表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゲキドク!  作者: 解剖タルト
第1章〈私はそれを識っている〉
19/36

【第3部:代理戦争】第19話「花逍遥1」

 歩くのは好きだ。大切な人を思い出せるから。

 戦うのは嫌いだ。大切な人を思い出してしまうから。

 ──第19話「花逍遥1」

 猩猩はどこからともなく金棒を持ち出し、星羅に振るう。金棒を振るった余波で地面にはまるで隕石が衝突したかのような半円状のくぼみができた。

 続けてもう一発。今度は血讐ヴェンデッタにより防がれた。

 星羅は考える。衝撃は凄まじいがそれに関してはタナトスとエラン・ヴィタールがあれば対応できる。だがそれ以上に厄介なのは、あの金棒に特殊な能力が込められているということだ。血讐ヴェンデッタの血が“軽く”なっている。おそらく触れた物の質量を剥奪する能力だ。物理攻撃の無効化が狙いか。だが当たらなければどうということはない。

 猩猩は金棒を振りかざし、星羅はそれを避けつつ血傀や奏血を繰り出す。すると、星羅の前に鎖が現れ、星羅の腕に絡みついた。

「地獄牢解錠」

 門が現れ、鎖は其の門の奥まで伸びていた。門の向こうは暗い霧で覆われ先が見えない。星羅は鎖が絡まった腕を自身の閾で切り取ったが、生えてきた腕に鎖がすぐさま絡みつく。星羅は地獄牢の中に吸い込まれた。だが地獄牢が施錠される前に何らかの手段でこれを破壊、星羅は舞い戻ってきた。

 星羅は自身の腕をちぎり、それを猩猩に投げた。猩猩がそれを金棒で破壊する寸前、血讐で腕を爆発させ、その爆発に目がくらんだ隙に星羅は大雷砲を放った。猩猩は金棒でこれを相殺する。

「星々は沈黙した」星羅はニヤリと笑う。「息を止めろ」

 猩猩の呼吸が止まる。

「お前が我らに強制するように、我らもお前に強制する。次は、鼓動だ」

 猩猩は動かなくなった。

「そのまま静かに息絶えよ」

 だが先に膝をついたのは星羅であった。

「吐きそうだ」猩猩が星羅を見下ろす。「お前の顔が歪んで見える」

 猩猩は金棒を振りかぶる。

 星羅は不敵な笑みを浮かべた。


 ──俺には戦闘の才覚がない。また、誰かを守るとか使命を果たすとか、そういうものにはあまり興味が無い。そもそも誰かを守れるような器ではないし、何らかの使命にもとづいて動けるような意志の強さは持ち合わせていない。そりゃあ目の前の人は助けておきたいし、それこそ目の前で人が死ぬのを見るのはまっぴらごめんだが、それは自分のためであってその人のことを思っての行動ではない。ならばなぜ戦場にいるのだろう。いや、そんなこと問うまでもなく分かりきっている。死ぬためだ。

 かつて兄貴がゲキドクとして働いていたが戦績はいまいち、何だかんだあって兄貴は死んだ。兄貴の死の報せを聞いた時はさすがにショックだったがそれでもゲキドクをやめようとは思わなかった。その頃はまだ見習いの下っ端で、ゲキドクとして働くことの意味と死と向き合う覚悟についてよく分かっていなかったのだと思う。兄貴からはよく「人を守り、社会を守り、そして己を守りなさい」と言われたものだが、兄貴は自分で言ったことを守れず死んだことになる。己を守る、言うは易し行うは難し、いやそれ以前に人を守って社会も守ってその上で自分も守れるような〈本当に強い奴〉がこの世にどれくらいいるというのか。人はみな弱い、だから助け合って生きていくのだ、それは正しいとして、では助け合って生きていくためにはどれほどの強さが必要か。助け合うためにもある程度の強さがいる。生きたいという意志の強さをみなが持っているとは限らない。死にたいと考える者を生かすための手立てをどう講じる? 死にたいと願う者に「死んではだめだ」と手を差し伸べることは果たして正義と言えるのだろうか。

 見知らぬ人を助けている間によく知る人が死んでしまったらどうか、いやそんなことを考えてはいけない。戦場に赴いた以上、大切な人を守ることはできない。今までもそうだったではないか。両親は泣いていた。兄貴は悔しそうな顔をしていた。安らかな表情をしていたとて隠しきれない魂がある──身体は魂の入れ物だと言う人がいるがそれは違う。魂は身体を拒絶する何かである。

 大切な人は遠くにいて、ここにはいない。もちろん戦場なんて危険極まりない場所なのだから大切な人は遠くに離れていた方がいい、それは確かだ。だがもし大切な人がいる場所が何かの拍子に戦場になってしまったら、そして俺がその場にいなかったとしたら、その時はもう諦めるか近くにいる仲間に全てを託すしかない。そういう意味では、俺らの仕事はきっと誰かの大切な人を守っているはずである。だがそれは結果的にそうなっただけであって俺自身の意志でそうなったわけではない。結論としてはこうだ。どれだけ力があろうと、結局のところ、〈全て〉を守ることで大切な人を守るしかない。この悲劇的な結論によって、俺という人間はとうとう何も守れぬ者になってしまった。そして俺は孤独になった。心にぽっかりと空いた穴は、欠如とは違い場の喪失を意味する。すなわち俺の居場所はもう無い。

 ゲキドクとして働くということはいつ爆発するか分からない〈死〉を抱えながら走り続けるということである。いつか自分もああなるのだと思いながら仲間の死体を横目に戦場を駆けぬける。痛そうだという思いと羨ましいという思いが交差して、その交点からこちらを覗く者のことを自我と呼ぶのだろう。どちらに偏っても不幸になるのだから、自我など捨てて楽になってしまえばいい。

 さあどうやって死ぬか? 様々に思考を巡らせてとある方法を思いついた。その方法は恥辱にして崇高、血の匂いと神の光で目眩がするような、端的に言えば死を象徴として扱うというものである。象徴的でない死がどこにある、と言われればそれまでだが、身体と精神を徹底的に引き裂くという点で他の死に方とは一線を画す。俺にとっての悔いが残らない死に方というのがそれであった。その方法を実践するためにあれこれと試行錯誤をしていたら能力が覚醒してしまい余計死から遠ざかってしまったわけだが、まあ仕方あるまい。そもそもジョークのような死に方なのだ、皮肉を楽しみながらその時を待つとしよう。

 ところで人は楽になるための手段についてあれこれ考えると、少しの間ではあるが心が軽くなるものである。心が軽くなった日は暖かい日差しを浴びながらのんびりと散歩をするのが良い。地面には柔らかい若葉と小さい花が咲いている。黄色、ピンク、オレンジと様々な彩りが生命の喜びと自然の豊かさを感じさせる。小鳥が親を探してピーピーと鳴いている。青く澄んだ空はどこまでも高く、手を伸ばしても雲を掴むことはできない。風が伸ばした手の指の間を通り抜け、若い木の葉脈がうっすらと見える色の淡い葉をさらさらと揺らす。

 一人で歩くのも良いがどうせなら二人で同じ景色を眺めよう──目の前にいたはずの大切な人が次々と消えていく中で俺の最後の「大切な人」と二人で。歩きながらこう問うてみる。「鳥になって空を飛べたらどこへ行きたい?」彼女ならなんと答えるだろうか。

 楽になるための手段のはずが、いつしか生きる目的にすり替わっている。いけない、どこからやり直そうか。いや、今はこのまま、しばらく散歩を続けさせてくれ。


 激戦の末、猩猩は力尽きて倒れ込む。

 星羅が猩猩のもとへ近づく。

「お前は王である。ならばもっと傲慢であるべきだった。お前の敗因は謙虚すぎたことである」

「謙虚か。なるほど面白い考察だ。俺はこの世で最も惨めに、そして美しく死のうと考えている。そういう意味では俺はあまりにも謙虚な人間であろう」

「敗者が死に方を選べると思っているのか?」

「準備はもうできている。終活は早めに済ましておくもんだ」

「どういう死に方をするつもりだ。まさか自爆ではあるまいな。まあそれも煌びやかで美しいとは思うが」

「自爆は確かに芸術的で華がある。だがそれでは、美しく死ぬことはできても惨めに死ぬことはできない。どちらも満たさなければ『以て瞑すべし』とはならないのだよ。惨めにそして美しく、そのどちらの条件もクリアできる死に方がひとつだけあるのだ。それはすなわちこうだ。父が我が子に殺されて死ぬ」

「……なるほど〈父殺し〉か。厄介なものを持ち出しよって」

「正直に打ち明けよう、俺の能力は〈父殺し〉を主軸として組み立てられている。俺が父、すなわち俺は子どもに殺されて死ぬ。そして俺を殺すために生まれてきた子どもたち。俺はこれらに文学的球体関節人形という名称をつけたが、人間に限りなく近い者たちだと断言できる」

「その文学的球体関節人形とやらはどこにいる? そのような存在の気配も、閾すらも全くもって感じ取ることができないが」

「そりゃあそうだ。ここに来ている文学的球体関節人形は俺の最高傑作だ。あれは俺を殺せる唯一の存在であり、俺を殺せる実力のない者はその存在を感知することすらできない」

 星羅は周りを見回すが何者の気配も感じない。ホラを吹いているのか? 何のために。体力が回復するまでの時間稼ぎか? そもそも回復できるような傷ではないだろう。ならば何だ。この男は一体何をしようとしている。得体の知れない何かが私の感知できないところで蠢いている。嫌な予感。

 星羅は早いところトドメをさしてしまおうと考えたが、もう既に遅かった。身体が動かない。

 猩猩はその場にあぐらをかいて座り込んだ。

「認識できない存在というものは何故こうも恐ろしいのか。弱さを知らぬお前には分かるはずもない。知らぬまま死ね、と言いたいところだが、弱さというものを知ってからでなければ本当の意味で死ぬことはできない。待っていろ、認識できないはずの存在を認識させてやる。それこそが〈文学的〉というものだ」猩猩は内ポケットから二つのナイフを取り出して両手に持ち、それを自身の両目に突き刺した。

「この物語はこのような書き出しで始まる。──私がかつて鳥だったころ、この世界の空はまだ少しだけ穏やかであった。この物語はこのように終わる。──懐かしい景色をまた二人で見ようじゃないか」

 猩猩は誰かに語りかけるようにして言葉を紡ぐ。

「儚く散れば血も雫もみな夢の跡、瞼に華を咲かせてみればそれが貴女と思い知る」

 猩猩はナイフを放り投げる。目から滴る血はまるで涙のように悲しみを帯びて頬をつたい、白いワイシャツの襟元をじんわりと赤に染める。

 猩猩は目を閉じたまま静かに語りかける。

「さぁおいで、銀ちゃん」

 猩猩の背後からそっと彼の頬の血を拭う者。彼女はまだ幼く見えた。絹糸のように透き通る金色の髪に女の子らしいふわりとした赤のスカート、翡翠のような瞳、黒いブーツ。

「久しぶりね、お父様」彼女は猩猩の瞼を両手で優しく覆う。猩猩の瞳は彼女の力能によって既に完治していた。

 彼女は猩猩の頬をつねる。「痛むかしら、それがあなたよ」

 代在ダーザインNo.6、個体識別名:火樹銀花

 火樹銀花は早速敵を仕留める準備に取り掛かる。人造の者のみが使用できる必殺技あるいは奥義、その名を臨毒りんどくという。「臨毒。花鳥風月、舞し──」

「あぁちょっと待ち」猩猩がこれを静止する。「少し確認することがある」

「何よもったいぶっちゃって」

 猩猩が星羅に問いかける。「俺のプロとコントラを攻略したのだろう?」

「無意識には否定がない。すなわちお前の能力を防ぐためには、纏閾を強めるのではなくあえて最小限に抑えてやれば良い」

 猩猩がどっこいしょと立ち上がる。「プロとコントラが攻略済ならもう動けるはずだぜ」

「さらば勇敢な王よ」

 星羅は大雷砲発射の準備を整える。

 ──第20話「花逍遥2」に続く

 藤原義孝という人物が『後拾遺集』でこう詠んでいる。「君がため惜しからざりし命さへ長くもがなと思ひぬるかな」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ