【第5部:私だけがいない世界】第37話「ただひたすらに青い空」
アウフヘーベンと茶々丸がオムスパを食べていたカフェ、その少し離れた席に東蓋と、公ゲキ二課の長であるベーレンが座って珈琲を飲んでいた。東蓋はアウフヘーベンと茶々丸を背にして座っていたため彼女たちには気づかない。ベーレンは、膨大な閾を持つ彼女たちに当然気づいていて、その閾が人間のものではないこともわかっていたが、面倒なことには巻き込まれたくないという思いで、彼女たちのことは見て見ぬふりをすることにした。
ひらり。
東蓋とベーレンは話し合っていた。書籍姫から与えられた、薫と西羅を探し出すという課題に対して、ではどのように探していこうかという話し合いである。
西羅については、優香の証言にもあるように、三毒のジュブナイル・メルヘンと戦っているらしいので、そしてほぼ確実に西羅が勝つと思われるので、西羅が再び現れるまで待機ということになった。
問題は薫である。
「かおるちゃあん。どこ行っちゃったのよぉ」
と頬杖をつきながら情けない声を出しているのはベーレンである。だが、情けない声が出てしまうのも無理はない。薫を見つけ出すための手がかりが全くないのである。
ひらり、ひらり。
東蓋も、少し前まで薫の作りだした(はずの)空間にいたわけだが、ただそれだけのことであり、すなわち薫が生きているというただそれだけの情報しか持っていない。
「行き詰まった時は斜めから切り込んでいかないとダメです。とせんぱいが言ってました。後ろからではなく、斜めから。ですが、私はそういうの全然ダメでして」
と東蓋は言う。
ゲキドク会議(通称、蠱毒)にて西羅のことを思い出した東蓋は、今まで以上に西羅について考えるようになっており、ぽっかりと空いた穴が埋まる喜びと、世界からその存在をかき消されていたとはいえ西羅のことを忘れてしまっていたことに対しての申し訳なさ、自分自身への苛立ちと反省、西羅に会いたいという思いが順々に頭の中を駆け巡っていた。
「斜め、ナナメ、ななめぇ」
「斜め斜めの斜めにありて、斜め後ろのやつが死ぬ」
誰。皆が彼を見る。彼は煙草の煙をふぅと吐く。
アウフヘーベンが言う。
「あなた、どこかで」
「サタン・サルサードと申す」
がたり。アウフヘーベンの隣の椅子が倒れる。隣にいたはずの茶々丸がいない。死んだ。彼はそういう殺し方をする。
「そんなことより」と彼は話を続ける。「花びら散りて空見渡せば、二度と戻らぬ樹の薫り」
ひらり。
花びらが散る。その花びらは雨音に溶け、空の青さを引き立てる。
晴れた。清々しいほどに青い空である。
華脳天蓋蓮々之髄が枯れた。樹神薫が死んだ。
西羅は空を見上げる。ため息をついた。
西羅の前に現れた、新しい敵。代負在No.-6、個体識別名:碌凱卿カグヤ。
彼女は独り言のようにつぶやく。「代理者の時代は終わったようです」
門が閉ざされイデアが動き出した。サタン・サルサードや碌凱卿カグヤは、イデアの一人である。
西羅は何も言わず、青い空の青さを見つめていた。




