【第1部:世界がひっくり返ってもあなたのもとへ】第4話「寿司」
「せんぱーい、回転しないお寿司屋さんに行ってみたいです」
「じゃあ地球を止めるところからはじめようか!(圧倒的クソガキ)」
──第4話「寿司」
「今日は私の閾を貸してあげるから次からは自分で浮いてね!」
「うっす!」
魄飛天泣が手を叩くと空と地面の位置が入れ替わった。いや、そう見えただけで実際は身体の上下をひっくり返されたのである。
「頭に血が上る……」
「あぶなすずき、閾がなけりゃ地面に叩きつけられてぺっちゃんこだったよ」
続けて地面からいくつもの銃口が飛び出て、一斉に射撃された。
薫が吸花を咲かせて銃弾を吸収、魄飛の胸元とこめかみに放花を咲かせる。
「痛ってぇ!」
魄飛の背後に気配。背後から薫に殴られて地面に叩きつけられる。
自身を吸花で吸わせ、放花で背後に回り込む。薫はワープを習得した。
すぐさま体勢を立て直す魄飛。
「クソッ、どこいった!?」
胃のあたりに違和感、まさか──
化物の身体を突き破って現れたのは薫。
「おい白衣サンキュー、女医さんがタイプなんだってな! 俺もだ!」
「なかなかいい使い方だけど、化物の身体の方が堅かったらデコポン死んじゃうよ」
「確かに! 気をつけます」
化物の血で赤く染まった薫と、幽玄に白く燃える西羅。そして、身体を破られても尚立ち上がるヒエラルキーの代理。
「崩壊を加速させる」
お腹を押さえるとみるみるうちに傷は悪化。血が勢いよく流れ出し、化膿し、腐って身体の形を保つことが出来ずに溶けてしまった。
「死んだ、わけじゃないよね」
「まだだ。思ったより厄介だね」
溶けた汁が地面の土を巻き込んで動き出し、身体の形になる。そして──
「ヒエラルキーを崩壊させてもまた新たなヒエラルキーがつくられる。人々は権力を捨て去ることができねぇってわけだ」
化物復活。
実習、再開。
ヒエラルキーの代理は生まれ変わった。
「はじめは傘、次はヒエラルキー、そして廻転。廻転とは革命であり、崩壊であり、創造。お前らを壊し、新たな世界を創り上げてやる!」
「デコポン、回転寿司だと何が好き?」
「マグロ!」
「ベストアンサー! あとで奢ってあげる!」
ヒエラルキーの代理、もとい廻転の代理は瞬時に薫の前に移動し顔面めがけて拳を振るう。薫は地面まで吹っ飛ばされた。
地面からは銃口が飛び出し、薫めがけて銃弾が発射される。
「天が落ちるところを見たことはあるか?」
天がみるみる落ちてきて──魄飛が先ほど天空に和傘を突き刺していたが、和傘の動きをみれば天が落ちてきたことがはっきりとわかる──激しい衝撃音とともに地面とぶつかる。
「まだだ! ついでに緋眼も始末してやる!」
交差点が振動とともに地面ごとかき混ぜられ、跡形もなく消滅する。螺旋状にかき混ぜられた土と、信号機、ビル、車の破片が確認できる。
廻転の代理の足もとで咲く一輪の花とそこから飛び出した紙一枚──お寿司屋さんのチラシであった。瞬時に距離をとり破壊するが当然何も起こらない。
「どこまでも舐めやがって! クソ野郎め!」
すると突然、地面が衝撃音とともに切り刻まれ、地面に散らばったガレキが宙に浮かんだ。地中から現れたひとりの銀髪。
「デコポンにはまだ私の能力を教えてなかったね。私の能力のひとつ、ちゃぶ台返し。目くらましに最適!」
空中に浮かぶ大小のガレキ。そこに咲くたくさんの花。
廻転の代理は空中のガレキと花をかき混ぜて西羅にぶつける。それに加え、地面からの銃弾、天地の入れ替え、化物の超高速の移動と攻撃。
西羅は高密度、全方位の斬閾を次々と繰り出すことでこれら全てを回避していた。
「なんでお前は纏閾使いながら斬閾を乱発できんだよ! ちっとも面白くねぇ!」
ここで東蓋ちゃんの〈ちゃん〉と解説コーナー。ぱちぱち。
「纏閾とは文字通り閾を身体に纏うことで身を守る一般的な閾の使い方です。ほとんどのゲキドクは閾と聞けばこちらを連想します。(まだ)ゲキドクじゃない薫さんみたいな人でも無意識的に纏閾は使っています。意識できればもっと強い纏閾を使うことができるようになりますよ」
「一方、斬閾とは身体に纏った閾を圧縮して押し出す閾の応用技であり、斬閾を使えるものは滅多にいません。『こんなの普通だぜ』というせんぱいがおかしいんです、なろう系主人公じゃあるまいし。『すげーだろ、あっはっは』と威張ってくれた方がクソガキ感が増してもっと可愛くなると思いませんか?」
「斬閾を使えるものは滅多にいない。それに加えてもうひとつ。基本的に纏閾を維持しながら斬閾を使うことは不可能です。斬閾を一発使えば纏閾が乱れてしばらく纏閾が使えなくなります。だから普通は一発が限度。でもせんぱいは違う。何故かは知らないけど纏閾を維持しながら何発も斬閾を打ち込むことができるんです。これはオリーブにもできない神業であり、せんぱいが〈みじん切り白髪充血クソガキ〉と呼ばれる所以です。誰ですか、こんな悪口考えた人!」
みじん切り白髪充血クソガキという悪口を考えたのは西羅自身である。なぜこんな悪口を考えたのか、それは西羅がクソガキだからである。
閑話休題!
粉々に砕けたガレキや花が雨のように降ってきたが、魄飛は地面に転がっていた和傘を手に取って開き、砂の雨から身を守った。
「だがよ、これで正々堂々戦えるな、柑橘類!」
幾重にも重ねられたブラフ。その全てを瞬時に見抜くことは不可能である。
和傘の内側、一輪の花。そこから瞬時に放出される氷。
「さっき言ったよな、兄さんが見に来てくれているって」薫が兄のもとから戻ってきた。
化物は一瞬にして凍りつく。
「西羅さん、捕獲しました。だけど俺にはこれを破壊できる力がまだ……」
「はじめての実習でこの成果は上出来っしょ! それに私ほとんど手助けしてないし。えらいぞデコポン! お花貸して」
西羅が氷に触れると氷は粉々に砕けた。それを吸花で吸いとる。
「お寿司の後のデザートってことで!」
「化物を食べるの? イヤだなぁ……」
とあるビルの高層階にて一部始終を眺めるふたりの化物。
「マミ様、よろしいのですか?」
マミと呼ばれる化物は気だるそうに煙草の煙を吐き出す。
「生き急ぐなよローゼン。樹神千里と樹神空、もしアイツらが、俺らを監視するために連れてこられたのだとしたら」
「実習の見学というのは建前だったということですか……」
「ふざけたやつらに見えて頭が回る。厄介な連中だ」
煙草の煙が虚空を舞う。
「毒をばらまき、能力と閾を一般社会にまで浸透させた神樹一族の末裔。上手く利用できねぇかと思ったが、やっぱり殺せだってよ」
煙草を捨て、足で踏みつけて火を消す。
「かしこまりました」
撤収の準備のためローゼンが席を外す。
「クソオヤジももう長くねぇだろうに」
窓に近づき、現場を離れるふたりを見る。外では雪がパラパラと降り出していた。
登録名:魔魅反魂香。分類:王族毒物。
登録名:瓏仙。分類:王族毒物。
回転寿司店にて。
「運動した後の寿司は美味しいね」
「西羅さん、ご馳走様です!」
「お金忘れた」
「ぶぇっ」
思わず変な声が出た。
「デコポンが思ったより動けることがわかって良かったよ」
「今褒めても無駄だよ。ところで俺らが化物を倒した後に来た人たちって誰?」
「あぁ三課の人たちだね」
「三課?」
「公共ゲキドクの三課。後処理とか化物を倒した証明とか、あの人たちがしてくれるんだ」
「めっちゃ大事な仕事じゃん。それはそうと大変そう!」
「三課の人たちがいないと私たち仕事できないからね。そうだ! 公共ゲキドクの仕事も見てみるといいかも。三課はさっき見たから次は二課かな。じゃ、善は急げ!」
「おおっ楽しみ!」
「もしもしおっさん? 話したいことがあるから今から言うお寿司屋さんに来てください。奢ってあげるからお金持ってきてくださいよ! お金いるの! 奢るのはおっさん! ありがとうって言ってあげるから! じゃあね!」
「社長の扱い雑すぎる。というか西羅さん、シャリ食べてないじゃん」
お皿にこんもり盛られたシャリの山。
「うん、いつもネタだけ食べるの」
「それは寿司じゃなくて刺身なのよ。さっき『運動した後の寿司美味しい』って言ってたくせに食べてるの刺身じゃん」
「シャリあげる」
「えぇ……」
食べ物は残さない主義の薫に突如訪れたピンチ。果たして食べきることはできるのか……!?
〈登場人物〉
・樹神薫:映画の『エイリアン』みたいに化物の身体から出てきたデコポン。血まみれのまま回転寿司に行こうとした。誰かさんのせいでシャリをめちゃくちゃ食べた。
・西羅:シャリみたいな頭なのにネタしか食べないみじん切り白髪充血クソガキ。
・東蓋:優しいおっさんが誘ってくれたためお寿司を食べることができた長身イケメン美女。かっぱ巻きや納豆巻きなどを食べた。
・おっさん:かわいそうな社長。なんか貝みたいなのを食べてた。
・樹神千里:お寿司に誘ったが、今日中に家に帰るからと樹神空を連れて帰宅した瞬速ばあちゃん。孫たちの活躍を見ることができたため寿命が伸びた。ハンバーグが上に乗ってるお寿司みたいなあれを好む。
・樹神空:今回も姿を見せずに活躍した天然イケメン青髪。お寿司屋に行ったら必ず茶碗蒸しを食べる。
・魄飛天泣:ヒエラルキーの代理だったが自身で解釈を拡大し、廻転の代理になる。かき氷として食後に食べられた。
・魔魅反魂香:はんごんこう、言いにくい。おそらく男性。
・瓏仙:金髪に染めた女性(もともと金髪というわけではなく、黒髪から金髪にしたというのが大事なんだわかってくれるだろう?)。黒いスーツ着用。ガッツリ刺青入っててほしい。