表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゲキドク!  作者: 解剖タルト
第1章〈私はそれを識っている〉
1/34

【第1部:世界がひっくり返ってもあなたのもとへ】第1話「夜明」

 第1部について話しはじめる前に、この物語の前日譚について語っていきたい。前日譚と言ってもそれが本当にあった出来事なのかそれとも誰かの作り話なのかは分からない。そんな曖昧な話をして何になるというのか。まぁ時間はたっぷりあるんだ、少しぐらい私の作り話に付き合っておくれよ。……おっと、つい口が滑ってしまった。仕方がない、正直に告白するとしよう。今からする話は事実ではなく私の作り話だ。だから第1部以降の話と辻褄が合わない部分があったとすれば、この前日譚が間違っていることになる。まあ細かいところは置いといて、短い話だから軽い気持ちで聞いてくれれば良い。


〈前日譚〉

 男は椅子に座って頬杖をついている。彼はぬいぐるみで遊ぶ少女を見つめていた。彼の目には若干の疲れがみてとれ、それは最近彼の周りで起こった出来事によるものだと思われた。その出来事とは何か、それはいずれ語ることになるだろうが、曖昧に言うとすれば、〈この世で最も静かな悲劇〉である。

「あぁそうだ。おいで、セーラ」彼は少女に話すべきことをたった今思い出したかのように振舞ったが、本当は少女に話すタイミングもその内容についても数日前から彼の頭の中で考え続けていたことで、大人が長い時間をかけて熟成させた話の内容は幼い彼女が理解するにはあまりにも難しいものであったが、彼女の心にその内容を刻み込むためには、ふとした拍子にポツリと話すという方法しかないだろうと男は考えていたのである。

「ギフトを受け取ることによって能力は開花する。大事な事だから覚えておくといい」

「ギフト? 贈り物のこと?」少女は分かりやすく首を傾けた。

 男はこの少女についてひとつ誤解をしていた。彼女は今からする話をほとんど理解できないだろうと考えていたが、想定していたよりはるかに物わかりが良いのではないか。

「贈り物という意味もあるが、毒という意味もある」

「毒?」

「そう、毒だ」

「そんな危険なモノいらないよ」少女は眉をひそめる。

「ははっ、確かにそうだな! いやごめんよ、話が逸れてしまったね。お父さんはセーラにお菓子をあげようと思っていたんだ。ほら、いちにのさん!」

「わーいお菓子!」

 男は微笑んだ。砂糖も摂りすぎると毒になるんだよ、と思ったが、それは言わないことにした。

「なぁセーラ」優しく声をかけた。

「なぁに、お父さん」

「たくさん勉強して、たくさん遊んで、友達つくって、毎日元気に過ごすんだぞ!」

「うん、わかった!」

「良い子なセーラにお父さんからひとつプレゼントがあるんだ」

「毒?」

「お菓子よりいいものだよ。部屋に置いてあるから見ておいで」

「うん!」

 セーラが急いで部屋へ走っていく。「わぁ、すてき!」彼女は部屋のドアを開け、顔を出して「お父さん、ありがとう!」ととびきりの笑顔で言った。父は微笑んだ。

 この微笑ましい親子のやり取りがあった次の日。彼がどうなったのかについて語ることはしない。ただ一つ言えることは、多くの物語において、スタートの合図となるピストルの銃口は〈父〉に向けられているということだ。

 ──散りゆく桜の重なった花びらが黄泉を流れて行き着く先は、私たちが生きる未来である。ただしその未来が希望に満ち溢れたものであるとは限らない。


 前日譚は以上となる。どうだっただろうか? よくある話だというのが正直な感想だと思う。それでいい、少しずつ絶望が足されていくのだから、今はこのくらいでいい。

 ちなみに私が誰だかわかるかい? まあ今の時点でわかるはずもないから、あなたの返答は後で聞くことにするよ。

 そろそろ物語がはじまるみたい。楽しんでね!


【第1部:世界がひっくり返ってもあなたのもとへ】

「……」

「どうしたの薫ちゃん、外なんか見ちゃって」

「あぁ社長。なにか大事なことを忘れているような気がして……いや、なんでもないです」

「そうか……、そういえばもうすぐ桜が咲くみたいだよ。時間の流れってのははやいね」

「薫さん、郵便が届いてます」

「あ、東蓋さん。ありがと」

「受験結果でしょうか?」

「どれどれ……、やった! 東蓋さんみて! ゲキドク2級受かったよ!」

「おお」パチパチパチ。

「おめでたいねぇ! じゃあおじさんの奢りで、みんなでお寿司でも食べに行こうか!」

「今度はちゃんとシャリも食べてくださいよ!」

 ──世界をひっくり返して零れ落ちたものがあなたの守るべきもので、それは既に奈落の底に沈んでしまった。全ては無駄だったのである。

「せんぱーい、今日はニワトリがめっちゃ死ぬ日ですよー」

「心優しいサンタさんにフライドチキンでも頼んでおきな!」

 ──第1話「夜明」


 神樹はこの街のどこかに巧妙に隠されている。幹にはまるでそこから誰かが這い出してきたかのような裂け目があり、裂け目からこちらをのぞく者は我々のすべてを知っている。勿論裂け目の内側には誰もいないのだから、すなわち“すべてを知る者”が神樹から抜け出してきたのであり、また神樹を隠す正体もそれである。そしてすべてを知る者はこの街にいて、いまもあなたの帰りを待っている。


 天気予報、12月24日。

 午前、晴れ。午後、所によって雪。

「せんぱーい、今日午後から雪が降るみたいですよ」食器を洗いながら今日の天気を聞く黒髪(肩にかかるかそれより少し長い。サイド刈り上げ、普段は髪で隠れている)の女性、長身イケメン十八歳、ベージュのパーカーに黒のレギンス。コタツに向かって話しかける。

「見回り中止?」コタツの中から覇気のない声が聞こえる。

「気持ちは分かります。ですが天気が悪い時こそ稼ぎ時です」

「そうだわなー。でもおこたから出るのいやだにゃー」コタツの中に住んでいるのは銀髪(柔らかい髪質、肩にギリかからないくらい)の少女、否、少女に見える二十歳。ダボダボの白いTシャツには控えめに「ハゲ死ね」と書かれている。

 プルルルル、プルルルル、プルルルル……。

「はい西羅せいら

「もっしー西羅ちゃん、おじさん寒くて死んじゃうよ」陽気で低く渋い声、社長である。

「なんだおっさんか、1回死んでください。安心してください、誰も止めませんよ」西羅の声が1オクターブ下がる。

「ひどい! おじさん悲しみの涙!」こちらは逆に1オクターブ上がる。

「……、要件は?」

「化物の出現情報が入ってね、討伐をお願いしたいんだ。劇物か毒物かはまだ不明。今地図送ったよ。東蓋とうがいちゃんにも伝えといてね」

「民間? 公共?」

「公共からの依頼案件だから、お金もそこそこ出ちゃうかもねー」

 西羅の緋い眼がルビーのように鮮やかに輝き出す。

「……社長、今日も頑張りますよ!」

「さっすが西羅ちゃん、頑張ってね! んじゃシクヨロ!」

 ガチャン。電話終了。

「東蓋、行くよ!」西羅は黒いコートを羽織る。

「東蓋ちゃんって呼んでください!」

「いやだマン」

 

 今から少し前のこと。

 ガチャリ。

「ただいマン」樹神薫こだまかおる、十九歳。髪はオレンジ色でツーブロック、緑系のジャケットに白いズボン。少し頼りないが兄よりはマシ。兄は樹神空こだまそら、二十三歳、天然。

「あれ、もう帰ってきた。大学はどうしたと? 忘れもんか?」薫の祖母、樹神千里こだまちさと、推定七十五歳だが年齢の割に若々しい。ただいま逆立ちの練習中。

「さっき連絡があってさ、臨時休校だって。大学が化物のせいでめちゃくちゃらしい。井口、一限あるって言ってたけど大丈夫かな。街でも化物が暴れてるみたいだし、こわいねぇ」

「またかね。物騒な世の中になっちまったもんだ」

 テレビのニュースが速報を伝える。「お伝えします。本日午前7時頃、玊虁市彁々町の交差点で瞠眩と名乗る人物が──」

「ほらこれこれ。化物が何体も……うわぁ見てよ、やばいねこれは」

 テレビの画面に化物らによって破壊されたビルや車などが映し出される。

「さっき外が騒がしかったのはこれだったか」

 千里はコタツでみかんを食べながらテレビを見る。

「騒がしかったの?」

「ブォーンって音しとったど。そのあと甲高い音がして、少し揺れたな」

「家が揺れたの?」

「そだ。んで、薫が帰ってきて今に至る。……、今も揺れてね?」

 微弱ながら縦に揺れていて、それは少しずつ大きな揺れとなっていく。

 薫は窓から外を眺めた。「えっ……」

「どした?」

「ばあちゃん大変! カアが、カアが化物になってる!」


「電話したよ!」薫が窓から身を乗り出して、庭にいる千里に向かって叫ぶ。

「バッツグー! 次は水、水をもっと持ってくるんだ!」バケツを並べて化物に水をかけ続ける千里。

「水? うんわかった! ……ばあちゃん、もうバケツがないよ!」

「ホースだ! ホースで水を引っ張ってこい!」

「ホースは兄さんが植物の水やりに使ってるからムリ!」

「アイツは何でこんな時に植物を愛でてんだ!」と千里は強い口調で文句を言いながらも、華麗な身のこなしで化物に水を掛け続ける。

「化物に水をかけてどうするのさ?」

「化物には水が効果的って言うからな」

「誰が言うのさ」

「私がさ!」

「マジかよ……」

 だが実際、化物の動きは鈍くなっている。薫は考えるのをやめて水汲みにいそしむことにした。

「あれ、水が出ない……」

 慌てて化物のところへ戻る。

「ばあちゃん、水道が凍った!」

「くそっ空め、手袋をしてなかったな」

 あからさまなピンチ。満を持してヒーロー登場!

 とはならず。公共の部隊は別現場へ急行、人員不足のため先ほど民間の部隊に支援が要請されたばかりであった。

「部隊は何やってんだ! まぁいい。あまり使いたくない手だが……。薫、空を呼んでこい!」

「ちょっと待って、化物が動き出した!」

 3メートルを超えるであろう化物は重い腰を上げて大きな羽をバサバサと動かした。頭の赤いとさかが膨れ上がる。化物は鋭い目つきでこちらを睨みつけた。

「先ほどはよくもやってくれたな、クソババアめ。寒かったぞ」

「へっ、賞味期限切れの鶏肉を冷凍保存しようと思ってね! 今下準備が終わったところさ!」千里が薫の方を向く。「はやく空を呼んで来るんだ!」

「ばあちゃんをひとりにできないって……!」

「ならワシが呼んでくるからお前がここにいろ! 家、壊すんじゃねえぞ!」

「えっ、ちょっと……」既に千里はその場にはいなかった。

「ばあちゃんも無茶言うよな」

 薫は覚悟を決めたようだった。

 化物は薫を踏み潰そうと容赦なく襲いかかる。薫は持ち前の運動神経で攻撃を避けつつ、化物を家から離れた所まで誘導するが、化物の猛攻が絶え間なく浴びせられる。

 嘴、足の爪、羽、全てが致命傷となりうるが、それだけではない。化物は自らに宿る不思議な力を理解するに至る。

「なるほど、我が体内にふたつの力があるのか」

「ニワトリのくせに厨二か? コケコッコーと鳴いてる方がお似合いだぞ」

 薫の煽り。鳥型の化物は冷静に対処する。

「お前は小二からやり直した方がいいんじゃないか?」

「なんだニワトリのくせして、俺を馬鹿だって言いたいのか? へっ、じゃあ今日が何の日か知ってるか? なあ化物」薫は切り口を変えてさらに煽る。

「クリスマスイブ、彼女のいないお前には関係のない日だ」

「なんで俺に彼女いないって知ってんだよ! あぁそうだった、お前カアだったな。やっぱお前は性格が悪い、そういう所なおした方がいいぞ。って化物にやったヤツに言っても仕方ないな。ジャピイはどこいった?」

「ジャピイ? 誰だそいつは」

 樹神家の庭には二羽ニワトリが居て、それを薫はジャピイとカアと名付けて可愛がっていた。

「お前、仲間のこと忘れちまったのか! 全くもう鳥頭は仕方ないなぁ。まぁジャピイのことはいいさ、それよりカア、お前は鳥頭だから特別に教えてやる」

「何の話だ」化物は汚物を見るような目で薫を見る。

「まずひとつ、クリスマスイブとは、恋人同士がイチャつく日ではなく、フライドチキンを食べる日である!」

「……(なんだこいつ)」

「そしてもうひとつ、俺はお前から逃げるために走り回っているわけではない」

「?」

「ばあちゃんには内緒にしていた能力だ」

「……!」

 化物の頭上、逆さまに咲いた花一輪。渋く険しい薫の顔。

「滝行で心身を清めろくそニワトリ! 滝行スプラッシュ!!」指パッチン。

 近くの川から水を吸い上げ、化物の頭に浴びせる。「対象を吸収する花」と「吸収したものを放出する花」の2種類の花を使いこなす、薫の必殺技である。

 これでよし、と。

「心地よい水浴びだったぞクソみかん野郎」

 マジかよばあちゃん、全然効いてないんですけど。薫は死を覚悟した。

「先ほど得たこの力で、お前を屠る!」

「えっいやだー。目を覚ませよカア、フライドチキンにするって言ったの謝るからさ! 今年は見逃してやるから、来年な! だから許してくれって、頼むよ。ダメ? ダメそうだな。くそっ、こうなったらやけくそだ、てめぇ来年フライドチキンにしてやるから覚悟しとけよ! ばーかばーか、フライドチキン野郎。お前の母ちゃんでべそ。おたんこなす。頭パイナップル、顔でこぼこピーマン。あ、ヤバいそろそろ攻撃来そう。遺言はえーっと、綺麗なお姉さんにチヤホヤされたかったよー。死んでも死にきれないよー、ちょっと待ってくれ遺言が欲まみれだったわ、もう一回言わせて次はかっこよく決め──」

 斬撃が薫めがけて襲いかかる。

 それよりも速く、千里が薫を抱えて斬撃を回避した。そして、ほぼ同時に銀髪の少女が化物の頭上に現れ、赤く膨れ上がったとさかを引きちぎった。

「とさか獲ったどー!!」

 ニワトリは噴水のように頭から大量の血を噴き出して力なくどさりと倒れた。

 西羅ヒロイン、現着。

 銀髪、緋眼、黒のコート。白のTシャツに紺色のハーフパンツ、スポーツスパッツ、黒い素地に白が映えるスニーカー。145cmもない身長。中学生……? とさかを地面に叩きつけながら「とさかって食べられるんだっけ?」と独り言をつぶやいている。

「あ、あの……、ありがとうございます」と薫が礼を言う。

「えっ、あぁうん」と西羅は薫の方を向いて曖昧に返事をし、視線をとさかの方に戻して、再びとさかを地面に叩きつける。

「な、何してるんです?」

「うん? 血抜き」

 とさかは熟れて中身が弾けた果実のようにじゅくじゅくとした汁を表面に滲ませて、地面を鮮明な赤に染め上げる。

「えっ、もしかしてそれ食べるんですか?」

「案外美味しいかもよ」

「いやぁ……」と薫がドン引きするが、西羅はお構いなしにとさかを叩きつける。びちゃっ、びちゃっと血が飛び散る。

「もういいかもなぁ」

「ヤバいっすね」

「食べる準備をしよっか」

「えぇ……」

 西羅がBBQの用意をしようとその場を離れようとした時、先ほど倒れた化物がむくりと身体を動かした。

「くそっ気分が悪い」

 ニワトリが頭を振りながら立ち上がる。化物は先ほどよりもふたまわりほど大きくなっていた。

「あれ、まだ生きてた。いや違うな」

 生きていたのではなく生き返ったのである。

「自慢のとさかをちぎりやがって、お前を先に屠ってやる」

「いいか"雌鶏"」西羅の煽りは薫のそれとはレベルが違う。「先ほどお前が使った技は〈いき〉と言ってみんなが使えるんだ。この意味がわかるか棒棒鶏?」

「……、皆が使えるということは、この技の対策は必須。つまり対処法がある、ということか」

「正解。お前、そこの腐ったみかん野郎よりも賢そうだ」

「えっ、俺?」

 容赦ない悪口が薫を傷つけた。

「そこまで教えたんだ、あとはわかるな、鳥の唐揚げ」

「ちょっとばあちゃん、あの人、化物に指南してるけど大丈夫なの?」薫が千里の方を見て不審げに訊ねる。

「強い敵を倒せばその分給金が跳ね上がる。心配するなクソみかん、ワシらにとってもより多くの保険金が手に入るというメリットがあるんだ」

「孫をクソみかんって呼ばないで」

 ニワトリの化物は羽を大きく広げ、深く息を吸い、肺にたまった冷たい空気をゆっくりと吐き出す。

「ありがとう少女、理解したよ。我が固有の能力を用いてお前を倒せば良いのだな」

「そうだ雄鶏、一人前の化物として目覚め、私の財布を潤してくれたまえよ」

「……戦う前に教えてくれ。私は鶏麟狩トリリンガルという。お前の名は?」

「しっかりと覚えておけ油淋鶏。私は西羅、お前をフライドチキンにする者の名だ」

「西羅よ、暗闇を照らす明星よ、我が能力をみよ!」

 能力の発現──全ての化物がこの域に達するわけではない。能力を発現したものを〈毒物〉、その域に到達しない有象無象を〈劇物〉として分類。鶏麟狩は生後間もなくして毒物の域に達した。

 西羅はスマホで鶏麟狩を撮影、解析、そして──

「たった今お前は毒物として認定された」

 スマホをポケットにしまいながら、「なあ化物」と化物に問う。「私は先ほど閾について話した。覚えているか?」

「当然だ」

「お前は何故あの時、閾の対処法を聞かなかった? 必要ないと判断したか?」

「我が能力で押しつぶせば良い、それだけの事だ」

「お前みたいな慢心した奴ほど自分の弱さを知らないものだ」

「何が言いたい?」

「あのオレンジ頭がお前程度の化物を倒せないと本気で思っているのか?」

「当たり前だ、あいつは腰抜けで頭の悪いオレンジ色の雑魚だ!」

「ねえ酷くない? 俺が何をしたって言うのさ(涙」

 毒物に対する処置の最適解、それは能力発動前に確実に息の根を止めることである。

「お前の間違いは3つある。まず、お前はご自慢の能力を披露する前に死ぬ。次に、みかんは強いしお前は弱い。そして最後、お前みたいに閾を上手く使えるやつはほとんどいない」

 西羅は「ざーこざーこ」とつぶやき、両手を広げた。

「上には上がいるんだ。謙虚に死んで悔い改めろ」

「何を言うか、私はまだ──」

 ザシュッ!

「マジかよ、すげー!」

 西羅の放った閾により、毒物:鶏麟狩の討伐が完了。

「一般市民は毒物及び劇物を殺してはならない。よく堪えたね、オレンジ」

「樹神薫です。助けていただいてありがとうございます」

「うん、でもオレンジの方は良いとして、青い方は間に合わなかった」

「えっ、青い方って、まさか兄さんに何かあったんですか?」

「ニワトリの化物は二体いた。もう一体は青い髪の奴のところだ」

「に、兄さんは無事なんですか?」

 薫の息が荒くなり、目の前が暗くなる。目眩、うねり、耳鳴り──倒れそうになるのをなんとか踏ん張り、西羅の言葉を待った。

「あぁ、だがあいつが化物を氷漬けにしたもんだから、私たちの給金が減った。マジで許せない」

「良かった。兄さんは無事なんですね」

 千里が言う。「ワシが駆けつけた時には既にカッチコチだった。空自身も凍ってるから、あれは溶かすのに時間がかかるな」

 千里が「溶かすの面倒だな」と愚痴るが、その言葉とは裏腹に千里の顔には安堵と優しさが溢れた笑顔があった。

「兄さんは一般市民ではありません。ああ見えて頭が良いので免許を持ってます」と薫が西羅に向かって言う。ここで言う免許とは、簡単に言えば化物を討伐するための免許である。

「そうかそれは良かった。ところでオレンジ、歳はいくつ?」

「薫です。十九歳です」

「免許は持ってないんだね」

「はい」

「だったらうちで〈ゲキドク〉として働かない?」

 西羅の突然の提案に薫はキョトンとした表情になる。「えっ? ゲキドク……」

「レッツ化物殺し! 化物殺しランランランだよ! 楽しいよ! 免許取れるよ!」

「いや、免許いらない……。まああった方が良いかもだけど……でも」

「いいよね、瞬速ばあちゃん!」

「孫の活躍に期待☆」千里は西羅にウインクをした。

「ちょっと待ってよ」

「空も取れたし、余裕のよっちゃんやて」と薫の肩をポンとたたく。

「可愛い子には旅をさせよというからな」

「さっきクソみかんとか言っとったくせに」

 千里は薫の言葉を無視して西羅の方を見る。「頼んまっせ」

「よっしゃ! 東蓋、帰るよ!」

 地面に黒い影が現れ、泉の女神のようにぬるりと東蓋が出てきた。

「東蓋ちゃんです。それより良いんですか? 社長の許可を取らなくても」

「うわぁ地面から人が出てきた! 美人!」

 東蓋は薫にとって理想の女性であった。

「私の心の中のおっさんがオッケーって言ってるから構わないよ」

「せんぱい、心の中に社長がいるんですか。かわいいせんぱいが穢れるからやめてください」

「心の中にキモいものを飼っておくと強くなれるんだ。それよりマーマレード、3日後に迎えに来るから準備済ませといてね! 寮に住むことになるからその準備も!」

「樹神薫です。えっ、家から通いたい……」

「それと私たちの前では敬語禁止! 同い年みたいなものだから。あっ私は西羅でこっちは東蓋、シクヨロ!」

 この人は一体幾つなのだろうかと思いながら、女性に年齢を聞くのはダメだよなぁと気を遣う薫であった。

 ちなみに自身の能力で氷漬けになった樹神空は、身体が崩れないよう細心の注意を払いながらゆっくりと溶かされ、二日後無事に元に戻った。同じく氷漬けにされていたニワトリの化物は死亡が確認され、一羽分の給金が樹神家のもとへ振り込まれた(そしてこの時、西羅と東蓋の給金がニワトリ一羽分であることが確定した)。保険金ももうすぐ振り込まれる。

 薫は空と千里に別れを告げ、準備を済ませた。

 西羅と東蓋、そして社長が菓子折りを持って樹神家を訪れる。

 ──これは樹神薫が〈劇物及び毒物討伐者=ゲキドク〉となり、化物を討伐していく物語である。

〈登場人物〉

樹神薫こだまかおる:この作品の主人公。大学生、オレンジ髪のツーブロック。身長175cmくらい。少し頼りないがやる時はやる。西羅からデコポンと呼ばれる。デコポンが愛称なのか蔑称なのかは不明。

西羅せいら:銀髪で緋い瞳。中学生の少女に間違われるクソガキ20歳。身長143cmくらい。化物に対しての毒舌には定評がある。ちっちゃいくせにとても強い。寿司のシャリを残してネタだけを食べる、寿司屋にとってこれ以上ない害悪客。

東蓋とうがい:第一部では高校生。黒髪(サイドツーブロック、普段は髪で隠れている)。長身(168cmくらい)イケメンクール美女、18歳。書道家。西羅をせんぱいと呼ぶ。西羅に「東蓋ちゃん」と呼んでもらいたい。なんかエッチ。

社長:サングラスにマンバンヘア、見た目ワイルドだが陽気なおっさん。西羅から「死ねばいいのに」と言われショックを受ける。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ