いじめ
2044年9月1日 私たち二人はこの国に到着した。
「来年で戦後100年になるわけだが、この国もとうとう限界を迎えてしまったな。やはりこのレベルの民族に自治は無理だったようだ。来年からは実質我々がこの国の舵取りをすることになる。これからは我が国の意志が国会の決定事項となるんだ。」
「はい。しかし、この国の何が問題だったんですか?」
「いかんせん、民度が低すぎるんだ。この国民の精神は幼稚すぎるんだよ。まあ、ゆっくりと改革していこう。あまりの急激な変化に国民がアレルギー反応を起こしてしまっても困るからな。まずは小さなところから変えていこう。」
「何から始めるのか、もう決めてあるんですか?」
「うん、まずは「いじめ」というこの国の文化を消滅させる。」
「「いじめ」ですか?」
「そうだ、この国では「いじめ」が毎日のようにニュースで流されている。この国の国民は集団で一人をターゲットにするのが大好きなんだよ。」
「何か原始人が狩りでもするかのようですね。」
「いや、まさにその通りなんだよ。「いじめ」は現代の狩りなんだよ。そして、この狩りは、ターゲットが自殺するまで徹底的に行われる。最近はSNSを使った狩りが主流だな。大量の人間が匿名で、たった一人の人間をターゲットするんだ。もう何人もの人間が自殺に追い込まれている。」
「なるほど、同胞を殺せる国民なんですね?」
「そうだ、この国の人間は大人も子供も精神レベルが相当に低いからな。モラルなんてあり得ないし、理解も出来ないんだろう。」
「しかし、なぜこの国は対策をしてこなかったのでしょうか?」
「うん、最大の問題はそこにあるんだ。しかしこれは国だけの問題ではないんだよ。その下の集団も全てがやりたがらないんだ。自治体、学校、その他あらゆる団体がやりたがらないんだよ。」
「はあ。」
「じゃあ、一つ質問するぞ。この国では「いじめ」を解決する最高の方法は何だと思う?」
「さあ、見当もつきませんが。」
「それは「いじめなど初めから存在しませんでした。」と言う事だ。」
「なんですか?それは。」
「この国で上手く立ち回るには「事なかれ主義」という思想が大切なんだよ。」
「「事なかれ主義」ですか?聞いたことがありませんね。」
「「できれば何もなかった事として済ませたい。」この国にはそんな不思議な空気が漂っているんだよ。」
「それじゃあ、いじめ問題などなくなる訳がありませんね。」
「それだけじゃないんだ。この国では大人から子供までみんなが「いじめ」をやっている。もはや「いじめ」はこの国の文化なんだよ。」
「なるほど、確かに最低な国ですね。しかし、そんな根深い文化を消滅させる方法なんてあるんでしょうか?」
「なーに、最低な国民には最低なやり方で対処すればいいんだよ。いいか、まずはこの国を徹底的な監視社会にする。そもそも、この程度の国民は監視されなければ法律なんて守る訳がないのさ。」
「しかし、プライバシーの問題は大丈夫なんですか?」
「プライバシー?ああ、この国の法律ではプライバシーも「みだりに公表」しなければ問題はないんだ。駄目なら我々の都合の良いように法律を変えてしまえばいいじゃないか。」
「それもそうですね。所詮、同胞を殺せるような国民ですからね。」
「そういう事だ。では具体的な方法だが。」
「はい。」
「まずは「学校」から始めよう。この国の学校のいじめ問題はひどいぞ。この国の「学校」はいじめの温床になりやすく出来ているんだ。この国の国民はどうしても集団になると人格が変わってしまうようで、一人一人では子羊のようにおとなしく従順なのだか、集団になった途端に暴走してしまうんだ。学校という場所は、非常に閉鎖的な空間で、そこでは常に「いじめ」が行われている。そして、先生たちはなぜか加害者側の立場に立ちたがるんだ。だから学校では「いじめ」はやりたい放題なんだよ。なかには先生が先頭に立っていじめをした例もあるんだ。」
「は?先生がですか?」
「まあ、人格者が先生になる訳ではないんでな。盗撮や痴漢をして逮捕される先生なんてざらにいる国だからな。」
「我々の国とはだいぶ事情が違うようですね。」
「まあ、そんな国なんだ。ではいいか。まず全国の学校のありとあらゆる所に監視カメラを設置する。教室、トイレ、体育館倉庫、裏庭、死角になりやすい場所はもちろんの事、ありとあらゆる場所に監視カメラを設置する。その映像をモニタールームで監視する。さらに全校に警備員も配置する。」
「はい。」
「そして、この学校における最も危険な時間帯は「休み時間」だ。休み時間は警備員に巡回してもらう必要もあるだろう。」
「何か、刑務所のような感じもしますが大丈夫でしょうか?」
「刑務所?なるほど、いいじゃないか。刑務所ね。それは面白い発想だな。よし、この国が正常に機能するまでは国全体を巨大な刑務所と捉えることとしよう。まあ、それくらい徹底的にやらなければ改革など無理だからな。しかし、なるべく穏便にゆっくりとやっていこう。この国には「窮鼠猫を噛む」と言う言葉もある事だしな。」
「分かりました。では来年の1月に施行できるように法律を作らせる事としましょう。」
「改革の一歩目だからな。上手くいってくれるといいな。」
「はい。」
つづく