【第1部:世界がひっくり返ってもあなたのもとへ】第3話「点滅」
「せんぱーい、信号が赤になる前に渡っちゃいましょう!」
「赤信号壊してしまえば青信号!」
──第3話「点滅」
休み明け。薫、はじめての現場実習with西羅。
「お正月休みはどうだった?」
「勉強ばっかり! もうイヤ!」
「あはっ、渡した本ちゃんと読んでくれたんだ!」
本の題名は『ゲキドク入門書──ゲキドク検定2級合格ブック』。
「暗記パンほしい……ドラいもーん」
西羅はニヤニヤと笑っている。
薫は白い息をふぅーと吐くと、神妙な面持ちで西羅に問いかける。
「西羅さんがゲキドクに誘ってくれたのって、俺が強くなって家族を守れっていうことですよね」
「さあねー」
「俺頑張るよ」
西羅は「がんば!」と薫を励まし、「ところで……」と話を続けた。
「あの時、ニワトリ二羽の他にもう一体、化物がいたのは気づいた?」
「えっ、うそ……」
「推測するに、東蓋が戦った〈代理者〉の仲間だろうね。青髪が命懸けで追い払ったみたいだけど」
「兄さん……」
薫は兄を誇るような、安堵したような表情を浮かべていた。
「よし、今回はデコポンにとってはじめての現場実習だよ。概要を説明するね!」
現場は片側三車線の幹線道路のとある交差点。交通量は決して少なくないが、今は討伐のため一時的に封鎖されている。
「交通事故が頻発しているんだ。それも先月に入って急に増えたらしいから、公共の奴らは化物の仕業だと推測している」
「根拠は?」
「なし!」
「うぇーい!」
「だから私たちのもとに調査依頼が入ったってわけ。調査も私たちの仕事だからね」
「今回、劇物を討伐するのはおっけー。監督者がいれば、一般市民でも討伐許可区域内において劇物に限り討伐が許可されてるからね」
「おぉ! よく分からないけど、まだゲキドクじゃない俺でも雑魚敵の討伐はできるってことね!」
「そ! じゃあ大事なことを教えるね。能力の使用による討伐において非常に重要なことがあるんだ」
「なに?」
「能力を使えば必ず代償が伴うということ」
「あっそれ本で読んだ!」
「運動すれば疲れる、筋肉痛になる、場合によっては筋や骨などを痛める。これらは身体を動かす時に起こりうるリスクだ。それと同じようなことが能力発動の際にも起こりうると考えれば良い」
「そういえば能力を使った後、軽い身体のしびれが起きるかも」
「良い気づきだね。そしてもうひとつ考えるべきなのは、代償は事前準備である程度軽減できるということ」
「なるほど!」
「はい、おててのしわとしわ、あわせて幸せ!」
薫はあわてて胸の前で手を合わせる。
「目つぶって祈る!」
「……、ホントにこれで軽減できるの?」
薫は片目を開けて、チラと西羅の顔を見る。
「あ、信じてないな! 大事なのは集中力。本当は瞑想の方がいいんだけど、慣れないうちは手を合わせて南無南無するだけでおけ!」
「わかった、信じてみるよ」
「素直だデコポン、今回は自分の能力に慣れるために能力をバンバン使っていこう! 可能なら閾も意識してみてね」
「あ、その閾なんだけど、ひとつ聞いていい?」
「百円ね」
「閾について、本には毒や攻撃から身を守るための防御本能って書いてあったんだけど、ニワトリを斬ったあれも閾なの?」
「そ! 身体を纏う閾を圧縮して押し出せば攻撃手段にもなる。応用技だけど化物を討伐する決定打にもなりうるから、出来るだけ早く習得したいね」
「マジか、難しそう!」
交差点中央。車両、人ともに侵入禁止。昨日、討伐許可区域として認定手続き完了。
「あれ、おかしいな。昨日下見に来た時には劇物が何体かいたんだけどな」
「いないね」
二人は交差点中央に立ち、辺りを見回したが、化物の気配は一切感じられない。
歩行者用信号機が点滅して赤にかわる。そのとき──
「面白くねぇ面白くねぇ面白くねぇ。全部、面白くねぇ」
「西羅さん、北側、信号の上!」
北側の車両用信号機の上にあぐらをかいて頬杖をつく一体の化物。ブルーシルバー色の短く整えれた髪、サイドは刈り上げ、両耳にはじゃらじゃらとしたピアス。和傘を差し着物を着ている。治安が悪い風貌の化物は、今までの化物とは比べ物にならないほど禍々しい雰囲気を醸し出していた。
何故今まで気づかなかった? いや今はコイツの挙動に精神を研ぎ澄ませろ! 薫の集中力が極限まで高まる。
「デコポンの能力は吸花と放花。自分の力でその解釈を広げることが重要だ」
「俺も戦っていいの?」
「スマホで認証しない限り、あらゆる化物は劇物だからね」
明らかに毒物、ほぼ間違いなく王族毒物であるが……。
「解釈だよ、デコポンが戦うための。まぁ私はアイツの名前知ってるんだけどさ。……あれ、なんだっけ? 白衣サンキューみたいな名前だった気がする。女医さんがタイプなのかな」
薫は考える。俺の能力、吸って吐く。呼吸? でもそれじゃ決定打にはなり得ない。どうするか……。
化物が重い腰を上げる。
「緋眼の嬢ちゃん、エグい閾持ってんな。でも俺はそっちの柑橘類野郎に用があるんだ」
「デコポンご指名だよ、良かったね!」
「いやだよこんなヤンキー。指名されるなら東蓋さんがいいよ」
「なんだてめぇら舐めてんのか! まぁいい、そんな態度とってられるのも今のうちだぜ。よく聞け柑橘類。昨日お前の兄を殺した」
「南無南無!」
「お祈りやめて西羅さん」
「……おい、樹神空が殺されたってのにやけに余裕そうだな」
西羅はニヤニヤしながら問いかける。
「公共の部隊がいたはずだが?」
「へっ、俺らと公共はグルだ!」
化物は得意そうに叫ぶが二人が動揺することはなかった。
「聞け白衣サンキュー。お前はバカそうだから教えてやる。今日は俺のはじめての現場実習だ!」
「それがどうしたっていうんだ」
「やれやれまだ分からないのか。兄さんは今日俺の現場実習の見学に来ている!」
化物は周りを見回すが樹神空の姿を見つけることはできない。
「……いないじゃねぇか脅かすんじゃねぇ!」
「お前はやはりバカだな。討伐許可区域内では認可された者以外の立ち入りが禁止されている! 兄さんは安全なところで俺の活躍を見てくれている! ばあちゃんもな!」
「成長したなデコポン」
「じ、じゃあ聞くけどよ、俺が殺したのは誰だっていうんだ!」
「兄さんは氷使いだぞ、自分の分身くらい簡単に作れる。お前みたいな雑魚ごときが兄さんを殺せると思うなよ!」
「舐めやがって腐ったミカン野郎め!」
「ただのミカンじゃあない、デコポンだぞ!」ここぞとばかりに西羅が叫ぶ。
「……人間だよ」
「お前が兄さんの分身を壊した奴なら話は早い。仇討ちだ」
「あぁもう面白くねぇ面白くねぇ面白くねぇ!」
化物が和傘を上空に向かって投げると、和傘は空中に突き刺さった。
「青天井もドン底も面白くねぇ」
「!」
「面白くねぇ! 全部ひっくり返してやる」
建物や街灯の明かりが全て消え、街は赤く、否、既に赤かった。
歩行者用信号機及び上空。赤。全て赤。それは夕陽のような温かさではなく、無機質の発光、あるいは〈物としての赤〉である。そこに感情はなく、──すなわち「不気味さ」さえもなく──既にそこにあったかのような、以前からそうであったかのような「無関心」が充満していた。
その赤が青に変わるとき、人ははじめて足止めされていたことに気がつくのである。私は止まっていたのだ、動き出さなければという火照りと焦りは、大袈裟な話かもしれないが、世界をぐるりと転回させる第一歩となるのである。
点滅、そして、青。
化物能力発動。実習、開始。
登録名:魄飛天泣、またはヒエラルキーの代理。分類:王族毒物。
〈登場人物〉
・樹神薫:強敵に狙われるデコポン。主人公ってそういうものだよね。
・西羅:現場の下見に行っちゃうほどの世話焼きだと判明してしまったクソガキ。
・樹神千里:ウキウキで見学に来た瞬速ばあちゃん。
・樹神空:楽しみで昨日寝られなかった天然イケメン青髪。
・魄飛天泣:ヒエラルキーの代理。白衣サンキュー。治安が悪い地域の成人式にいそうなやつ。