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ゲキドク!  作者: 解剖タルト
第1章〈私はそれを識っている〉
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【第1部:世界がひっくり返ってもあなたのもとへ】第5話「斜陽」

「デコポン、いるー?」

 玄関の前で西羅が叫ぶ。ドンドンドンドン、扉を叩く音。

「ちょっと扉壊れるって」

 薫は正月明けから寮に住むことになった。この寮には主に、民間のゲキドクやゲキドクになるために研修などを受ける人が居住しており、西羅と東蓋は二階の角部屋、薫は一階の中部屋に住んでいる。

 ドアの前に立っていたのは私服の西羅。透き通る白い肌、丸メガネ、ダボっとしたシルエットのシルバー系のパーカーと黒のスキニーデニム、厚底のスニーカー(ダッドスニーカーかも)。桜色の小さなカバンにはうさぎのぬいぐるみがついている。

「よーしいた! 出かけよっ!」

 ──第5話「斜陽」

「東蓋が受験なんだ」

 バス停まで歩きながら話す。ちなみに薫はブラウン系のネックウォーマーに大きめの薄ベージュのパーカー、くすみグリーンのような色のブルゾンをはおり、黒のスキニーデニム、リュック、黒を基調として白い底のスニーカーという感じ。(作者はファッションセンス皆無なので、オレンジ髪のこやつがこのファッションでかっこよくなるのか分かりません。)

「受験かー、あの頃は大変だったなぁ」

「えっ、デコポンって大学受験したことあるの?」西羅が驚いた様子で薫を見る。

「そりゃあ、受験しないと大学生になれないからね」

「そうか、デコポンって大学生なんだ。てっきりニートかと思ってたよ」

「えぇ、そんなぁ」薫がショボンとした顔をするが、「まあでも……」と話を続ける。

「リモート授業も多いし、バイトも最近辞めたから半分ニートかも」

「ニートいいよね。ウチもゲキドクやめてニート始めようかな」西羅がケラケラと笑う。


 バス停に着き、駅周辺まで行くバスを待つ。

「あ、そういえば。みてーネイルしたの!」

 西羅が手のひらを下にして指をパッと広げる。

「カラフルでかわいい」

「でしょ!」西羅がニコニコと笑う。「白はウチね、オレンジはデコポン、黒は東蓋。おっさんもかわいそうだから入れてあげた!」

「社長はどれ?」西羅の指先をみながら薫は眉間にしわを寄せる。

「この石ころ」

「キラキラ光ってるやつか」

「死ねばいいのにね」

「なんで急に!? 死んでキラキラ星になれってこと!?」

「ちょっと何言ってるか分からない」

「えぇ……」


 バスの中。後ろの席に座る。

「それで今日はどこ行くの?」

「それ俺の質問じゃない?」

「さっさと決めな!」

 薫は「うーん」と唸り声を上げて考える。

「便所行きたいんか?」

「うんちしたいわけじゃないんだよ。そうだなぁ、受験に役立ちそうなものを買うとか?」

「よし美味いもん食おう!」

「えぇ、今の時間なんだったの……」


「カイロとカロリーメイトと、あとお腹痛くなった時の薬なら用意してあるよ!」西羅が指折り数えながら、受験に持っていくものを挙げていく。「あと何かいるものとかある?」

「うーん……」

「ち!」西羅が笑う(作者「このクソガキめ(賛辞)」)。

「やめてよ何考えてたか忘れちゃったじゃん」

「おつむが悪いんか? それともおむつが欲しいんか?」

「すごい煽り、泣いちゃうぞ」

「千と千尋の坊じゃん。ならおむつだね」


 駅周辺に到着。

「着いちゃったけど、どこ行こう……」薫が周りを見回す。

 西羅がなにか見つけたらしく、てててと走り、振り向いて店を指をさしながら叫ぶ。

「インドカレーが食べたい!」

 昼食、インドカレーに決定。


 西羅、バターチキンカレー、チーズナン、サラダのセット。飲み物はラッシー。

 薫、キーマカレー、プレーンナン、サラダのセット。飲み物はオレンジジュース。

 先にサラダと飲み物が来る。

「もしかしてそのオレンジの髪って、オレンジジュース飲みすぎたから?」

「ごくごくオレンジジュース美味しいなぁ、わぁ髪がみるみるオレンジに! ってなるか! みかん食べすぎたから手が黄色くなるみたいな話が髪の毛にも通用してたまるか! だったら西羅さんの銀髪もラッシー飲みすぎたからってことになりますやん」

「ナンはナンでも食べられないナンはナンなんだ!」

「急なクイズ! ナンだ!」

 ナンとカレーが到着。

「あ、このクソガキ、人のカレーになんも言わずナンをつけよった」

「ナーン!」

「なんも言わずってそういうことじゃないって! カレーが大幅に減る!」

「ウチのチーズナン、カレーつけんでも美味いで!」

「なら人のカレーつけるんじゃあないよ」

「あれ、デコポンまだナンがいっぱいあるのにカレー少ないやん。配分下手やなぁ!」

「ナーン!」

「あ、このオレンジめ、ウチの大切なバターチキンカレーになんてことを! てゆうか、お腹いっぱいだからチーズナンちょっと食べてくれん?」

「えぇ……」

(チーズナンはお腹膨れるから読者のみんなも気をつけてね)

 お会計、西羅。


「はぁ食った食った!」満足そうな西羅と食べすぎ&はしゃぎすぎた薫。

「ご馳走様です」

「まあウチの方がお金持ちやし! あと前回のお寿司は奢れなかったからね。次はよろしく」

「おっけ!」

「ところで……」西羅が呟く。「次どうしよう」

「それなんだけど──」


 駅構内の本屋。

「ちょっと寄っていい?」薫が本屋を指さしながら西羅に聞く。

「おけー」

「よしゃ!」薫が本屋に駆け込む。

「何の本探してるの?」

「いや、特に……強いて言うなら小説かな」(目的ないけど本屋行く。あるあるだよね)

 小説のコーナーに到着。

「あ、『ドグラ・マグラ』だ! デコポン、『ドグラ・マグラ』!」西羅が薫に向かって叫ぶ。

「その小説読んだことないな」

「面白いよ! 読んでみな!」(『ドグラ・マグラ』をオススメするのは紛うことなきクソガキの所業)

「これにしよ。西羅さんも本読むんだね」

「まぁね!」西羅が目を細めて得意げに薫を見る。「この本読んだきっかけ、なんだったかな……。あ、ドグラ・マグラっていう化物がいるんだよ!」

「マジ?」

「大マジ! まあ、その実態は謎のままなんだけどね。都市伝説みたいな化物」

「なるほど……」

 西羅と薫は引き続き小説コーナーを見て回る。

「西羅さん、太宰治は読む?」

「少し! 太宰治は読点がいっぱいあって、あの感じ私は好き。あれが太宰治の心の区切りというか、リズムなのかな」

 考えるスピードやリズムは人によって違う。また考える内容や物事の受け取り方も人それぞれである。人の内面を区切ったときの最小単位を感情と呼ぶならば、心とは感情のリズムのことである。

 指で本の背文字をなぞる。「『斜陽』でしょ、『人間失格』は読んで、『女生徒』まだ……、あっ」何か思い出したようである。

「どうした? 青木まり子?」

「あんなの迷信だって。それより『人間失格』で思い出したんだけど、『罪と罰』読まなきゃいかんかった」

「ドストエフスキーの? そういえば『人間失格』にあったね! 罪のアントニムは?」

「ナーン!」西羅が元気よく答える。

 西羅、ドストエフスキー『罪と罰(上下)』購入。

 薫、夢野久作『ドグラ・マグラ(上下)』購入。


 駅構内の喫茶店。本を読みながら珈琲を飲むふたり。

「デコポンって哲学とか読む?」西羅が本を読みながら薫に話しかける。

「哲学かぁ」薫が本から目を離して天井を見上げる。「俺バカだからそういうの読んだことないなぁ」

「そうだよねデコポン、バカだもんね」ズズッ、ストローでアイスコーヒーを飲む。

「人に言われるとショックが大きい」

「ダメだよーデコポン、自分をバカとかアホとかデコポンとか言ったら」

「デコポンって言ってるのは西羅さんなのよ」

「そうだったかしらん」ズズッ、西羅が薫の方を見ながら珈琲を飲む。

「哲学の本でオススメとかある? 俺賢くなるよ!」

 西羅がニヤッと笑う。「哲学読んでも頭良くならないよ」

「えぇ……」

「でも自己啓発本の完全上位互換だし、能力の解釈拡大のためには良いかも」

「自己啓発本はクソ」薫がホットコーヒーを飲む。

「クソ! クソ! うんち! ナーン!」

「そこにナンを混ぜるとあらぬ誤解を生むからやめて」


 喫茶店を出てぶらりと歩くふたり。

「東蓋にお土産買ってこー」ベシッ、バシッ。西羅が小さいカバンで薫を叩く。

「痛いって! いいけど何買うの?」

「墨と膝掛け」

「お高いやつ?」

「墨は百均。東蓋、墨のにおいかぐだけでストレス発散になるって言ってた」

「試験会場にも持っていくのかな」

「墨を? まさか! あ、膝掛けって試験会場に持ってっちゃダメなのかな……。ダメなら別のお土産考えないと。何がいいかな……」

 薫は悩む西羅を見て「そういえば」と尋ねる。

「西羅さんと東蓋さんの先輩後輩の関係ってゲキドクでの関係、ってこと?」

「えっとね、ゲキドクもそうだけど、その前からそうだったはず。いつ出会ったのか、とかよく覚えてないんだよね。高校も違うし」

「そうなんだ。じゃあ昔からの馴染みってことかもね」

「うんそうかも!」西羅はカバンを振り回し、「服も買いたいからはやく行くよ、ナン!」と笑う。

「俺ナンじゃないって、デコポン! 違う薫!」


 西の空で茜色に燃える太陽。

 落ちる権威を斜陽にたとえた者は悲劇のさなかに破滅と生命の胎動を感じ取る。

 滅亡。

 必ず、滅亡する。それが嫌なら戦うしかない。戦っても滅亡する。だが何もしなければ醜く死ぬだけである。醜く戦ったものだけが美しく死ぬ。美しく死ぬという歴史、自らの心が美しく終わるという事実。

 忘却。

 滅亡とは忘却である。

 夕日を背に歩くふたり。たくさんの荷物を持ってヘナヘナになった薫に、西羅が元気よく声をかける。「ねぇデコポン!」

「なんでこんなに買ったのー」薫が泣き言を言う。

「お花で自分の家まで転送すればいいじゃん」

「遠いと精度が下がるからなぁ、多分無理」

「なら自分ごと飛んでみたら?」

「それだとその……」

「なんだってんだ、てやんでい!」西羅が腕をまくる仕草をする。

「それだと迷子になっちゃうじゃん?」

「デコポンが?」

「西羅さんが」

「なんだウチかー、ってコラー! クソガキ扱いすなー!」

 ふたりが笑う、夕暮れがふたりの様子をみとどける。

「ねぇデコポン」

「うん」

「楽しかったね」

「ナーン!」

 街はネオンライトを焚いてふたりの帰路を照らした。

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