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ゲキドク!  作者: 解剖タルト
第1章〈私はそれを識っている〉
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【第4部:頭蓋と天蓋のバラッド】第23話「不在と位置」

「おとうさん、おとうさんってば!」

 父は眠る。

「ねぇおとうさん……」

 外では桜の花びらが、雪が降るようにひらりひらりと舞い落ちている。窓の隙間からひとつの花びらがふわりと舞い込んだが、それに気づく者はいない。

 ひとりきりの家。

「なんで」少女は泣いていた。

「おとうさんはせいぎのみかたなのに。セーラ、ひとりぼっちはいや。……おとうさん」

 書籍姫が現れ、少女を後ろから優しく抱きしめた。

「大丈夫よ、西羅ちゃん。これからは私があなたを守るわ」

 お姉ちゃん……。

 ──第23話「不在と位置」

 神樹は袈裟斬りにされ、神徒も消滅した。

篦棒べらぼうなのはそちらも同じではないか」オリーブが血を吐きながら、えぐれて出血している腹部を押さえる。

 西羅は仰向けに倒れる。ぼろぼろの左腕はまだ再生しない。「あぁしんど……。その傷でなんで立っていられるんだよ」

「私の死はすなわち正義の死だ。私が死ねば正義は死に絶え、正義が死ぬ時、私は息絶える。いわゆる、『大いなる力には大いなる責任が伴う』というやつだ。だから私は、正義が死ぬまで決して死なない。そう、決めている」

「根性論か。やっぱりアンタは規格外すぎて参考にならないよ」

「それはお互い様だろう」

「同じにするなよ」

 西羅はため息をつき、鼻で笑う。「……あの神徒たちは戦い慣れていないんだろうね。個々の能力はピカイチだったけど」

「劣化版や隷属というものは総じて本体を超えることができない。この世の定めだ」

「それはそうなんだけどさ、オリーブという最上の駒を上手く使えていないどころか半殺しにしていた時点で、神徒たちが言う“蹂躙”とか“戦争”というものの認識の甘さが露呈している。神のくせして神の視点が足りない」

 オリーブは袈裟斬りにされた神樹の方を見る。「神徒たちが合理的かつ戦略的な指示・統率のもとで動いていたとしたら、あなたは負けていたのか?」

 西羅はニヒッと笑う。「そもそもこの戦いはウチの負けだよ。神樹はまだ死んじゃいないし、それにアンタがまだそこに立っているじゃないか。それに対してウチはこのザマだ。もう能力は使えない。デウス・エクス・マキナで予想以上に戦力を削ぐことができたから一応ミッションはクリアしてるけど、ここでおさらばだね」

「……勝つことが目的ではないのか? ならばあなたはなぜここにいる?」

「大切な人を守るため」

「眼前の敵を倒さずして大切な人を守る……何を企んでいる?」

「何も」

「…………狐はどこにいる?」

「もとの世界に帰ってもらった。アンタは勘がいいね。それに運もいい。世界をひっくり返す瞬間を見ることができるのだから」

「やはり何かあるのだな」オリーブは険しい顔をしながらも内心ワクワクしていた。

「トドメを刺さないの?」

「私はもう力尽きた。そういう建前で十分だろう。あなたを殺せば私の正義が死ぬ。私もできれば死にたくないのだ」

「同じだね」西羅は安堵し、話を続ける。

「ウチが用意したもうひとりの存在。少し前アンタはウチを上半身と下半身に切り分けた。上半身は今ここにいるが、神徒の上半身と癒合した下半身の方は果たしてどこにあるか。下半身ちゃんと呼ぶことにしようか」

 西羅はへへっと笑い、「あぁしんどい」とつぶやいてから、また話しはじめる。

「この世には、能力者によってつくられた〈世界〉がいくつかある。今いるこの場所だってそうだ。そうした複数の〈世界〉を行き来できるよう突貫工事で繋げてある。その工事の中で色んな発見があったから、本当はそういう話もできたらいいんだけど、時間がないから今回はパス。んで、世界の接続においてひとつ問題点があるとすれば、あまり時間がなかったものだから、人ひとりが通れる程度の狭い道しかつくれなかった。だがウチの下半身ちゃんが通るには十分だ。そしてここからが重要なのだが、下半身ちゃんは果たしてどこに行ったのか。わかるか?」

「……まるで見当がつかない」

「地下大聖堂」西羅は不敵な笑みを浮かべる。

「そんなとこ行ってどうするのかって? さっきも言ったはずだが、下半身ちゃんは神徒の上半身を無理やり癒合させている。つまり、神徒の能力を使えるわけだ。先ほどウチは能力が使えないと言ったけど、それは嘘。デウス・エクス・マキナはただの斬閾、つまり能力ではないから、その分のリソースがある。そのリソースで下半身ちゃんが持つ神徒の能力を発動する」

「おい、まさか……!」

「さすが世界最強、もうわかったんだ。じゃあ答え合わせね。神徒の能力のひとつ、位置の入れ替え。では下半身ちゃんは誰と位置をかえるのか。ウチは既にヒントを出している。〈世界〉を繋ぐ道は狭い。そう、つまり、道に通すことができないほど大きいもの。目の前にあるよね。デカい樹が」

「神樹を地獄に堕とす気か」

「天界の地獄支部所長、神樹様だよかっこいいね。でもね、違うんだな。ウチがしたいのは、神樹を堕とすことじゃなくて地獄を上に持ってくること。そして──」西羅は照れくさそうに笑う。「──世界から忘れられた存在に、手を差し伸べてくれる人を待つ」

「なるほど、やけに準備がいいと思ったら、そのための“世界の接続”というわけか」

「そういうこと。ウチの目的のためにあの樹は邪魔なんだ」

「そうか、この空間に何か別のものを持ってくるんだな」

「察しがいいね。さてと、死ぬ前に全部終わらせちゃうか。でもその前に、と」西羅は寝転んだまま片合掌をし、3秒ほど目を閉じた。

 目を開け、どっこいしょと立ち上がる。

「必要なものは手に入れた」

 西羅はふたたび片合掌をする。

「神樹よ、あなたに永遠の栄光があらんことを」

 神樹が消滅し、下半身ちゃんが戻ってきた。

「次はオリーブの番だ」

「私と誰を入れ替えるのだ」

「最期に狐ちゃんと話しておきたくてね」

「そうか、“次会うとき”はお互い本気でやろう」

「やだよ」

 オリーブは手をあげて「じゃあ」と言う。

 オリーブが消え、子×12が現れた。

 

「大丈夫だったか西羅とやら」

「なんで助けてくれなかったのさ」

「……鳥籠に閉じ込めて追い出したのはそなただろう」

「知ってる」西羅は子どものようにニヒッと笑う。

「助けてくれたのだから礼を言おう。ありがとう、西羅よ。本来ならばわらわが助けなければならない立場なのだがな。公共ゲキドク一課の人間として恥ずべきことだ」

「ウチを助けようとして、鳥籠から出ようと試行錯誤してたもんね。かわいかったよ」

「うげっ、意地悪な……」

「へへっ、これでおあいこってことで!」

 子×12は端正で透明感のある肌をした西羅の顔をまじまじと見つめる。

「かわいい? きれい?」

「……いや、そういうことでは……かわいいとは思うが」

「きゃっ♡」

 子×12は少し考える。

「書籍姫という人を知っているか。今は亡き人なのだが、なんだかそなたを見ていると書籍姫のことを思い出すんだ。…………いや、いい。忘れてくれたまえ」

「死んでないさ、あれが何もせずくたばるわけがない」

「書籍姫を知っているのか!?」

「神樹の中にあった姉ちゃんはウチがもらう。ただ、書籍姫の別様体は名前を変えてどこかにいる」

「本当か?!」

「公共ゲキドクの威信をかけて全力で探してほしい。それが敵の手にわたる前に見つけ出し、保護をする。ウチが狐ちゃんに課す最初で最後のミッションだ」

「最後……?」

 西羅は微笑む。

「空になる心は春のかすみにて世にあらじとも思ひ立つかな」

 西羅は「ウチの好きなうた!」と言い、子×12に背を向けて歩き出す。

「待ってくれ、そのままではそなたの身体と精神は引き裂かれてしまう。永遠に戻ってこられなくなるぞ!」

 西羅は振り返ることなく手をあげて「サラバ」と言った。柔らかい日差しを浴びた桜の花びらが風に吹かれて舞い散るように、西羅の小さい身体は少しずつ輪郭を失っていく。子×12は追いかけ手を伸ばしたが、最後の花びらは春の霞に飲み込まれて消え去った。

 化物だらけの地上の楽園にて、安らかな余生をお過ごしのゲキドクの諸君。ごきげんよう、書籍姫であります。

 地獄とは快適なもので誰も行きたがらないが故に交通渋滞はゼロ、美味しいクレープ屋さんも並ぶことなく食べることができ、人間関係で悩む必要も税金を支払う必要もありません。戦場で野垂れ死ぬ運命のあなたがたにとって、これ以上ない引越し先となっております。日々の疲れを癒すため、騙されたと思って試しに一度地獄に来てみてはいかがでしょう。もう二度と戻ってこられなくなりますよ。

 平和と理想を地獄の底に落としてしまったのは一体どこのかみなのでしょう。次回、第24話「ニーチェタイム」。神は死んだ。次はあなたたちの番です。

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