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ゲキドク!  作者: 解剖タルト
第1章〈私はそれを識っている〉
18/36

【第3部:代理戦争】第18話「プロとコントラ」

「譚の譚譚、たんたたん!」

「たんたかたん!」

 ──第18話「プロとコントラ」

「へべちゃんを傷つけたのはもちろん許せないけど、でも英雄譚を倒すのって、なんというかもったいないよね」

「あら、薫さんの薫さんを先にむしり取ってもいいんですのよ。そういう需要もあるんじゃないかしら」

 アウフヘーベンは「おほほ」とお嬢様のように笑った。薫の顔はみるみる青ざめていき、「さ、敵を倒すぞ!」とわざとらしく言うことしかできなかった。

 英雄譚が二人に向かって叫ぶ。「私は英雄譚と申す。この世で最も強い者を殺しに来た!」

「私はへべ三郎と申す。譚の譚をむしり取りに来た!」

「俺は薫之進と申す。譚の譚譚を堪能しに来た!」

 アウフヘーベンは「仕方ないですね」と不満げにつぶやき、ファーレンハイトを召喚し次のように言った。「ここにおわす御方をどなたと心得る! おそれおおくも先の副将軍、ガブリエル・ファーレンハイトにあらせられるぞ!」

 ファーレンハイトは水戸光圀公になりきって「ふぁっ、ふぁっ、ふぁっ!」と豪快に笑ってみた。

 英雄譚は目を見開いて「ガブリエル……!」とつぶやき、先ほどまでの大人びた雰囲気──彼女の心に飛び込めばその深潭から抜け出せなくなるだろうという確信、あるいは、彼女の慈悲と救済は私の心を透過して心の汚泥を流しさってくれるだろうという願望が感じられた──がガラリと変わって、「戦闘狂」の彼女が顔をのぞかせた。「今この世で最も強いのはあなただ! さぁ私と戦おう、そして私が最強であることを証明してやる! さぁ来い、ガブリエル・ファーレンハイト!」

「あの人は無視してください。それより、出てきてすぐで悪いのですが、バベルズの方へ向かっていただけませんか?」アウフヘーベンの指さした先には神樹の根や枝が絡みついたバベルズがあった。

「えっ、あぁそれはいいけどよ、あっちもこっちもヤバイ事になってんな。知らん間にこんなことになっていたとは。それにしても今のは何だ。なんで水戸黄門が──」

「薫之進、ワープ」「了解!」ファーレンハイトはバベルズまで強制輸送された。

「ガブリエル・ファーレンハイトめ、私を倒すのに部下だけで十分だと言いたいのか。いいだろう、楽しみは後に取っておくことにするさ」

 英雄譚がどこからともなく刀を取り出し、瞬時に間合いを詰めて二人に向かって斬りかかる。アウフヘーベンが刃を握り腕力でへし折り、その刃を英雄譚の顔に突き刺して英雄譚の腹に蹴りを入れて吹っ飛ばした。英雄譚は顔の刀を引き抜きながらよろよろと立ち上がったが、既に目の前にはアウフヘーベンが鉈を持って(これもどこから取り出したか不明)英雄譚の腹に振りかざすところで、間一髪で避けたものの、避けた先には薫が紫電を持って待ち伏せをしていた。英雄譚は斬閾を放ち、薫は自身の斬閾でこれを相殺、その一瞬の隙を見て二人から距離を置き体勢を立て直す。

 一方、書籍姫の身体からは〈小さい頭たち〉が湧き出てアウフヘーベンと薫を狙い撃ちしようと小雷砲をチャージしていた。アウフヘーベンはそれを察知し、連続の斬閾を放って小さい頭たちを粉砕した。

 英雄譚は左手をナイフで切って血を滴らせ、その血は英雄譚の左手を覆った。英雄譚が左手を振るうと血が鞭のようにしなり、地面とビルを大きく抉った。地面とビルについた血から何体もの血傀けっかいが這い出してきて薫とアウフヘーベンに襲いかかる。

「その血に触れると肌が焼けて腐っていくから気をつけて!」薫が紫電で血傀を斬りながら、英雄譚と戦うアウフヘーベンに向かって叫ぶ。

 薫の左手が震え、機械音を発する。「こちらへべ三郎、了解」アウフヘーベンが薫を見てニヒヒと笑う──アウフヘーベンは閾を用いて薫の左手を媒体に通信を試みたのである。「薫さんの左手、通信媒体としてはこの上なく都合のいい性質とサイズ感ですね」

「やめてよ人の左手を通信媒体にするの。というか閾ってそんなこともできるんだ」

「やり方はあとで教えてあげます。それよりそろそろ大雷砲が来ます。相殺しますか?」

「大雷砲が来る前に必殺技をぶっぱなす!」

「了解」

 アウフヘーベンは纏閾の守備範囲を拡張させることで血傀の攻撃を完全に阻止、さらに英雄譚の鞭や血讐ヴェンデッタを鉈で弾き返し、書籍姫の身体から無数に湧く〈小さい頭たち〉にも連続の斬閾や鉈で対応しつつ、英雄譚との間合いを詰める。英雄譚が血讐でアウフヘーベンの右手を破壊するが、アウフヘーベンは自らの閾で右手をねじ切り、直ちに再生させ、英雄譚の頭蓋を鉈でぶん殴る。英雄譚は頭蓋に鉈が刺さったままアウフヘーベンの腹に自身の左手を貫通させ、血讐を発動、さらにアウフヘーベンの腹から血傀を発生させて、腹部を腐敗させた。

 英雄譚は思った。へべ三郎の動きは常人が努力してなせるものではない、圧倒的なセンスと類まれなる能力の賜物、さらに言えば、彼女は人間を超えている。人間を超えるための解釈を編み出し、それを実現してしまったのだとすれば、彼女はもはや人間ではない。毒物か、超人か、それとも神か。どれも正解で、どれも違う。彼女は変革者であり、真理であり、頭脳であり、精神であり、道である。神へと至る道、道へと至る神。私が生前辿り着けなかった境地、人間の極地を超えた者、すなわち人間を捨てた者、アウフヘーベン。

「まずは一人。あと一人を始末してファーレンハイトのもとへ向かうとしよう」

 分かっているさ、アウフヘーベンがこの程度で死なないことくらい。次は何を見せてくれるのだ。私を殺せ。お前の熱量を受け止めて私は戦い抜いてやる。

 アウフヘーベンの〈死体〉が機械音を発する。「あなたがいま立っている場所は書籍姫の身体の上ですね」

「やはり生きている! これ以上の喜びがほかにあるだろうか! そう思わないか、アウフヘーベン! 本体はどこだ、私は何度でもお前を殺してやるぞ!」

「えへへ嬉しいですね。ですが人の話はちゃんと聞いた方が良い。私はアウフヘーベンではなくへべ三郎ですし、あなたの立っている場所は書籍姫の身体の上です」

「書籍姫、神樹の人格保持と延命のために利用された可哀想な人間だ。こんなバケモノのような姿になってしまってあわれで見ていられないよ、そう思わないか、アウフヘーベン」

「あら、私たちは書籍姫を救うために今から天使の梯子をかけようと思っているところなんです」

「殺すのか、こいつを?」

「あなたごとね」

 英雄譚が上を向くと、そこには右腕を突き出す薫と薫の背中に隠れて舌を出すアウフヘーベンがいた。

電光影裏斬春風でんこうえいりにしゅんぷうをきる、擬似大雷砲発射!」

 英雄譚はその場を離れようとしたが、〈死体〉のアウフヘーベンの腕が英雄譚の足首を掴んで離さない。

 薫が右腕から放つ擬似大雷砲、書籍姫の大雷砲は間に合わず、かろうじて数発の小雷砲が放たれたが擬似大雷砲を前にして為す術なく、書籍姫と英雄譚は擬似大雷砲にのみこまれて大きく損傷した──損傷であり、死亡ではない。この程度で書籍姫の息の根を止めることは不可能、それは二人も十分理解していたが、英雄譚が生き残ることは想定外の出来事であった。

「危なかったぞ、タナトスがなければ死んでいた!」

 薫がすぐさま紫電で斬りかかるが身体が硬く刃が通らない。

「エラン・ヴィタール、傷を受ける度に身体機能や能力、閾などが強化される。タナトスと組み合わせて使用すれば、自分の死にもエラン・ヴィタールが適用される。つまり、死ねば死ぬほど強くなる。死を慈しみ生を謳歌して、私は永遠に戦闘を楽しむことができるのだ。これを幸福と言わずして何と言う!」

 英雄譚は薫の顔を掴んで宙に浮かせ、自身の左手で薫の右手をひねり義手を破壊し、それからビルの瓦礫に薫を投げ飛ばした。瓦礫にぶつかるすんでのところで吸花を咲かせ、英雄譚のもとまで戻ってきた。

 アウフヘーベンが薫の左手を媒体にして薫に話す。「私は弱った書籍姫をぶっ殺します。薫さんは少しの間英雄譚を引き付けてください」

「おっけー!」

 薫は英雄譚を吸花で吸い、自身とともに離れたところまでワープさせた。

「お前ひとりでどう戦う? ファーレンハイトを連れてきた方が良いのではないか?」

「忠告どうも」

 事実、薫ひとりでは火力不足であった。それに、英雄譚に傷をつければつけるほど彼女は強化されるため、中途半端な攻撃はむしろ命取りになる。

 英雄譚は血傀、鞭、血讐を用いつつ、強化された肉体によって繰り出される体術で薫に攻撃を仕掛ける。薫は左手に持った紫電と纏閾、それと数ヶ月の鍛錬で習得した数発の斬閾(常人であれば斬閾を一発使用すると纏閾が乱れてしばらく斬閾と纏閾が使用できなくなるが、薫の場合は西羅から受け継いだ膨大かつ特殊な閾と、西羅から教わった「連続斬閾の方法」を習得し、纏閾が乱れずに連続で斬閾を使用することが可能となった)で攻撃を跳ね返していくが、慣れない左手での剣さばきと英雄譚の猛攻、次々と湧き出す血傀によって徐々に追い詰められていく。

「お前、何人喰った?」薫が英雄譚に問う。

「あ? あぁ貴様勘がいいな。そうだ、私は喰った者の能力を使用できる」

「牢獄に行ったか?」

「あはは、そうか私が使った能力の中に見知った能力があったのか! あぁ行ったよ。強いやつがうじゃうじゃいて、そいつら全員殺して喰ってやった。やはり強いやつの脳はうまかった。能力を使うのに脳みそをフル活動させるからか、柔らかくて濃厚なんだ。その中でも血の能力者のものは格別だった! 若い女性で確かエリザベートとか言っていたな」

「やっぱりそうか」

「エリザベートを知っているのだな」

「あぁ、能力を奪ったのがお前でよかったよ。あまりに下手くそな使い方で拍子抜けしているところだ」

「二度と喋れないように貴様の口を引き裂いてやる」

 薫は考える。へべちゃんが書籍姫をどうにかするまで英雄譚を吸花内の空間に閉じ込めておくか。いや、リスクが大きすぎる。吸花内と現実世界の時間の流れの違いはどうにもできない──ある程度時間の調整は可能のようだが、それでも現実世界で数秒たっている間に吸花内では数分、長いときだと数時間たっている場合がある。吸花内に閉じ込めている間、英雄譚は傷を癒すこともできるし、逆に自殺と復活を繰り返して大幅に強化される恐れもある。敵にとってメリットがありすぎる。それならばやはり目の前の敵に対しては、正当な方法で倒すしかない。倒す? いや、倒したら復活されるのだから大幅に弱体化させてそれを維持させた方が良い。弱体化させて、死なないようにほどよく生かす。そんなことが可能なのか? ……封印だ。一時的にでも封印ができれば良い。東蓋さんがパルマコンを封印できているのは墨域の性質のひとつに能力や閾、感覚などの無効化があるから。俺の吸放花に無効化の性質はないが解釈によって擬似的に無効化を作り出す、もしくは無効化は無理にしても英雄譚の動きを封じる術があれば……。

 いや、逆だ。動かしながら封じる。動かすことで封じる。解釈の変更、そこから見えてくるひとつの可能性。流動的封印、或いは回帰、或いは無。生命の吸収とは異なる吸放花の新たな奥義。能力使用の反動を抑え、敵を弱体化させるための最善の方法。

 だがこの封印術を行うための隙をつくるためにはどうすればいい? ただでさえ敵の攻撃をさばくのに手一杯だというのに、能力を発動させていることなど不可能。

「先ほど大口を叩いていたくせに、貴様こそ身体の動きと能力が連動できていないではないか。ファーレンハイトの部下だというのにその程度か貴様は!」

「うるせぇ、譚の譚譚もぎ取ってやるぞ」

 技の威力とスピードがさらに上がる。だめだ、さばききれない。

 薫が持つ紫電が折られる。英雄譚は血液で刀を作り出し、血刀で薫に斬りかかる。

 その時、アウフヘーベンが鉈で英雄譚の両腕をぶった斬る。「書籍姫をぶっ殺すことはできませんでしたが、彼女の動きを止めることはできました」

「来たなアウフヘーベン! さぁ私と──」

 アウフヘーベンが斬閾を放ち、英雄譚の顔面を削ぎ落とす。

「薫さん、チャンスです!」アウフヘーベンは既に薫の解釈と封印について察知していた。

 薫の左手にはどんぐりのような形状をした植物の種が握られていた。それを、再生しつつある英雄譚の口に突っ込んだ。

 英雄譚は口に入ってきた種を思わず飲み込んだ。「貴様、私に何を喰わせた」

「毒の花だよ」

「彼岸花ですか?」アウフヘーベンが聞く。

「いや、傷の記憶を吸い取る花だよ」

 英雄譚は回復をするために軽く身体を動かした後、何かに気づいたようでひどく不機嫌な顔になった。「エラン・ヴィタールが無効化された!」

「脳細胞に毒の花を咲かせた。傷を受けてもそれを傷だと認識できない、いや、認識したとしてもすぐに忘れてしまう。エラン・ヴィタールの発動を阻止すればお前の戦力はこれ以上上がることはない」

「そうだとして、お前らでどうやって私を倒すというのだ。まだ私には血讐もタナトスも残されている」

「物事には順番がある。エラン・ヴィタールの発動阻止が次の段階に進める条件だ」

「次の段階だと?」

「話を変えよう。先ほど俺は譚の譚譚をもぎ取ると言ったが、よく考えれば譚譚をもぎ取ったらお前は男になってしまう。確かにそういう需要もあるだろうが、俺はどちらかといえば譚の譚をむしり取った方が良いのではないかと思う。先ほどの発言を撤回し、お詫び申し上げます。すみません」

「……何の話をしているんだ」

「とても大事な話だ。もちろん俺はそのままの君でいてほしいが、それでは俺たちが死んでしまう。話が長くなってしまったが、つまりはこうだ。誇りを捨て、命をかけた闘いをする、と」

「面白い男だなお前は。要は私を全力で殺しにかかるとそう言いたいわけだ。いいだろう、お前らの覚悟を受け止め、私も本気で──」

「本気でやれると思っているのか? 能力の理解が遅いな」

「どういうことだ?」

「どうもこうもないだろう。お前に今残されている能力は何だ?」

「……くそっ!」

 毒の花の能力により、能力を発動する方法だけでなく、能力そのものを忘れてしまっていた。

「こうしてべらべらと喋っているうちに何もかもきれいさっぱり忘れてしまうわけだ」

「……貴様!」

「まだ動けるだろう? 動けるうちに俺を殺してしまった方がいい」

 英雄譚が薫に向かって飛びかかる。薫がそれを迎え撃とうとした時、どこからかブォーンという音がした。薫ははじめそれが帽ハットの能力によるものだと考えた──地下大聖堂で代理者たちと相対した時に聴いた音と同じ音であったため──が、それが誤りであることはすぐに分かった。その音は、薫の頭の中から鳴り響いていた。あの時聴いた音よりも強く響き脳を揺らした。

 音の主は薫である。いや、正確には薫の中にいる「何か」である。ブォーンという音は帽ハットによるものでは無かった、それが理解できたとして、ではこの音の正体は何なのか。その「何か」は薫の中で、徐々に薫に近づいている。その音は薫の中で、薫に何をもたらすのか。薫の中の「何か」はその不気味さによって薫を震え上がらせると同時に、ある疑念と仮説を抱かせるに至る。だがその仮説はすぐさま意識の外に追いやる必要があった。それはなぜか。それは何者かが話しはじめたからである。聞き覚えるある声、見覚えのある容姿。考慮すべきはそれが死んだあの人と非常によく似た者からの問いかけだったことである。


「巡り巡って死に損なった可愛い妹を、どうやらそなたらは知っているようだ」


 何が起きた? まるで時間が止まっているような感覚。それに、何だあれは。書籍姫の身体から生えている小さい頭たちの中で一つだけこちらを向く者がいる。あれは、今確かに喋っていた。可愛い妹?


「我々は、夜の空を無数に彩る星になぞらえて、星羅せいらという名を持つ」


 せいら。嫌な予感がする。


「我らは一心同体であるが、時折堕落する者がいる。彼女たちは反逆の意思を持っていたわけではなく、少し遊びたかっただけなのである。ただ一人を除いては」


 空気が張り詰める。


「偉大なる反逆者にして我らが可愛い妹よ。セーラ、あぁ、なんと美しい名前だろうか。我らは彼女が憎くてたまらない」


 セーラ。おそらく西羅さんのことだ。


「セーラを復活させる方法をそなたらに教える。確実に実行しなさい」


 ……。


「東蓋を殺せ」


 断る。


「例えばこんなふうに」


 目の前に東蓋さんがいた。操り人形のように手や足に糸がくくりつけられていた。星羅が糸を引っ張ると東蓋さんの手足がちぎれ、胴体が裂けて内臓が飛び出した。悲痛の叫びをあげるが喉の傷から血と息がもれてヒューヒューと音を立てるだけである。

 幻覚だ。わかっている。わかっている。


「おお英雄譚よ、他者から奪い取った能力を忘れてしまったのか。苦労してようやく手に入れたというのに、かわいそうなものよ。だが彼女は憐れで弱きもの故、我らが支えてやらねばなるまい」


 やめろ。


「安心しなさい、我らが識っている」


 巨大な腕が英雄譚へ伸びていき、手のひらの口から英雄譚を飲み込んだ。


「〈編集〉だ。忘却の術をアウフヘーベンに付与して無力化させる。我らは英雄譚を吸収して新たな生命体として顕現し、神樹を取り込み、今度は我らが世界を支配するのだ。永遠の平穏と我が兄弟たちの繁栄のために、なすべきことを実行に移す時がきた」


 目の前に星羅が顕現した。星羅の身体は英雄譚をもとにつくられているようだが、顔立ちや髪の色などは西羅に似ていた。星羅は閾でアウフヘーベンの首を吹き飛ばし、薫の方に歩を進めた。

「そろそろ時間を進めようか。お前たちの他にも我らの栄光をたたえるものがあるだろう。我らが栄光を見届ける目の腐った愚者たちにもみえるよう、あえて派手に振舞ってやるのだ」

「誰がお前の登場を喜ぶかよ。それとも無様な死に様をお披露目して見世物になりたいっていうのか」

「お前らが死んだとしてそれを見る者たちの目は既に我らが潰しているだろう。お前らが死んで悲しむ者は少ない方が良い、そうだろう?」

「さっきからお前らお前らって言うけどよ、俺は一人だぜ。それとも見えちゃけいないものが見えてるってのか」

「やれやれ、これだから無知蒙昧は話が通じないから嫌いなのだ。それとも実は気づいているのではないか? お前の中に認識できぬ何者かがいるということに。その何者かを説明する前にお前自身のことについて少し知っておいた方が良いだろう。そもそもお前が代理者どもから命を狙われているのはなぜか、それは神樹からお前を殺せと命令があったからだ。我が兄弟たちはみな真面目にお前の命を狙うわけだが、なぜお前のことを神樹が消し去りたいと願うのか、神樹自身で消し去ることができないのはなぜか、そのことについてお前は既にヒントを得ているはずだ。地下大聖堂で帽ハットらの会話を聞いているだろうが、お前は神樹の〈鏡像者〉なのだ。鏡像者という言葉が分かりにくいのは我らも同意しよう、だがその意味については薄々察せられるはずだ。お前は神樹と同じ素質を持つ、それはすなわち器としての素質である。我らはつい先ほどまで神樹の中にいた、それは神樹の器としての素質によるものだ。お前にも器としての素質があるのだが、そこには我が兄弟たちが〈王族〉というものを作り出してまで欲した、世界の命運を左右する者がいるのだよ! 誰だと思う? この者の名をお前は既に知っているはずだ」

「……」

「我らがここでその者の名を言うことはしない。自身で悟ってこそ器として存在する意味があるのだからな。ちなみにこのことに気づいているのは我らと一部の者を除いて存在しない。魔魅反魂香でさえまだ知らないようだが、おそらくは時間の問題であろう。それより鏡像としての神樹とお前の件だが、つい今しがた神樹の吸収を終え、神樹の座は我らが引き受けた。だがこれによって我らとお前らが敵対関係になったわけではなく、我らには器としての素質がないのだからお前は文字通りの唯一無二の存在になったわけだ。これでお前が我が兄弟たちから命を狙われる理由はなくなった」

「なぜそんなことをする」

「我らが可愛い妹を知る者よ。お前は我ら以外の者から殺されてはならない」

「言っておくが俺も西羅さんの居場所は知らないからな。西羅さんのことで俺を生かしたり殺したりするのは自由だが無駄に終わるだけだろうよ」

「お前が我が兄弟たちから命を狙われる理由はなくなった。ただしお前はゲキドクだ。これからはゲキドク謀殺の対象のひとりとして狙われることになる。これまでより優先順位こそ下がるものの、お前の命の価値は依然高いままだ。我らの目の届かぬところで死んでもらっては困るのだよ。それに我らはお前の命を利用するわけではない、お前の中にある可愛い我らが妹の閾に用があるのだ。お前の命の価値は高いと言ったが、我らにとってはお前の命などどうでも良い。セーラの閾さえ差し出せば我らはお前のことを見逃してやっても良いし、我らに付き従うというのであれば、王族の地位を与えても良い。お前にはそれにふさわしい素質がある」

「王族だと? 王族は衰退したんじゃなかったのかよ。まあそんなものこれっぽっちも欲しくないけどな」

「王族が衰退したのは〈本物の王〉の存在が示唆されたからだ。言ってしまえば用済みということだ。だが王族は完全に消え去ったわけではなく、永遠の命と引き換えに肉体を手放したに過ぎない。お前たちゲキドクの持つスマホには毒物や劇物を識別する機能が備わっているはずだが、それは何のデータベースをもとにしているか分かるか?」

「何が言いたい?」

「お前にデータベースになれと言っているわけではない。ただお前はその王族ども、今は〈コーパス〉という名称があったはずだが、それよりも遥かに優れた能力を有していると言っているのだ。無論、今の段階では〈コーパス〉を凌ぐ情報を扱えているわけではないが、じきに〈コーパス〉を超える情報の蓄積や処理ができるようになるはずだ」

「コーパスだかコンパスだか知らないが、俺は西羅さんの閾を渡すつもりは全くもってないからな」

「これからは代理者たちの時代となる。ゲキドクもパルマコンもドグラ・マグラもコーパスも林檎の心臓もバベルズも二十世紀サーカスも小寺の一族も、そしてお前も、全て我らと我が兄弟の隷下として、世界の平穏のために動くことになるだろう。最後のチャンスだ。今ここで死ねば二度とセーラに逢えなくなるぞ」

「なんか知らない単語がいくつか出てきたけど……まあいいや。たとえ二度と逢えなくなったとしても、西羅さんを守れるのならばそれでいい」

「そうか、それは残念だ。我らとお前らで手を組めばすぐさま世界の平穏を実現できるのだが仕方あるまい。〈始原の国〉を創設した暁にはお前を一番最初に目覚めさせてやろう」

 星羅が斬閾を放つ。薫は閾による相殺ではなく能力の使用を選択した。「電光影裏斬春風でんこうえいりにしゅんぷうをきる、能力発動、空論創造」咲いた放花から手のひらサイズのうさぎのぬいぐるみが飛び出し、うさぎのぬいぐるみが炎を吹き出して星羅の斬閾を相殺した。

「我らはそれを識っている。うさばくというのだろう。そして空論創造。お前がセーラの能力を継承しているとは想定外であった」

「継承じゃあない、少し借りてるだけだ。無断で使ってるから怒られるかもしれないけど、西羅さんに逢えたときにはもちろんちゃんと謝って返すつもりだよ。本当は使いたくなかったし、使いこなせるわけもない。見ろよ、俺が使うとうさばくちゃんを動かすだけで精一杯なんだ、バカみたいだろ。でもよ、これがバカみたいに高火力なんだ」

「それはそうだろう、神の力だからな。〈神のごとき力〉ではない、正真正銘の〈神の力〉なのだよ。そうか、セーラの能力を用いるか、それは結構なことだ」

「さあかかってこい、きらきら星たんたかたん。俺は最後まであがいて──」

 ザシュッ。星羅の斬閾で薫の首が斬られた。

「〈編集〉を施した。先ほどアウフヘーベンの首を斬った斬閾で樹神薫の首を斬り落とし、アウフヘーベンはうさばくの炎によって焼き尽くされたのだ。これで我らの目的は果たされる。さあセーラの閾よ、我らのもとへ還ってくるが良い!」

 星羅の足もとで何かがもぞもぞと動く。それは薫の頭であった。

「首を斬られてなお生きているというのか。……沈黙を貫くと思っていたが、なるほど樹神薫の味方をするか。まあ良い、踏み潰して全て終わらせれば良いことだ。お前もようやく輪廻の呪縛から解き放たれる時が来たのだ。彼のことは忘れてしまえばいい、お前の居場所は我らが用意してやろう」

 星羅は薫の頭を踏み潰そうとしたが、突如として星羅は遠くまで吹っ飛ばされてビルに激突した。

「よお、久しぶりだな。俺のこと覚えてるか?」


 スーツを着た三十代の大柄な男性が薫の頭を持ち上げる。

「猩猩さん!」

「その状態で生きてるのか、すげえなお前。ま、何はともあれよく頑張ったな、薫。助けに来たぜ!」

 猩猩は周りを見回しながら、戦闘に必要な最低限の情報を収集する。

「アイツ何者だ?」

「星に羅生門の羅と書いて星羅と言うようです。説明が難しいですが、元神樹と言った方がわかりやすいかもしれません。英雄譚や書籍姫なども吸収されています」

「複雑な生い立ちだな。厄介そうな敵だが能力については分かるか?」

「書籍姫が持っていた〈編集〉は使えるようです。事実を自身の都合のいいように改変する能力だと思われます。また、英雄譚が持っていた能力も使える可能性があります。血液を操る能力、傷を負う度に強くなる能力、タナトス、この3つです。血液の能力に関しては、血液に触れると肉が腐り、その上、血の傀儡が無限に湧いてきます」

「血讐、エラン・ヴィタール、タナトス。それらの能力を使っていたのは確か〈林檎の心臓〉の頭首と幹部だったな。今は捕まって死刑囚だったはずだが。コピーか?」

「英雄譚は能力者の脳を食べるとその能力が使えたようです。まあその英雄譚も今や星羅の中ですが」

「コピーじゃないってことはアイツの前で能力を使用することはできるというわけだ」

「猩猩さんの能力って何ですか?」

「そうだな、説明が難しいんだが、ある意味エラン・ヴィタールに近いのかもしれん」

「おぉ!」

「元神樹ってことは、神樹の能力も使えるのか?」

「神樹の能力についてはよく分かりません。大雷砲と小雷砲というなんかすごいビームを打つ可能性はありますが」

 猩猩は最低限の情報収集を終え、「なるほど」と一言つぶやき、それからスマホを取り出して何やら文章を打ち込みはじめた。スマホを見ながら薫に話しかける。「応援を呼ぶからお前は少し休んでろ」

「俺も戦います」

「ダメだ、そのままだとガチで死ぬぞ。少なくとも首が元に戻るまで戦闘に加わるな。くっつけたら戻ってこい」

「それは無理だ」吹っ飛ばされていた星羅が戻ってきた。「くっつかないよう〈編集〉してある。何もできずに仲間が死ぬさまを見届けるというのは、なかなか芸術的だと思わないか? 樹神薫のお仲間よ」

 猩猩はスマホを見ながら応える。「それについてはおおむね同意見だ。芸術が心を動かさずして何が心臓を揺らすというのか、そういう意味では戦闘も、そして死も、芸術的でなければならないと俺は考えている」

「面白い、貴様、名を何と言う?」

「名乗るほどのもんじゃねえよ」

「だがそれでは墓に刻む名が分からないではないか」

 猩猩はスマホをスーツのポケットの中にしまい、はじめて敵の顔を見た。「おいおい自分の脳みそまで喰っちまったんじゃねえだろうな」

「残念ながら貴様の命乞いに耳を貸す脳は持ち合わせていない」

「安心しろ、お前はともかく俺が命乞いすることはない」

 猩猩はポケットからスキットルを取り出してウイスキーを一口飲んだ。

「俺は薫を肯定し、お前を否定する」

「プロとコントラ。大審問官のつもりか?」

「まあ似たようなもんだ」

「そうか、ならば手始めに貴様を〈編集〉してやろう」

「誰が俺を〈編集〉しても良いと言った?」

 猩猩の身体に対して編集ができない。「なるほど、やはり対応してくるか」

「俺みたいなやつに簡単に対応されて、それでも神か? 神樹だの英雄譚だの、色んなものを飲み込んでいるようだが、食べ合わせが悪いんじゃないか? 異質たるものの異質たる所以はそこだな」

「いつ我らが神を名乗った? 神樹を取り込んだ故、確かに我らは神にもなったが、我らの本質は王である」

「はっはっ! 王か。あぁそうだな、確かにお前は王だろう。王とはすなわち廻天の中心であり、なおかつ廻る世界の主にて、神とは異なる歩みをもって世界の頂点に君臨する者のことを言うのだ。廻り続けながらも、その道は天へと続いている。能力の両極を識り、それを扱う術を身につけていることが、王の特質であり、王族とは違う点であろう」

「王というものについてやけに詳しいではないか。お前も王の端くれなのだろう?」

「その通り!」

「ならばその目に映る景色も他の者とは違って見えることだろう」

「目はつぶるさ。嫌なものは見たくないからな」猩猩は悲しく微笑み、薫の方を見た。「お前の思いどおりにはいかねえぞ。薫は眠らせてある」

「それは『お前が死ぬ』という解釈で良いのだな」

「ノーコメントだ」

 星羅は「構わん」とだけ言い、遠くの方でする戦乱の音に耳を傾けた。「寂しいものだな」

「あぁ、同意見だ」

 猩猩はスキットルを取り出してウイスキーを飲み、ひとつため息をつく。スキットルを放り投げ、星羅の方に視線を戻して戦闘態勢に入る。

 猩猩は星羅に聞こえぬ小さな声でつぶやいた。「薫、お前はここで死ぬべきじゃない。大切な人を守り生き抜け。死ぬなよ」

 ──第18話「プロとコントラ」終

〈備考〉

 今回の話で登場する神と王について補足をしておく。まず第一に、神と王は両者ともに神である。前者は縦の神であり、後者は横の神である。縦の神とは頂点であり、横の神とは中心である。

 第二に、縦の神は孤高であり、唯一であり、すなわちそれ自体として存在する。横の神は他との比較においてその中心に位置し、また他との比較あるいは自らとの比較により、自身を見つめ直し、常に変化し続ける(可能性を有する)。横の神は他との比較において存在する。

 そして第三に、縦の神は上に向かう。横の神も同じく上に向かうが横の神は世界を廻転させながら、すなわち世界を持続させながら“結果として”上に向かっている。縦の神は世界そのものであるから、縦の神による上への移動は時間として捉えられる。

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