の力で歩みさえも疾風のようだ。
モーラとミーア、それからダーマンの様子から、魔王核が機能していることが分かる。
であれば、アリスとエリスの力の双方が加速している。
そのどちらの力も与えられていないレプトにとっては、追いつくだけでも手いっぱい。
アシュリの香り漂うフラワーアーチを、ゆっくり歩いている、ように見えて爆速。
「…なんか思い出すな。俺ってここから先、ずっと後方支援だった」
「本当にそうなの?」
「本当にそうだった。何となく分かるだろ?俺の力って家屋侵入とか、物を盗んだり、魔物の持ち物を盗んだり。あとは鍵を開けたりとか?」
「本当に碌でもないのですね。それに…、アリス教で受け入れることはできませんね。でも…」
前半は、巻き戻る前の話のまま。
ただ、今の彼女には別の感情も芽生えている。
それはもう一人のある種の神の化身の少女も同じ。
「うん。レプトは今の私たちに負けてない…」
「ううん。レプトがいないと、僕は多分、逃げ出してる」
理由は…
「三人とも、顔色が悪いぞ。まぁ、なんとかなるって。今までだってそうだったんだ。ってことはこれからも——」
根拠のない幸運男の言葉。
それは間違いなく、前の世界の続きだった。
□■□
ギルガメットとフレデリカは迷っていた。
ウラヌ王家の兵士にあれやこれやと命令しているから、多少の気は紛れていたのだが。
「俺は…、助けられた。彼奴が体を張って」
「…えぇ。アレは世界を破壊するモノの姿。理由は分からないけれど、ハッキリと分かりました」
二人は完全にアリス側の人間だ。
レプト曰くの、『オズが目指す世界再編』の力には抗えない種族である。
それ故に、その生まれ変わりのマリアとノノ、培養液の生まれ変わりたるアークとは全く違う感情を抱く。
それは即ち、身震いするほどの恐怖だった。
無論、それらはフォニアの民もヴェルグの民も、ウラヌ兵も同じ。
「お父様とお母様は…、戦いには加わらぬように、と」
「…分かっている。アレには勝てない。悔しいが…、アリスの使徒。アークに任せるしかない」
幸い、本土にこの温度感は伝わっていない。
アークが諸悪を絶ったとしても立場は変わらない。
だったら、これ以上は王家の血筋を優先するべき。
そんなことは分かっていても
「アークはレプトの所へ行ったのか。全く…」
「本当に困りますわよね…」
もう一つの感覚は、感情は間違いなく芽吹いている。
この世界では、なかなか見えなかったが二人とも正義感は強い。
その正義の種に、際限なく栄養剤が注入されていく。
「アークは私たちをまだ仲間だと考えているなんて」
「もしくはアリス様がそう思われている…。いや、なんともアークらしい。やっぱ、アイツだな」
二人の感覚はダーマンとリンに近い。
人間とか魔物とかの話ではなく、目的がハッキリとしている。
即ち、北だ。山が崩れてそこから妙な力を持つ魔物が溢れている。
現在進行形で避難させているから、人的被害は最小限に留めることが出来る。
勿論、アークがうまくやってくれたらの話。
とは言え、漲る力の使い道が二人の目の前には用意されている。
「フレデリカ——」
「お兄様——」
母親は違えど、仲の良い二人。話すタイミングは同じだった。
「お前は船に乗れ」
「お兄様は船に乗ってくださいませ」
「俺は王子だ。戦わない理由がない」
「お兄様は王になるのですよ。それに私は…、解決したとしても人々の噂は消えません」
「問題ない。全て、彼奴等のせいにして、新たな血筋を紡げばいい」
「お兄様だって」
「逃げた王になどなりたくない。元より、死は覚悟していたんだ」
「嘘です。元より出来レースの筈ですわ」
言い合いながら、二人して神々しい装備を着る。
ついてくるなと言いながら、武器を手に取る。
そして、同時に北を向いた時、二人の視界のほんの片隅に妙なものが一瞬だけ映った。
「あれはリン…」
「リンちゃんが魔物を追いかけている?」
蘇った動体視力は遥か遠くの獣の動きを見事に捉える。
道を違えて久しいから、アレがダーマンとは気付けないのだけれど。
とは言え。
「いいから残れ‼俺は行く」
「私もですわ。お兄様は」
動くモノを見たら、しかも片方を知っているとなると追いかけたくなる。
「殿下ぁぁあああ‼どちらへぇええええ‼」
両殿下に側仕えや近衛がいない、そんな訳もなく直ちに見つけられるが、滾る恩寵の行く先は決まっていた。
「俺を誰だと思っている?フレデリカを連れて船を出せ」
「私には武功が必要です!兄上を連れていって」
二人してリンを追いかけながら、爆音で答える。
そして
「い、いや…。その…。えっと…。どうしよう」
「どうしようも何も…。俺たちには追いかけられねぇよ」
気が付く暇もなく、二人の姿は崩れた山の中に吸い込まれていった。
「まぁ…。大丈夫だろ。今までだって勝ってきたんだろ」
「あぁ、そうだな。我らがウラヌの民の為に両殿下には更なる活躍をしてもらうか」
帰ってこなければ怒られる、処罰される。
分かっていても、どうしようもない、可哀そうな近衛隊たちを残して
「リンはどっちに行った?それに…」
「リンちゃんを追うより、この臭いを辿った方が良さそうですわね」
二人が向かうのは、向かう先にあるのは名目を失いつつある極夜地帯だ。
巻き戻る前の二人は無論、踏み入った場所だがその記憶は失われている。
ただ幸いにして、何故か獣の匂いは特徴的で、女神の恩寵も手伝ってかなり正確に追うことが出来る。
「気を抜くな、妹‼」
【疾風波斬魔法】
高さが半分以上低くなった岩山から、ジャイアントポイズンフット、ファイアフライ、ドヴェイリン、サーベルタイガーが飛び出してくる。
「分かっていますわ。って、何、こいつ」
今までもイーストプロアリス大陸で戦った魔物たち。
以前はかなり余裕で倒せたはず。
【火炎爆風魔法】
ギルガメットが前方の火炎を撒き散らし、
【疾風波斬魔法】
彼の妹ももう一度、風の槍を降らしていく。
以前も似たような組み合わせで、魔物を燃やし尽くした。
「ぐ…ぐひひ。ぐひひひひひひひ」
魔物の言葉は分からない。
もしくは口腔から噴き出る息が、そのように空気を揺らしたのか。
「やはり、違う。いや、なんだ。この気持ち悪い力は」
何かが違うし、よく見ると見た目も変わっている。
体は肥大化し、色は三種の個体全てが同じ色、即ち灰色。
見るモノが見れば、色違いのモンスターか、と言ってしまいそうだが、そんな世界観ではない。
「これが極夜地帯の魔物?マリア…、そんなこと言っていたかしら」
本当は同じ。だが、力の根源が違うから魔物と呼んでよいかさえ、この世界では定義されていない。
更に、知らないことが増えていく。
ここで登場するのは、
「え…。アレは」
「あらあら。こんなところに人間?」
どこかで見たような魔物の姿。
「人間!人間!戦おう!」
それも二体。一人は一見すると喪服のような姿の女。
もう一人は一見すると小学生の灰色子供。
「四天王…か」
「嘘。こんな時に?」
タダでさえ混乱していたところに聞こえた人語。
そして、チラリと見た印象しかない四天王の二人。
流石に王子と姫は狼狽えた。
だが、今までと同じで女神の恩寵に染められる。
「ウラヌ王子、ギルガメットだ。覚えているぞ。アングリアの吸血鬼」
「なになにぃ?相手してくれるのぉ?」
「ランドセル…。大聖堂に現れた殺人鬼。ウラヌ王女フレデリカが相手するわ」
「戦おう!戦おう!」
【ブンマワシ‼】
崩れた岩をその名の通り、ぶん回す。
「ちぃ‼」
タンク役は自分と、妹を守るのは自分と、ギルガメット王子は大楯で受け止める。
だが、足場が脆くなっていて吹き飛ばされる。
ただ、その直前に妹から放たれた【翠眼姫の守り】によって、どうにか致命傷を負わずに済んだ。
そこに
【レイネリアレッドブラッド】
漆黒のリボンが鞭のように飛ぶ。
「そんなの‼」
【疾風波斬魔法】
姫様も負けていない。少しずつエンジンがかかって来たのか、魔力も増大している。
とはいえ、
「ぐばぁあば‼」
「ちょっと、邪魔しないでよ‼」
敵陣に乗り込むとはこういうことだ。
しかも、灰色の魔物たちとの戦いは何故か気持ち悪い。
レイピアで切り裂くも、ひるむことなく突進されて、フレデリカも瓦礫の上に転ばされる。
「戦おう!戦おう!」
更に泣き面に蜂。いや、岩の雨。
【ブンマワシ‼】
フレデリカの周囲に群がる魔物も一緒に、それらを喰らう。
「フレデリカ‼今すぐ俺が…。クソッ‼なんだ、この魔物は。いい加減、死んでくれよ‼」
「あらあら。あんなところに人間‼」
今まで戦った魔物は、どちらかというと野生動物と戦っている感覚だった。
勿論、ハーピーなど知性を感じさせる魔物もいる。
そのどちらでもない。理性や野性をまるで感じない不気味な存在。
ただ、四天王は別で人語と話すし、見た目も人間と相違ない。
「待ってろ‼今」
【レイネリアレッドブラッド】
その真っ黒な刃が妹のところに向かう。
「お兄様…、ぐふ…」
それが見事に直撃。ただ、神々しい鎧のお陰で今のところはかすり傷。
まだ間に合うと、女神の恩寵でどうにか灰色モンスターを跳ねのけて、ギルガメットは妹を助けに向かった。
だが、横から——
「戦おう!戦おう!」
鬱陶しい子供の声が叫ばれる。彼は魔法を使っているわけではないが、彼女よりも鬱陶しい。
その怪力で投げる岩はそこら中に転がっているからだ。
【ブンマワシ‼】
「くそっ!待ってくれ、ギャスターぁぁ‼」
その子供の髪や服と変わらぬ灰色の岩が上空に投げられる。
タイムリミットは放物線と同じ要領で、頂点に到達した時間。
兄は必死に飛び出すが、
「相手してくれるのぉ?」
【レイネリアレッドブラッド】
再び放たれた黒い帯が邪魔をする。
ついでに半身を失った魔物たちも。
「やめてくれ‼フレデリカ…」
最初から必死級の戦い。敗因を考えるとすれば、たった二人で感情だけで突っ走ったことだ。
あらゆる後悔がギルガメットの脳裏に過る。
ドゴッ
その時だった。
綺麗な放物線を描く筈の石塊は途中でもう一段階バウンドして、山の麓へ向かって落ちていった。
ギルガメットとフレデリカの目には空中をバウンドしたように見えた。
とは言え、ここで真打の登場だ。
「おいおいおいおい。王子様にぃ、お姫様ぁ。随分なやられようだなぁあ」
癖の強い喋り方。この男は…?いや、コイツも灰色だ。
「誰だ。お前も四天王の一人か」
すると、灰色の狼男は両肩を竦めた。
「やられてなんか、ないんだから‼」
岩も灰色、魔物も灰色。四天王も灰色。
漸く、魔物の肉塊と瓦礫から脱出した姫が自慢の細剣を繰り出すが。
「止めてください‼その人は敵じゃありません‼」
ここで漸く、真新しい色。というより
「リン‼」
「リンちゃん‼」
真っ黒な髪の少女だ。
そもそも、この二人を追ってきたのだから近くに居てもおかしくなかった。
「彼はダーマンさんです‼」
「リン。そいつは魔物だぞ」
「リン。気をつけなさい。四天王と灰色の魔物の大群よ」
フレデリカは勢いそのままに剣を振った。
岩との灰色かぶりで二人に見えなかった二人の敵ではなかった。
最小限の動きで避けて、そのままリンの隣に着地、肩を竦めてこう言った。
「貴族だかなんだか知らねぇが、節穴すぎんだろ。てめぇら」
「何…言ってんの。っていうか魔物」
「あぁ、ヒューマニック・ウルベン。…てめぇらの言う人狼だ。それに」
王子と王女の目が剥かれる。
その言葉を何度口にしたことか。
そして直後、自分たちの節穴っぷりを平民生まれの少女が言い放った。
「ギルガメット様、フレデリカ様。説明は後にさせてください。今はこの野良人形を駆逐します」




