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ゲキドク!  作者: 解剖タルト
第1章〈私はそれを識っている〉
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【第2部:過去と今と未来の私】第12話「手」

 私は産声をあげなかった。生まれてすぐに迷惑をかけた。いやな人間だ。だがそんな私にも母は優しく微笑んだ。一人の姉は私の頬を指でぷにぷにとつついた。もう一人の姉はまだ幼く、父に抱かれて遠くで私たちを見守っていた。心がポカポカした。しばらくあとで太陽というものを知り、私の心の中にも太陽があるのだと思った。

 ──第12話「手」

 幼稚園に通っていた頃。公園にいた猫を撫でた。次の日、母の手を握りながら幼稚園に行く道の途中、とある交差点でその猫が死んでいた。わっと泣き出してしまったが、猫が死んで悲しいから泣いたのか、死というものが唐突に目の前に現れて怖くなって泣いたのか分からなかった。その次の日に見たときには、猫の死骸は既に片づけられていた。命の生々しさが消えてほっとした。

 私の母は私が小学生の時に死んだ。その後すぐに私も死んだ。死んだのだが、意識はあった。肉体は燃やされた。だがその時には既に、私の精神は別の場所にいた。自分が死んだことがなんだか他人事のように思われた。

 私の前に知らない男の人がいた。その人は煙草を吸っていた。

「お前には類まれなる能力がある」と言い、「能力を上手く扱えるようになるまで好きなことをするといい」と低く落ち着いた声で私に言った。

 私は子ども部屋に連れられた。勉強机の上にゲーム機が置かれていたのでとりあえずゲームをしたが、しばらくしたら飽きてしまった。

 自由なことをしても良いと言われると逆に困ってしまう。部屋に閉じこもっているのは嫌いではないがやることが無い。かと言って外で遊ぶのは好きではない。話し相手もいないし、外の景色も代わり映えしない。お腹もすかないし、眠気も来ない。トイレやお風呂、歯磨きも必要ない。何もやることがない。ぼーっと天井を見ているとふと思い出した。姉たちは本が好きだった。私も何か読んでみよう。手に取ったのは『100万回生きたねこ』だった。

 私は死んだ、けど生きている。このねこも死んだのに生き返っている、100万回も生きている。でも最後には死んで生き返ることがなかった。生き返らないことはこわいことだと思った。だがそれ以上に、このねこは幸せなのだと思った。だって生き返ってしまったら好きな人のところへ行けないでしょう?

 それから私は色んな本を読んだ。本棚にある本はある程度私の好みを考慮して置かれているらしく、絵本だけでなく少女漫画や生物図鑑、短編小説などがあった。私はその全てを読んだ。時々お世話係の人がやってくるので、本の追加を頼んだ。

 三回目の本の追加をお願いした時、お世話係のお姉さんが「図書館に行くといい」と勧めてくれた。

 お姉さんの後ろをついて図書館に行った。図書館には私が知らない世界があった。もちろん生きていた時に図書館に行ったことはあったけれど、まるで規模が違った。哲学や科学の本など、難しい本もたくさんあった。外国の言語で書かれた本もあった。私は図書館にこもり、本を読み続けた。自分の時間全てを読書に費やした。私が17の時、全ての本を読み終えた。

 数年ぶりに図書館から出てきた時、そこにはあの男の人がいた。煙草を吸っていた。

「全て読んだのか」

「えぇ」

「自分の能力について分かったか」

「はい、あくまで推測ですが」

「そうか」

 彼は煙草を吸い終えた。

「私は人柱にはなりませんよ」

 男は驚いた顔をして私を見、ため息をついた。「そこまで分かっていたか」

「えぇ。……もしくはもう誰かを生贄にしているのでしょうか?」

「察しがいいな」

「誰ですか?」

 男は何も言わず、煙草の煙を吐くようにしてひとつため息をついた。

「自分の目で確かめるといい」

 彼は重々しく身体を動かして、私を置いてその場を離れた。

 

 夏目漱石が「月が綺麗ですね」と言った──それが本当なのかは知らないけれど。それの返答はいろいろとあるが、「死んでもいいわ」というのはとても良い。好きな人に好きと言われたら、私だって死にたい。ここで死ねば幸せなのよと言って、死ねたら、とても幸せ者だ。

 ところであなた、月の裏側って見たことあるかしら。ない? それなら、自分の目で確かめるまで死ねないよね。心の中に太陽があれば、月の裏側はいつか必ず見ることができる。ですから、その時まで待ちましょう。えぇ、ろくなもんじゃあないと思いますよ。でも、ろくなもんじゃなかったら、私たちの思うように変えてしまえばいい。それが今を生きる者たちにとっての最高の楽しみなのだと思う。


「姉上」

「あっ、長庚! いろいろとありがとね!」

「当然のことをしたまでです。それよりバベルズの件ですが……」

「斬ってもダメかな?」

「生贄が必要となるのは変わらないようです」

「やっぱりダメかー」西羅は考え込む。

 薫はふたりの顔を覗き込む。「いろいろ分からないことだらけなんだけど、一個聞いていい?」

「ダメ!」

「えぇ……」

「私が答えましょう」と長庚が言う。

「西羅さんと長庚さんって何か似てるよね。髪は銀と黒で違うけど、身長はほぼ同じだし、もしかして姉妹?」

「そうです、姉妹です」

 薫は西羅に向かって「妹いたんだね、知らなかった」と言った。

「うん、死んだけどね」

「えっ?」

 薫は馬鹿そうな顔をした。「ちょっとこの件は保留にしよう。次の質問! さっきの話を推測すると、もしかして、小寺直人さんが生贄としてバベルズにいるってこと?」

「そうです。今の世界の構造上、生贄がどうしても必要となります。その役割を小寺直人が担っている、正確には、強引に生贄にされているわけですが、正直彼には荷が重すぎると思われます」

「生贄が必要……」

 西羅が言う。「もともとバベルズの椅子には姉ちゃんが座るはずだったんだよ。でもしくじった」

 長庚が続けて言う。「書籍の姉上がしくじったのはファーレンハイトのせいです。ほらコイツ」

 長庚は火の玉のひよこを掴んだ。

「コイツめ、ウチが腹を割いてやったのにまだ生きてたか!」

「あぁ握りつぶさないで! 許してあげて!」と薫は慌てふためく。

「デコポンの従属になったの? なら許す! うがっ、コイツピーピーやかましいぞ! 文句あるなら飼い主に言いな!」

 ひよこは「うるせー白髪クソガキ」などとやかましく鳴いていたが、薫以外その言葉を聞き取れるものはいなかった。

 西羅は話を続ける。「そもそも化物たちにここがバレちゃったのがまずかったんだよね」

「そうです。書籍の姉上は自らを象徴化させることで神樹と対抗しようとしたのですが、化物側にまんまと利用されてしまいました。今はむしろ、神樹の復活に一役買ってしまっている状態です」

「なるほど、全知!」薫はおおむね理解した。「ところで一個聞きたいんだけど」

「なんじゃい」と西羅が言う。

「神樹はどこいったの?」

「ウチが隠した」

「!」

「そのせいでウチ死んだけど、はっはっ!」

「ねぇ笑い事じゃないんだけど……」

「だってデコポンが思い出してくれるなんて思わなかったんだもん、しょうがないじゃん! ありがとね!」

「ふっふっ、ひとつ貸しができた」

「まぁそんなことはどうでも良くて」

「えぇ……」

「ここに来るために死ぬ必要があったからついでに神樹を隠したんだけど……デコポンは知ってる場所だと思う」

「あっちょっと待って、ここに来るために死ぬ必要があったって言ったよね。もしかして、俺も死んだ?」

 長庚が答える。「はい」

「えぇ……」

 長庚が続ける。「冗談ですよ、薫さん。あなた方は無事に戻れます。姉上も戻ってください」

「えっ、そうは言っても、小寺のおっさんを引っ張り出さないと……」西羅は困惑した表情をうかべる。

「バベルズの椅子に姉上が座ってめでたしめでたし、じゃあないんです。姉上が生贄になる必要はないのです」

「うげっ、バレてら」

 長庚は身体をバベルズの方に向ける。バベルズは自己修復能力により、斬られた部分が接続、癒合され、元の形に戻りつつあった。「バベルズの椅子には私が座ります。薫さん、姉上をよろしくお願いします」

「待て長庚!」

 長庚は空を見上げた。

「もう良いのですよ姉上。姉上がどれだけ世界のために生きたとしてもそれを知る者は私と、それから彼しかいない。もうおしまいにしましょう。こんな世界の何が良いのですか? 私たちを腐らせることしかできない、クソッタレの世界に姉上は何を見るのです? こんな世界なら一度滅んでしまえばよいと、そう思いませんか? 私なら一度全てひっくり返して脊髄に浮かぶウジの方舟を掴み取り、海神の口にでも放り込んでゲロ吐かせてやります。さぁそろそろ時間です。素敵な晩年を。さようなら」

 長庚は〈エンドロール〉を発動させ、薫と西羅を強制送還した。

「……さて墨の姫らも送り返しましょうか。どこに行きましたかね……。……!」

 何かの気配を察知し長庚が振り返ると、そこには先ほどロマン・ノワールによって斬られた薫の左手があった。

 左手の中指がトントンと地面を叩く。

「なぜ、動くのです?」

 長庚は恐る恐る近づき左手に触れようとしたが、突如として左手が機械音を発したため思わず手をひっこめた。

「機械音……、誰かが閾を使って交信を試みているということになりますが、果たして……」

 長庚は左手に顔を近づけて、ノイズ混じりの音の中からかすかに聞こえる声に気づいた。

「…………モドッテクル……」

「戻ってくる……誰が戻ってくるのでしょうか……、ダメですね、ノイズがひどすぎて聞き取れません」

「戻ってくるのはたった今私を殺したあの白いクソガキだろう」

「……ロマン・ノワール、生きていたのですか」

 ロマン・ノワールはあぐらをかいてひとつ欠伸をした。

「私は詐欺師だ。自分の死を偽装するくらい朝飯前だよ。それにしてもしくじった。まさかお前にゲキドクをやってる姉がいたとはな。調べが甘かった。まあおそらく能力を使いすぎて存在を消されていたのだろう、だからこれは私のミスではない。私は何も間違えてはいない。そしてだ、状況を察するにファーレンハイトを殺りかけたのもアレだな。恐ろしい女だ。アレの名は何と言うのだ」

「西羅と申します。可愛い姉上でしょう」

 ロマン・ノワールは「よく覚えておくよ」と言い、胸ポケットから煙草の小箱とライターを取り出し、一本つまみとって口にくわえ火をつけた。

「それにしても、お前も私も、騙したつもりがいろいろと騙されているようだぞ」

「……煙草のにおいがする男を信用したことはございません」

「私のことか? それとも魔魅反魂香のことか?」

「さてどちらでしょう」と長庚は言い、その場に腰を下ろした。

「まず小寺直人の件だが、あれは既に死んでいる」

「生贄としての機能は?」

「一応は果たしているようだ。少なくともあと数年は直人の残穢だけで持ちこたえるだろうし、上手くやれば十年以上誰も生贄の座に座らずにバベルズを運用できる」

「はぁそうですか……ではなぜ已己巳己は小寺優香を乗っ取ろうとしたのです?」

「今どきアレをその名で呼ぶのはお前くらいのものだ。そうだな、これはあくまで私の推測なのだが、閾巫女は裏切り者だ。魔魅反魂香が優香を閾巫女ごと抹消するように私に命じたのはそのためだろう」

「なるほど、裏切りとは穏やかではないですね」

「お前が言うな」

「てへ」

「何があったか知らんが、アレなりのやり方で誰かを救おうとしたのだろう」

「誰かってもしや小寺優香を、ですか? あまりにも悪趣味なやり方で反吐が出ます」

「お前が言うな」

「てへてへ」

「せめて『てへ』は一回にしろ」

「はい」

「……そこは『てへ』か『てへてへ』と言っておけ馬鹿野郎」

 ──仕切り直し。

「てへ」

「オッケーだ。それでだな、私たちはもうひとつ考えなきゃならんことがある」

「なんでしょう」

「あのクソガキは何しにここへ来た」

「もう忘れてしまったのですか? 姉上には西羅と言う可憐な名があるのですよ」

「あぁそうだったな。だがクソガキの方がお似合いだから訂正せずに話を進めるぞ。クソガキが死んでまでここに来た理由をお前は聞いたか?」

「小寺直人に代わって生贄になるため」

「既に世界から存在を忘れられたクソガキが、この地獄の門の前で何ができるのだ。アイツはオレンジのガキが思い出さなかったらこの場所で概念として永遠に存在し続けることになるのだぞ。認知されぬ廻天機関、言わば〈無意識の王女〉、そんなヤツが生贄になれると思うか?」

「頑張ればできるんじゃないですか?」

「それに直人は既に死に、残穢。誰も座らずとも十年以上はバベルズを運用可能だ。これも魔魅反魂香の計画のうちだとして、それをクソガキが知らなかった場合はただただ無駄に死んだだけ。だがよ、アレって無駄に死ぬようなヤツなのか?」

「姉上は無駄死にするようなタイプでは無いと思われます。ですが、姉上は小寺直人が死んでいることを知っているようには見えませんでした」

「ここに来る手段はいくつかある。もちろん死ぬこともその手段のひとつだが、オレンジのガキや私たちのように空間を繋げて移動する手段もある。つまり小寺直人の代わりに生贄になるためにあえて死ぬ必要は無いんだ。なあお前ら、一体何をしようとしているんだ?」

「私は何も知りません。全ては姉上の手のひらの上です」

「イヤなもんだな」

「そして全てがひっくり返る」

「手のひら返しってわけか」

「てへ」

 ──第12話「手」終

 西羅=認知されぬ廻天機関──〈無意識の王女〉。覚えておくと良い。

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