表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゲキドク!  作者: 解剖タルト
第1章〈私はそれを識っている〉
33/36

【第5部:私だけがいない世界】第33話「与える」

 イブ・キャロルが優香に向かって襲いかかる。

 刃が腹に刺さる。血が流れ、意識が遠のく。


 私は弱い。努力を重ねても、いつまでたっても弱いまま。強い人たちと比べて人間としての質が違うのだと痛感する。閾も上手く扱えないし、素早く動くこともできない。格闘もできない。未熟者。半端者。これでは誰かを守るどころか足手まといだ。

 とっちーに憧れてゲキドクになった。とっちーの活躍を近くで見ることができるから後悔はしていないが、やはり私には向いていなかったと思う。何をやっても中途半端なのだから今回もダメなのは分かっていた。けれど、心のどこかで期待していた。自分にはゲキドクの才能があるかもしれない、とっちーのようになれるかもしれない、何かが変わるかもしれない。でもこの有り様だ。格好悪い。自分が嫌になる。なんでこうも自分は不器用なのだろう。クズ、雑魚、腑抜け、大馬鹿者。

 死ぬということ。それはもう、死んだことがないから分からないけど、やっぱりこわい。

 呆気ない人生だったが、私のような人間にはお似合いの死に方だ。生き方と死に方に相関はないと思うけど、やっぱり雑魚は雑魚なりの死に方をしなければならないし、優れた人が呆気なく死んではならない。少なくとも、偉大な人は死を選べる権利があるが、弱い人は運命に身を任せるしかないのだから、運命を受け入れてあがくことなくひっそりと死に至るべきなのだ。

「ゆうちゃん」

 とっちーの声だ。走馬灯かな。

「ゆうちゃんの手、あたたかい」

 手。

 そういえばとっちーは私の手をよく握ってくれた。とっちーは死んだ人のように冷たく凝り固まった手をしていて私がよくあたためてほぐしていた。

「これで手が動くよ。ありがとう、ゆうちゃん」

 感謝の言葉。ありがとうと言われてとても嬉しかったことを今でも覚えている。

 私はとっちーのようにできない。それは私がとっちーではないからだ。

 でも私には私のできることがある。だって私は私なのだから。私がするべきなのは考え方を変えること、ただそれだけ。考え方を変えるだけで、絶望の世界に一輪の花が咲く。

 動くことが苦手なら、動かずに敵を仕留めればいい。閾の使い方が下手くそなら、常に溢れさせればいい。神の寵愛を受けることができないならば、私が神になればいい。私は「与えられる者」ではなく「与える者」である。

「受け取って!」優香が手を伸ばす。

 優香の内にある閾巫女の魂たちが呼応する。「毒ヲ、毒ヲ、我ラニ、毒ヲ」

「あげる、私のありったけ。寂しかったでしょう? その悲しみ、苦しみ、痛み、全部受け止めてあげる」

 優香は閾巫女の手を取る。

 自分本位なのはお互い様。居場所を貸してあげてるんだから、今度は私があなたたちを利用する。弱みに付け込むのは(あれ)がよくやる手法だもの。

「さぁ舞って!」

 ありったけの贈与と無償の愛は狂喜の舞のために。かりそめの花は、それでも、閾巫女の苦しみを癒すには十分であった。

 優香の傷口から閾巫女の半身が這い出て、イブ・キャロルをがっしりと掴み、ニヤリと笑う。

「ファーレンハイトも神樹も死んだ。だがあたしらは新たな主を見つけた。あなたがたの主はまだ死んでいる(・・・・・・・)のですね」

 イブ・キャロルは動揺した。死んだはずの閾巫女が人間の体内で生きていたこともそうだが、代理者が人間の中にいるという構図がまさしくドグラ・マグラそのものだと思った。イブ・キャロルは気づいた。閾巫女は神徒の代理であり、ドグラ・マグラの代理である。数の暴力と全知の素質を兼ね備えた最終兵器。そうか、ファーレンハイトのやつ、独りで代理者も人間も乗っ取ろうとしていたわけか。

 ファーレンハイトの切り札が彼の死後に牙をむく。皮肉だと嘲笑えばそれまでだが、嘲笑った者から彼がいる場所に強制ワープさせられるのだから、傍から見れば(・・・・・・)とんだ喜劇である。当事者になってしまったのが悔やまれる。

「代理にこだわっているのはお前だけだぞ。お前が新たな主の中でぐっすりと眠っている間に、皆イデアに向かって舵を切った。お前だけがまだ過去に取り残されているんだ」

「眠っているのはあなたがたですよ。夢の中の曖昧な理想に囚われて、夢から醒めるのがこわいのでしょう?」

「言っていればいいさ。私たちの王国にお前の姿はないだろうからな」

「王国とは面白い。誰が王なのです? あなたがたはもう誰にも従うつもりはないのでしょう?」

「私らは魔魅反魂香に従うさ。王になるとすればあいつしかいない」

「神ではないのですね」

「神は死んだ」

「ご名答。さようなら」

 イブ・キャロルは悪夢にうなされて死んだ。

 優香がばたりと倒れる。優香の身体から抜け出した閾巫女が優香を見下ろす。

「優香さん、あたしらがあなたの身代わりになります。残機はまだ千体ほど、全て託します。ご自由に」

 優香さん、少しだけあたしらの話を聞いてくださいませ。ゲーテの『ファウスト』に、「永遠に女性的なるものが我らを高みへと引き上げる」と書かれています。“女性的なるもの”が引き起こす〈奇跡〉があなたを何度も助けてくれるでしょう。あなたがあたしらを救ったのと同じようにね。ですから、あなたは立ち向かって行ってください。転んでも何度も立ち上がってください。あたしらはあなたの弱さに同情はしません、なぜならあなたは強いから。あたしらの神様、さぁ一緒に、高みへ。


 舞台の幕明け。


 スマホの警報音が非常事態を伝える。

〈危険生物の波形を観測しました。直ちに地下または頑丈な構造物に避難してください。部屋を暗くして視界を遮断し、決して外を見ないでください。その化物は人型で人間の言葉を話しますが、人間ではありません。それを視認しないでください。家族や友人の行方が分からない場合は近くの職員に連絡し、自分たちで探しに行かないでください。まもなく大規模な戦闘が開始されます。すばやく逃げてください。〉

 優香が目を覚まし、立ち上がる。その時、再び敵が現れる。2メートルを超える大柄な男は音を立てず降り立ち、ぽっかりと空いた左眼窩に義眼をはめ込みながら優香に歩み寄る。その名はジュブナイル・メルヘン。三毒である。

「そこの君。イブ・キャロルを知っているか?」

「知らないよ」

「では聞くが、そこにある死体は誰だ?」

「それがイブ・キャロルなのかもね」

「誰が殺した?」

「私じゃないよ。自分で死んだ」

「誰が殺させた?」

「死にたかったんじゃない?」

「君が死神か」

「死神はそっちでしょ。化物め」

「そうか、ではお望みどおりに」

 ジュブナイル・メルヘンは斬閾を放つ。優香は身体を引き裂かれ倒れる。

「まだ」

 優香は立ち上がる。ジュブナイルはさらに数発斬閾を放ち、優香は切り刻まれてぐちゃりと倒れる。

「まだ」

 優香は立ち上がる。ジュブナイルは優香の頭を掴み握りつぶす。

「まだ」

 優香は立ち上がる。ジュブナイルは胸を引き裂き内臓をえぐり出す。

「まだ」

 優香は立ち上がる。ジュブナイルは優香の脚を折り、喉を潰し、心臓に穴をあけた。

「今」

 優香はニコッと笑った。

「あげる」

 ジュブナイル・メルヘンの身体が裂け、頭は潰れ、内臓が飛び出し、ばたりと倒れた。

「バイバイ」

 優香は気配を感じた。ジュブナイル・メルヘンが優香の後ろに立っていた。

「私が死ぬ、そんなおとぎ話あるわけないだろう、お嬢さん」

 先ほどまでそこにあったジュブナイル・メルヘンの肉塊は無くなっていた。優香がばたりと倒れる。目だけ動くが、身体が思うように動かない。

 ジュブナイル・メルヘンはイブ・キャロルの死体から青い左眼をえぐりとり、自身の左眼窩にはめ込む。

 かつて、そのおとぎ話は皆に愛されていた。多くの人に読まれ、世代をこえて読み継がれた。だが時代の流れとともにそのおとぎ話は忘れ去られた。とある家の屋根裏部屋にあった最後の一冊、それを手に取り燃やそうとした者の身体を奪い取った。

「私は嫌いだ。人間という身勝手な生き物が憎くてたまらない。皆私だけを見て私のために死ねばいい」

 優香に近づく。

「さようなら、優雅なお嬢さん」

 ──第33話「与える」終

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ