【第3部:代理戦争】第17話「明かされる真実」
「東蓋ちゃんに薫ちゃん、事務として優香ちゃん、新しく入ったヘベちゃん、この間面接をしたファーレンハイト。増えたねぇ」
──第17話「明かされる真実」
薫たちの前に現れた化物について薫たちの話を聞き、ファーレンハイトの眉がピクリと動いた。
「そいつは〈英雄譚〉だ。長いこと眠っていたんだがな、マズイことになった」
「英雄譚……」薫が不安な表情をうかべる。
「その化物は強いのですか? 戦ってみた感じ、そこまで厄介な敵には思えなかったというか、こちら側の問いかけには一切応じる様子がありませんでした」と空(薫の兄)が言う。
ファーレンハイトが答える。「今の英雄譚は受肉体でな、身体の主はオリーブの弟で受肉させたものの長いこと目覚めることがなかったんだ。それを強引に目覚めさせたとすれば、今は夢遊状態か、身体の主の最後の良心で英雄譚を抑えつけているのだろう。今回は薫をピンポイントで狙ったというよりは、英雄譚の試用として街を破壊させていたのかもしれない」
「英雄譚、どこかで聞いたことあります」アウフヘーベンが天井のシミを見つめながら少しの間唸っていたがどうにも思い出せないようで、「ギブです、答え!」と叫んだ。
「アレは遠い前の英雄だ。人々から慕われていたが、ある時突然裏切って鏖殺と破壊を繰り返し、人々から恐れられるようになった、ということらしい」ファーレンハイトが「これが俺の知っている英雄譚だ」とアウフヘーベンに言うが、アウフヘーベンはどうもピンと来ない様子であった。
「話を聞く限りでも相当強そうだね。英雄譚の能力って何?」と薫が聞き、ファーレンハイトが「全くわからん」と答えた。
「敵側も戦力を増強しているってわけだ」
空が唸る。「今回はたまたま遊びに来たら化物が暴れ回っていたから対処できたが、薫が心配だ」
千里が空に話す。「かといってずっとここに住むわけにもいかんし」
「二人とも俺は大丈夫だって」と薫が二人に心配をかけないよう元気に言う。
「でもなあ」とやはり心配そうな空。
その様子を見ていたアウフヘーベンが意を決して空と千里に言う。「薫さんのことは私たちにお任せいただけませんか?」
空が驚いた顔でアウフヘーベンを見る。「そうは言っても、あなたがどんな人かも分からないし」
するとアウフヘーベンは突然立ち上がり、敬礼をした。「申し遅れました。わたくし、アウフヘーベンと申します」と言い、鋭い眼光で「神です!」と付け加えた。
空が目を大きくしてアウフヘーベンを見る。「神!?」
「神です!」とさらに元気よく言う。
「ばあちゃん、神だって!」空は千里の方を見る。
「そうか、神か!」と千里は驚いた様子でアウフヘーベンを見た。
空は頷いた。「うん、神なら大丈夫だね!」と言い、手を伸ばす。「薫の護衛をよろしく!」
アウフヘーベンが空の手を取り、握手をする。「おまかせください!」
ファーレンハイトは一連の流れを冷めた目で眺めていた。「こいつら詐欺に引っかかるタイプだな」とぼそっとつぶやいた。
「ということで」とアウフヘーベンがファーレンハイトと薫を交互に見る。「ファーレンハイトもゲキドクになります!」
薫は話の流れが掴めずぽかんとした。「えっ、どういうこと?」
「話が急に飛んだな」と言い、ファーレンハイトは頭を抱えた。「まあお前を守るのもそうだし、お前だってもっと強くなりたいだろ。だから俺もゲキドクとして共に活動をして、その中で色々なことを教えてやる」
薫の目がキラキラと輝く。「がぶちゃん! がぶちゃんがそんなこと言ってくれるなんて嬉しいよ! ありがとう!」
「あぁキモい、近づくなよ気色悪い」
空と千里は一泊した後、また来るよと言って帰っていった。
ファーレンハイトがアウフヘーベンに耳打ちをする。「お前上手くやったな!」
「えっ何が?」
「薫を守るという契約を空ならびに千里と結ぶことによって、俺たちと契約を結ばずに俺たちの前でも神の権能を用いることができるようになったわけだ」
「なるほど!」
「えっ」
「あなた頭良いのね。ほんのちょっとだけ見直しました」
ファーレンハイトがため息をつく。「お前バカなんだな、幻滅したぞ」
「でもこれで、神の力を使って薫さんをお守りできるのね」
「あぁ、お前にも頑張ってもらわないといかんからな。期待してるぞ」
「けっ、虫唾が走る」
「お前時々すごい毒舌吐くよな」
アウフヘーベンは「私の舌は猛毒ですから」と言い、「あっかんべー」と舌を出した。
「舌引っこ抜くぞ」
「あっそうだ、毒と言えば」とアウフヘーベンはつぶやき、何かを考え出した。
「ファーレンさんにひとつ聞きたいことがあるんです。代理者の中に〈薬の代理〉というものはおりますか?」
「薬? いや、いないな。毒の代理ははるか昔にいたらしいけどよ」
「では〈パルマコン〉は?」
「パルマコン……、なんだそれ」
「毒と薬の両義性です。ほら、頑張って思い出してください」
ファーレンハイトは頭を捻るがピンと来ない様子であった。
アウフヘーベンはひとりつぶやく。「パルマコンが死んだ? でも地獄にそのような者の姿はありませんでした。もしや存在が消されているのでしょうか?」
数日後、小岩井ゲキドク事務所。
ファーレンハイトの入社が決まり、自己紹介。
「ファーレンハイトと言います。よろしく」
「せいぜい頑張りたまえ」とアウフヘーベン。
納得いかない表情の東蓋。それと対照的に笑顔がまぶしい優香。「事務の小寺優香です! よろしくお願いいたします!」
自己紹介が終わり、パトロールや任務の時間になるまで各々少しの間くつろぐ。東蓋はソファーに座り、アウフヘーベンは東蓋の膝を枕にしてソファーに寝転がる。優香はアウフヘーベンを羨ましそうに眺めながら、事務仕事をするため自分の席に座る。薫は東蓋の対面にある椅子に座り、ファーレンハイトは薫の隣の席についた。
東蓋はファーレンハイトをまだ認めていない様子でファーレンハイトを睨みつける。
アウフヘーベンは人差し指で東蓋の頬をつつき、「そんなこわい顔しないでくださいまし。かわいい顔が台無しですわよ」と言う。
東蓋は膝枕しているアウフヘーベンの頭を撫でた。「だってね、ヘベちゃん。あの人代理者なのよ」
アウフヘーベンは東蓋が撫でるのをやめると、悲しそうな顔をして東蓋の手を掴み自身の頭にのせ、もっと撫でるよう促した。「敵ですわね。こわいですわね」とアウフヘーベンが甘えるような声で言う。アウフヘーベンは撫でられて幸せそうな顔をしていた。
東蓋はアウフヘーベンの頭を撫でながら「こわいよねぇ」と言い、ファーレンハイトを注意深く眺めた。
「がぶちゃんは悪いやつじゃないんだ。その、顔はこわいし、ときどき耳にかぶりつく生意気な小鳥になるけど」と薫が精一杯のフォローをする。
ファーレンハイトが口を開く。「俺は代理者だし、お前らに危害を加えたのも事実だ。不信感を抱かれるのも仕方ない」
東蓋が眉間に皺を寄せ、俯きながら話し始める。「薫さんのところにいたのはもちろん知っていますし、その間薫さんに危害を加えている様子もなさそうですので、第一課の時と違うというのは分かるんです。ですがやはり何か裏があるのではないかと疑ってしまいます」
「そうだな」とファーレンハイトは言い、二人の間に少しのあいだ沈黙が流れる。
沈黙を破ったのはアウフヘーベンであった。アウフヘーベンが東蓋に言う。「ファーレンさんは私にクレープを奢ってくれました。とても美味しかったです。とっちーさんもファーレンさんにクレープを買ってもらったらいかがですか?」
「えっ、クレープ?」と東蓋が聞き返す。
話を聞いていた優香が手を挙げ立ちあがる。「私も食べたい!」
薫も手を挙げる。「バナナいちごチョコクリームスペシャルデラックスエクセレントスーパークレープが食べたい!」
アウフヘーベンが微笑みながら東蓋に語りかける。「今の段階でファーレンさんを信用することはできないでしょう。それで良いのです。ファーレンさんはかつて敵だったのですから、疑うのは当然のことです。その疑いをときほぐすのはファーレンさんの仕事ですから、とっちーさんは自分の尺度で彼のことを見て、少しずつ、少しずつ許していけば良いのです。疑うのって辛いでしょう? ですからその辛さが一日でも早く癒えるよう、私も微力ながらお手伝いいたします」
東蓋は「ありがとう、ヘベちゃん」と言い、アウフヘーベンの頬に触れもう一度「ありがとう」と言った。アウフヘーベンは微笑んでいた──だが薫には、アウフヘーベンが悲しんでいるように見えた。
社長に許可をとり、一同は午後三時にショッピングモール内のクレープ屋に集合することになった。
薫がアウフヘーベンに話しかける。「さっきはありがとう。東蓋とファーレンハイトの間に入ってくれて」
「なんのこれしき」
「俺なんて全然うまいこと言えなかった」と薫が笑う。
「薫さんは優しすぎるんです」
「そうかな」と言った薫は話を変えるために「そういえば」とつぶやいた。
「さっき、なんで悲しそうな顔をしていたの?」
アウフヘーベンはキョトンとしていた。「えっ、私が? 悲しそうな顔を?」
「東蓋さんがありがとうって言ったあと。気のせいならいいんだけど」
「あぁ、なるほど」とアウフヘーベンは納得した様子である。「よく見てますわね」
「何があったの?」
「それは、クレープを食べてからお話しましょう。ちょっと調べたいことがあるので」
「そっか、わかった」
ガサーと大きな音がし、「薫ちゃーん、助けてー」と社長の声がした。社長が書庫の書類をひっくり返したのである。
「社長助けてくる」と薫が書庫に向かう。
「行ってらっしゃい」とアウフヘーベンが言うが、その声は薫には届かなかった。
午後三時、ショッピングモール内のクレープ屋の前。
「ヘベちゃん遅いですね」と東蓋が心配そうに周りを見回す。
ファーレンハイトは財布の中身を確認しながら、眉間に皺を寄せて言う。「アイツ適当だからな。忘れているのかもしれん。薫、一応連絡してやってくれ」
「うん、わかった」薫は電話をかける。
「そういやアイツ、スマホの使い方わかるのか」
「渡した時に使い方も教えたから、たぶん?」
その話を聞いて優香が驚く。「へぇ意外。ヘベちゃん、今どきの女の子って感じなのに」
ファーレンハイトは優香を見る。「そういや、お前が優香っていうのか」
優香が慌てて「はい! よろしくお願いします!」とお辞儀をした。
「あぁよろしく。ちょっとおでこ貸せ」とファーレンハイトは、優香のおでこに手を当てた。優香は突然の出来事にびっくりして「ひゃい!」と鳴いた。
「ちょっと何やってるんですか!」と東蓋がものすごい剣幕でファーレンハイトを引き剥がそうとする。「離れなさい化物!」
「あぁ大丈夫そうだ」とファーレンハイトは優香に言い、おでこから手を離した。
優香は何がなんだか分からず、おでこを両手でおさえて「ひゃい?」と鳴いた。
「ちょっとどういうつもりですか! 優香ちゃんのおでこに興味があるんですか!」と東蓋がファーレンハイトを睨みつけ、「私も興味があるので優香ちゃんのおでこ触ってもいいですか!?」と強い口調でファーレンハイトに聞いた。
「……閾巫女が悪さしてないか識閾で見てただけなんだが。そいつが良いって言ったんだし別にいいんじゃないか? それより薫、アウフヘーベンと連絡はとれたか?」
薫は険しい顔をしてスマホをポケットにしまった。「うん迷子だって。ちょっとへべちゃん迎えに行ってくるから、先食べてていいよ!」と言うと、薫はエレベーターの方へ走っていった。
「迷子か、アイツ一回ここへ来たんだがな」
ファーレンハイトは薫の嘘を見抜いていたが追いかけることはせず、東蓋と優香と自分の分のクレープを買うことにした。
アウフヘーベンはショッピングモールの一階入口の前にいた。
「とっちーさんに関して、ちょっと話があるのです。こういう場合、良い話と悪い話を持ってくるべきなのでしょうが、残念ながら悪い話しかありません」アウフヘーベンが俯く。
「わかった、聞かせて」
「単刀直入に言うと、このままだととっちーさんはいい死に方をしません」
「!」薫はひどく動揺したが、平静を装い何も言わずにアウフヘーベンの言葉を待った。
「とっちーさんの中、正確に言うととっちーさんの墨域の中には〈パルマコン〉という古い神が封印されています。なぜとっちーさんがパルマコンを封印しているのか、もしくは封印させられているのかは分かりません。きっと本人はパルマコンを封印していること自体知らないと思いますが。現状、とっちーさんの能力と、彼女自身の閾によって無意識的にパルマコンを封印している状態です。とっちーさんの閾が弱いのはおそらくこれが理由です」
「パルマコンっていう神はどんな能力を使うの?」
「パルマコンという言葉には毒と薬、両方の意味があります。パルマコン自身が能力を使って何かをすることはないですが、その存在自体がこの世界にとって重要なものとなります。パルマコンはいわば世界の均衡を保つための装置、あるいは場のようなもので、パルマコンが存在することにより両義性が成立するのですが、それが無いということは両義性が破綻する、つまり二者択一が蔓延するということになります」
「なんかファーレンハイトがそんなようなことを言ってた気がする。ええっと、似たヤツのどっちかが消滅する、だっけ。なるほど話が繋がってきた。それで、東蓋さんがいい死に方をしないってのはなんで?」
「とっちーさんの死についてはあと少しお待ちを。パルマコンの封印は、おそらくですが代理者の関与はありません。というのも、魔魅反魂香が〈オリジナル〉ではなく〈代理者〉しか作れないのは、おそらくですがパルマコンが封印されていて両義性が成立しないからです。簡単に言えば、オリジナルを作ろうとしても、既にあるオリジナルとの二者択一が強制的に発生し、そのどちらかが消されてしまう。ほとんどの場合、後から作られたものの方が消される可能性が高いでしょうね。ですので高い確率で消える運命のオリジナルを作るくらいならば二者択一の発生しない型落ちでいいやとこういうわけです。そうなると相当昔からパルマコンは封印されていることになりますので、もしかしたらとっちーさんはあの見た目でかなり長生きなのかもしれませんし、もしくはパルマコンを封じたまま能力を代々継承しているのかもしれません。パルマコン付きで能力がリポップするという可能性もあります。いずれにせよ、現在はとっちーさんがパルマコンを所有していることになりますので、代理者側としては彼女を殺してパルマコンを引きずり出し、両義性の成立すなわち〈代理者〉ではなく〈始原者〉の創造を成し遂げたいと思うはずです。もちろんそれは代理者側の戦力増強になりますので、私たちはなんとしてでもそれを阻止しなければなりません」
「いい死に方をしないっていうのは代理者に殺されるってこと?」
「いいえ、違います。代理者側がとっちーさんを狙ってきたとしても、彼女を殺すことは実質的に不可能です。なぜなら私たちが彼女を守るから、ですよね」
薫は黙ったまま強く頷いた。
「それより問題なのは誰が彼女にパルマコンを封印させたのか。私たちの知らない第三勢力があるのか、この世界をよく思わない上位者の思惑か、それともパルマコン自身の望みなのか。少なくともとっちーさん自身がパルマコンを封印したわけがない、もし仮にとっちーさんが自らの意思でパルマコンを封印したならば、そのことを忘却させた者がいる。様々なことを考えているうちに、私はこの世界に関する恐ろしい仮説を思いつきました。そしてその仮説は残念ながら当たっているようです」
「仮説って?」
「仮説については私たちが今からの戦いを生き抜いたらゆっくり話しましょう。ですがそうですね、ひとつ話しておきます。その仮説の前提として書籍姫の能力が〈編集〉であることを知っておく必要があります」
「えっ、ちょっと待って。戦いって何?」
「あぁ恐ろしい。そうですね、仮説について話すのを先延ばしにすると、それが死亡フラグになってしまいそうなので、やっぱり簡単に話してしまいましょうか。パルマコンをとっちーさんの墨域に封印したのは書籍姫である。そう仮定した場合に浮かび上がるひとつの仮説、それは〈この世界の歴史は浅い〉、これが私の仮説です。歴史は浅い、何故か、それは書籍姫、あなたがこの世界を〈編集〉したからでしょう!」
地響きと大きな揺れ。アスファルトがバキバキと割れて、ショッピングモールのガラスが粉々になって頭上に降りかかる。揺れは収まるどころか徐々に激しさを増していき、そして、地下から見覚えのあるあの巨大な白い腕が数本伸びてきて、ある腕はビルを抱えこむようにして掴み、別の腕は指をめり込ませて地面をがっしりと掴んで、地下から這い上がってくるようであった。
「みんなを逃がさないと!」薫はショッピングモールを見たが、人影がない。外から見ただけでもあまりに静かでまるで人の気配がしなかった。
「大丈夫です、みんな一時的に消しておきました。それより少し離れます、薫さんは書籍姫の攻撃に注意してください」
「おっけー!」
二人は場所を移す。書籍姫は顔を出し、しばらく何かを探すように身体と首を動かしていたが、少し離れたところに二人を見つけ、冷笑した。上半身を地面から出し、八本の腕でビルや地面を掴み身体を固定、白蛇のような下半身は地面の中に潜り込んでいる。
「自立は不可能、下半身は神樹に接続されたまま、あの白い皮膚は腐りかけでしょうか。あぁ愚かしい。もちろん厄介な怪物には違いありませんが」アウフヘーベンが冷静に分析をすすめていく。「主な攻撃手段は、なんかすごいビームでしょうね」
「なんかすごいビーム」薫は思わず復唱する。
「とりあえず大雷砲と小雷砲という風に呼んでおきましょう。……! 大雷砲、来ます!」
書籍姫の身体が白く発光する。口を大きく開けるともうひとつ別の口が出てきて──それはまるであの『エイリアン』のように──、一瞬小さな光の玉が見え、それが消えたかと思うと二人めがけて「大雷砲」が放たれた。アウフヘーベンは薫を庇うため神の権能を行使しようとするが、神の権能が使用できない。
(先ほどは使えたのに、なぜ神の力が使えないのです? 薫さんのご家族と「薫さんを守る」という契約を交わしたのにも関わらず、なぜ? もしや彼らは……。いいえ、今はこのビームを何とかしなくては!)
神の権能が使えなければ、大雷砲を相殺する術はない。だが閾を使用すれば何とか軌道をそらすことはできるため、アウフヘーベンは超硬度の斬閾を放つことにした。しかしその必要はなかった。なぜなら薫がアウフヘーベンの前に立ったからである。
「大雷砲を吸収する!」
「無茶です薫さん、死んでしまいます!」
薫はアウフヘーベンに向かって、イタズラをするときの少年のように無邪気に笑った。「大丈夫!」そして、怪物に向かって「大雷砲には大吸花だ、驚きやがれクソ野郎!」と叫ぶ。
書籍姫の方を向いて薫とアウフヘーベンの前に咲いた半透明な大吸花。大吸花の顕現直後、大吸花と大雷砲がぶつかって大雷砲が吸収され、前に突き出した義手の右腕がバチバチと音を立てながら大雷砲の「情報」を吸収する。
アウフヘーベンは忠告を無視して自身を庇う薫に対して憤りを感じた。「私は神です。あなたに庇われる必要はありませんし、あなたを守ることだってできます。私は死にませんが、あなたは死ぬのですよ! この命知らずが、なぜ私を庇う。こんな私をなぜ助ける?!」
薫は叫んだ。「神だろうが知ったこっちゃない、へべちゃんが傷つくのを黙って見てろってか。そんなの無理だ! もちろん怖いよ、涙と鼻水が溢れ出して止まらないんだ! あぁ自分が嫌になるさ、でも、どんなにダサくても全員助けるってのがゲキドクの仕事だ。だから当然へべちゃんも助ける。俺は、ゲキドクだ!」
書籍姫の大雷砲が一旦止まった。次の大雷砲まで少し時間がかかると思われる。薫はなんとか大雷砲を吸収し尽くし、息を切らしながらもアウフヘーベンに向かって「ほら大丈夫だったでしょ」と笑った。
アウフヘーベンが驚いた表情を見せ、それから笑った。「あはは、薫さん。あなた無理しすぎて死にますよ。えぇそうですね、私も見習いですが一応ゲキドクなのです。ですから私もゲキドクとしてあなたを守ることにしましょう」
二人のゲキドクの共闘である。
「私は書籍姫の身体から生えてくる〈小さい頭たち〉を潰すことにします。小さい頭たちから放たれる小雷砲とて人間の手足をもぎ取るくらいの威力があるでしょうから脅威であることに変わりはありません」アウフヘーベンは「そして──」と何かを言いかけ、周りを見、確信したように話を続けた。「少し話は変わりますが、ファーレンハイトが英雄譚について話したことを覚えていますか? あの話を聞いて少し思い出したことがあります。あれは英雄でもなければ民衆の味方でもありません。悪の側の強い奴らを倒しまくって、自分よりも強い奴がいないことに気づいたそいつは次に正義の側の強い奴らを貪りつくそうとしている。すなわち強い者と戦いたいだけの戦闘狂です。そしてそういうヤツらはめんどくさいことに鼻がいい。あと数秒でここに駆けつけてきます」
「えっ、英雄譚が来るの?!」
「そうです。そっちの相手も私が引き受けますので薫さんは大雷砲に集中してください。ちなみにひとつ豆知識、あれの性別は確か──おっと、手がもげた」アウフヘーベンの右腕がちぎれて骨がむき出しになり、血が勢いよく飛び出す。だが、手がもげたことに関してはあまり気にしていない様子で、予感した通りに現れた強敵を興味深そうに眺めていた。
「その姿になったということは、身体を完全に乗っ取ったということ、そうですね英雄譚さん」
英雄譚はしなやかな身のこなしで書籍姫の身体の上に立ち、長く艶やかな蒼色の髪を束ねてゴムで縛る。紺青の瞳は海神を宿し、翠色のネイルは太陽に愛されて輝きを放ち、端正な横顔は慈悲と救済の面影を残す。
薫が思わず叫ぶ。「あの人、ある!」
既に腕を完治させたアウフヘーベンがニヤリと笑う。「そう、あるんですよ。私よりも小さいですが!」
「いや、男物の服でもわかるくらいのサイズだからへべちゃんよりあるね」と薫がろくでもないことを言って危うく首が飛びかけた。
英雄譚が口を開いた。「あるというのは上と下どちらの話だろうか?」
薫の身体に電流が走る。「もしかして下もあるの?」
「まだかろうじて」
「革命だ!」薫が歓喜の声をあげた。
──第17話「明かされる真実」終




