一回目の人生で冤罪で火あぶりにされた私は三回目の人生で誰がループをしているのか? を調べます
私の足元のワラがどんどんと燃えていき、私の周りの空気が熱く、そして薄い。吸っても煙のせいでうまく吸えない。
それでも私は言う。「私はやっていません!」と。
「私は、私はマリーを殺そうとしていません!」
だが、周囲の人間は聞こえない。十字架に張り付けられ、火あぶりにされようとする私を民衆は歓声を上げて見ている。
遠くで私の両親と義理の母、そして血のつながらない妹たちが見ている。私の事を家族だったなんて見ていない。
そしてレオン様も友達のマリーも私の事を罪人としか見ていない。
悲しくて涙が出てきた。
そんな時、「メエエエ!」と言うヤギの鳴き声が聞こえてきた。群集をかきわけて真っ白い子ヤギが私の方に向かってきている。
「あ、あの子は!」
小さい頃、子ヤギを飼っていた。でも何年たっても大きくならず、使用人に捨てると話を聞き、私がこっそりと森に逃がしたのだ。
あれから何年も時が経ったというのにあの子はまだ小さいままだった。そして火あぶりにされている私の方に走り、燃え盛るワラに突っ込んでしまった。
「ダメ! こっちに来ちゃ! ゴホゴホ……」
もう叫ぶ事は出来ず、どんどんと頭が痛くなりぼんやりしてしまった。
そしてまぶたも重くなり、目を閉じた。
涙と共に目を開ける。ああ、夢だと思っても何度も見てしまう、一回目の魔法学園の卒業パーティーで起こった事件と処刑だ。
この夢を見るとポロポロと涙が溢れてくる。眠っていたシーツと毛布で涙を拭いて、ベッドから起き上がる。
だが涙を拭いていた手や寝ていたベッドと部屋を見て愕然とした。私の手はあまりにも小さく、着ているパジャマも簡素なものではなくフリフリのレースが付いたもの。
部屋を見渡せば、天蓋付きのベッドと大きな窓、そして可愛らしいぬいぐるみや子供用の玩具がたくさんあった。
ここは十歳の頃の私の部屋だ。
驚いているとベッドの中から子ヤギが出てきた。
十歳の頃、母が亡くなって一人で寝るのが恐ろしかった。だから私に良く懐いていた子ヤギと一緒に眠っていたのだ。
「なんでまた時間が戻っているのよ……」
二回目の時間戻りをして、また三度目の十歳に戻ってしまった。
*
私の友人でもあるマリーはこの国を支える侯爵のブライス家の娘で、この国の王子の婚約者でもあった。本来なら私のような身分の低い男爵の娘と付き合いがあるはずがなかった。
でもこの国の貴族の子が通う魔法学校、フランリス魔法学園に十六歳で入学した際に彼女とクラスが一緒になり、席が隣だったのをきっかけに仲良くなった。
マリーは「身分とか気にしないで親友でいましょう」と気さくに話していたので、私もすっかりその気になり、彼女の友達として付き合った。彼女と一緒に授業を受けたり、ランチを食べたり、悩みを聞いたり、と私は階級を気にせず友達と思っていた。
だが十八歳の卒業パーティーでマリーに毒を盛られる事件が起こり、私が犯人と疑われてしまった。
無実を訴えるも全く聞き入れてくれず、アリバイもあったはずなのに何故か失われ、やっていないのに目撃者がどんどんと現れ、私は犯人として処刑されたのだ。
だが処刑されて死んだ後、なぜか私は十歳の頃に戻ってしまった。しかも私には子供の頃の記憶も継続して残り、記憶通りに事件や出来事が起こっていた。
私は決断した。もう処刑されるのは嫌だから学園には入学せず、別の進路を歩もう。
別の進路を歩んだ二回目の人生は決して楽しい人生ではなかったが、処刑された痛みよりもマシだった。
こうして事件が起こった卒業パーティーの日は特に何もなく、そのまま春になった。
このまま死ぬ事は無く学園にいた頃には考えたことがない、全く違う人生を歩むと考えていた。
だが、再び戻ってしまった。
十歳の頃に。
私は部屋にあったドレッサーの鏡をみる。鏡に映る私は幼い顔には似合わないシワを付けていた。
私が処刑されなくても時間が戻ってしまう。確か、ループと言う現象だ。
戻った瞬間、驚いたが考えれば当然のことだろう。
私に時間を戻す力が無い。別の誰かが時間を戻しているんだ。
さて、どうしたものか……。と考えるが、これからの人生の進路は決まっている。
「決めたわ。時間を戻している人間を突き止める。私達にはそれが出来るわ」
ドレッサーの鏡に向かってそう言って振り向く。
「あなたも記憶があるでしょう? 二回目の人生の記憶が」
「もちろん」
真っ白い子ヤギは年齢に不相応な笑みを浮かべて返事をした。
*
三回目の人生は一回目の人生と同じ進路へ進んだ。つまり十六歳の時に、フランリス魔法学園へ入学したのだ。
フランリス魔法学園。魔法が使える貴族の子供たちが多く通う学校だ。貴族の子供だから、そこまで真剣に学んだりはしない。どちらかと言うと人脈づくりや女子の場合だと結婚相手を探す目的にしているように見えた。
でも一回目の人生では、周りが適当に授業を聞いているなか私は結構勉強したな。元々魔法に対して好奇心旺盛だったこともあるかもしれないし、学園を卒業したらつまらない花嫁修業と親が決めた結婚相手と結婚する運命だから、自由に勉強できる時間が今しかないと思っていたのだ。
まあ、一回目は結婚相手が現れる前に処刑されたんだけどね。
三回目も出来る限り、一回目の人生と同じように歩んでいった。
王の息子の婚約者であるマリーと友達になり、悩んでいた婚約者が別の女の子に夢中であるという愚痴も聞いてあげた。
「このままだと婚約破棄されてしまう!」
「そんな事ないですわ。もっとレオン王子はマリー様の事をちゃんと愛していますよ」
「もう、様をつけないで」
関わり方も同じようにしたいと思ったが、一回目の人生で私の言葉を信じてくれなかったマリーや友人たちには、どうしても私は無意識に壁を作ってしまった。
それでもマリーは言う。
「あなたこそ、親愛なる友人よ」
「ありがとうございます」
「もう、敬語はやめて」
そうクスクスと笑う。正直二回目だからくすぐったいような恥ずかしいような青春を送り、卒業パーティーを迎えた。
私の一回目の人生では卒業パーティーの日、風邪をひいてしまい部屋で休んでいた。パーティーが始まっている時間、私は熱が悪化したので医者に診てもらった。その記憶もあるし、医者の処方箋ももらった。なのに医者は会っていないと言われてしまい、アリバイが無くなってしまった私が犯人と濡れ衣を着せられた。
今回は体調に十分気をつけて、参加出来た。
「ああ、見て。レオンがまたあの女の所に行っている……」
卒業パーティーの会場へ行く時、マリーはとある女性を睨んだ。婚約者のレオン王子と楽し気に話しているカレンだ。腕を組んでレオン王子の肩に頭を置いている。誰がどう見ても馴れ馴れしい。
「気を落とさないで、マリー様」
「大丈夫よ」
いつもだったら長時間にも及ぶ愚痴をマリーは吐くのだが、人を安心させるような笑みを浮かべた。
卒業パーティーの会場は魔法で華やかに彩られていた。
天井には宙に浮くシャンデリアとひとりでに演奏する楽器たち、キラキラと雪の結晶のような光の粒が降り注ぐ。
思わず感嘆のため息が出てしまうほどの美しさだった。
入り口には魔法で操っている紳士風の自動人形が私達にグラスを差し出す。グラスにはリンゴ酒だ。パーティーが始まる前に生徒会長のレオン王子が乾杯の音頭を取る。そしてパーティーが始まり、少し談笑をしたのち、パートナーを組んだ異性とダンスをするのだ。
レオン王子が会場の壇上へと向かうとカレンはササッと離れていった。
「それじゃ、私はレオンの所に行ってきますわ」
そう言って微笑みマリーはレオン王子の所に向かった。マリーは副生徒会長だから、壇上でレオン王子と一緒にいないといけないのだ。
心なしかマリーにも笑みがこぼれているのを見て、私もつられてほほ笑んだ。
壇上の中央には演説台があり、マリーは拡声魔法がちゃんとかかっているか屈んだり確認したりと忙しそうだった。しかもグラスを持っていたので、邪魔になっている気がした。
確認が終わってマリーはレオン王子の方に向かって談笑する。
やっぱりマリーはレオン王子が好きなんだなって思うくらい、愛おしそうな表情を浮かべている。
一方、カレンの方を見ると別の男性と談笑をしている。彼は私達の学年で一番、魔法の成績が良かったルッツアだ。女性と見間違えるくらい綺麗な顔立ちだが、かなり気難しく話しかけると無視か暴言を吐く殿方だ。だがカレンは普通に話しているし、ルッツアもそんなに悪くないとばかりに顔を崩している。
すると魔剣大会で一位を取ったアックスがその輪に加わった。キリッとした顔立ちと爽やかな性格と女子にも人気の男性だ。
他にもどんどんと学園で一目を置かれる男性たちがカレンの周りに集まって来た。
その様子をレオン王子が苦々しい表情で見ている。早くそっちに行きたいようだ。レオン王子の視線の先と表情に、気が付いてマリーも顔をしかめている。
カレンの顔を改めて見ると茶色の髪と目で、愛らしい顔立ちをしているが正直普通の女の子って感じだ。でも彼女の誰にでも優しい性格や彼らが悩んでいる事に対して的確なアドバイスをしている姿を見ていると特別な魅力を持った女性に思える。
一回目の人生では全然気にしていなかったが、今回の人生で彼女の言動を観察してみて感心してしまう。
そう思うと華やかでお淑やかなだけの侯爵のマリーでは太刀打ちできない。
レオン王子が壇上に登った瞬間、天井の楽器は奏でるのをやめ、周囲も静かになった。
レオン王子は会場の人間を注目させるくらいのエネルギーを持った人だ。成績もルッツアの次に優秀だし、魔剣の大会一位のアックスと互角に渡り合っていた。何よりコミュニケーションや有言実行できる能力がある。王子様と言う位が無くても、大人になったら何かしら成功していたかも。
マリーが万全に確認した拡声魔法でレオン王子の声は会場全体に響いた。
「みんな、卒業おめでとう! みんなで過ごした三年間はこれからの人生できっと美しく輝くだろう」
そう言って、レオン王子がグラスを上げた。
「乾杯!」
バタン!
レオン王子の「乾杯」の言葉と一緒に会場の扉をわざと大きな音を立てて開けて、彼は真っ直ぐに壇上へ歩いて行く。その姿を見て女性は悲鳴を上げ。男性もたじろぎ、誰もが避けて道を作る。それを気にしないで、いや注目されているのを面白がって彼は歩いている。
確かに彼の姿は異様だった。
真っ白な髪に真っ赤な瞳の蠱惑的な笑みをした青年。だが額にはヤギのような角を持ち、黒い詰襟のシンプルな服を着ていた。
そして壇上に登った彼はレオン王子の隣で話し出した。彼の声も拡声魔法で会場全体に響き渡る。
「皆様、手に持ったグラスに口をつけないで頂きたい。もう一度、言う。手に持ったグラスには口をつけないで頂きたい」
「何者だ、貴様! 名を名乗れ」
レオン王子の言葉を手で制するように、一枚の洋紙を出した。そして会場にいる人達に見せた。それは聖十二神教会の令状だった。
「申し遅れました。僕は異端審問代理、カルマと申します。この卒業パーティーの会場、いやあなた方が三年間、一緒に学び青春を過ごした仲間に悪魔が一人紛れています」
彼、カルマはにっこり笑って会場にいる生徒たちに宣言した。
*
異端審問。この国の王よりも発言権がある聖十二神教会の異端者及び悪魔を狩る精鋭部隊だ。この宗教は周辺諸国の平民から貴族、王族にさえ厚く信仰されているため、レオン王子でさえも、この無礼な異端審問のカルマに何も言えないのだ。
だが会場は不信感で募っていた。
「え? 彼が異端審問官?」
「異端審問って言うよりも悪魔じゃなくて?」
「角が生えているのに?」
ざわざわと会場がざわめき、彼が異端審問官と言う事を信じられないようだ。
レオン王子もそのようで「貴様が異端審問官だと!」と反論した。
「聞いたことがあるぞ。異端審問官は決して素顔を見せない。仮面をつけて執行する!」
「確かに、そうですね」
レオン王子の言葉にカルマはスルッと顔を変える。美しい青年から、普通の白ヤギの顔になってしまった。その瞬間、会場はどよめいた。
「僕は聖獣なんですよ。悪魔の契約書を食べるヤギの聖獣で人間の姿になり、言葉を理解し会話す力を持っている。今、主は表に出る事が出来ませんので僕が代理で執行しております。聖獣の場合は仮面をつけなくてもいいって事になっていますが、この顔だと間抜けっぽいと思って人間に化けてました。お望みならヤギの顔でやりますが?」
「いや、人間の顔でいい」
「おや、そうですか」
レオン王子の返事にカルマは素直に人間の顔に戻った。
「それでは、改めて執り行います」
そう言って完璧主義の執事の如くカルマは軽くお辞儀をした。
「さて、悪魔を探す前にマリー嬢」
壇上の隅で固まっているマリーはカルマに呼ばれて、ビクッと体が揺れた。何やら、不安げな表情を浮かべている。
そんなマリーをカルマは壇上の前に連れ出し、ある物を出した。
「これが毒見のスプーン。このスプーンの色が変われば毒がある証拠になります」
そう言って勝手にレオン王子のグラスにスプーンを入れる。だが銀色のスプーンは変わらず、カルマは「うん、異常なし」と言ってスプーンを取った。
そしてマリーの方を見て、「マリー嬢、リンゴ酒のグラスを」と差し出す。だがマリーは嫌そうな顔でグラスをカルマに出さなかった。
「ただの毒見ですよ。グラスを貸してください」
「……」
「何か後ろ暗い事でも?」
「無いわ!」
マリーはグラスを渡した。にっこり笑ってカルマはグラスを毒見のスプーンを入れる。するとすぐにスプーンは真っ赤に変わってしまった。
「おやおや、真っ赤に変わってしまいました。このマリー嬢のグラスには毒があるって事ですね」
「まさか、悪魔が毒を入れたのか?」
「……そんな」
真っ赤になったスプーンを見てレオン王子とマリー、そして会場のみんなは息をのんだ。
「本当にそうでしょうか?」
不穏な雰囲気をスパッと変える声が聞こえてきた。カレンの声だった。
「どういう事でしょうか? カレン嬢」
「私は見ていました。彼女が、マリー様が毒を自分のグラスに入れた所を!」
カレンの告発にマリーは「そんな事をするわけないじゃない!」と怒鳴った。
「嘘じゃないです! マリー様の服の中に毒の袋が仕込まれています!」
「嘘おっしゃい! よくもそんな事を言えたわね!」
マリーとカレンの睨み合いに壇上にいるレオン王子はハラハラし、カルマはニヤニヤしていた。
「お願いです! レオン様! マリー様をお調べになって!」
「いいですわよ。私は潔白です! レオン様、調べてください!」
「やめましょう、マリー嬢、カレン嬢。そんなマリー嬢のドレスをここで脱がすなんて」
ここでドレスを脱がすなんて一言も言っていないのに、カルマは面白がってそう言う。すぐさまマリーに「なんて事!」と怒り、カレンは「そんな事、言っていません!」と反論する。
女性たちの怒りに「いやいや、申し訳ない」と軽く受け流して、話しを続ける。
「大丈夫ですよ、お嬢様方。僕はマリー嬢のドレスを脱がす事なんてしません。なぜならマリー嬢のグラスの毒の経路を知っているのですから」
そう言いながらカルマは壇上にある演説台を屈んで調べる。すぐに立ち上がったと思ったら、カルマの手にはリンゴ酒のあるグラスを持っていた。
「パーティーの前にマリー嬢はこの演説台の拡声魔法の確認を行っていました。その時になぜか、グラスを持ったまま確認を行っていたのです。僕だったら邪魔だから、どこかに置くなり、誰かに持ってもらうと思います。でも彼女はしなかった。なぜって、演説台の裏の隅に、毒の入ったグラスを隠していたのです。そして拡声魔法の確認の際に普通のグラスと入れ替えたのです」
カルマの言葉にマリーは「どこにそんな証拠があるの!」と怒鳴る。だが、不敵な笑みを浮かべてカルマは言う。
「恐らく、この毒は魔法薬で作られたものだ。表立って毒なんて買えないし、薬草と薬草を掛け合わせて魔法をかければ毒になる。毒を調べればだれが魔法をかけたのか分かる。それは異端審問官でなくても、教師たちでも調べられるはずだ」
義務的にカルマはそう言ってマリーの手からグラスを取り上げた。
「今、教師陣はマリー嬢の部屋を調べている。今なら、まだ薬草が残っているはずだ」
そう言うとすぐに学園の寮母や教師陣が「異端審問官、ありました」と言って入ってきた。
「マリーの部屋から薬草がありました。それにそれを調合する魔法具も隠されていました」
「ちょっと! 何よ、勝手に私の部屋を漁って!」
「申し訳ない、マリー嬢。異端審問官は悪魔の容疑者の部屋を許可なく調べられるんだ。例え、君が侯爵の娘であり王子と婚約者であろうとも……」
カルマはニコニコ笑いながら、そう言ってマリーの所に近づいた。
「さあ、自分で毒を飲んだと認めなさい。そうすれば罪が軽くなるかもしれない」
「……確かに、私は自分で、毒を、飲みました」
カルマに促されてマリーは絞り出すように語り出した。
「愛する人の気を引きたくて。卒業パーティーの場で婚約破棄されるって噂がありました。でもその前に毒を飲めば、大騒ぎになって、婚約破棄が無くなると思って……」
「なるほど、なるほど」
「でも私は悪魔じゃありません! 確かに大騒ぎを巻き起こしましたが、悪魔ではありません!」
マリーは罪の告白と悪魔ではないと半泣きで語った。だが会場にいる生徒や教師陣は疑わしい目でマリーを見ていた。
「確かにマリー嬢は悪魔じゃないようだね」
その場にいた全員が「はあ?」と思っただろう。だが飄々とカルマは語る。
「マリー嬢は愛する者の気を引きたくて自ら毒を飲んだ。なかなか熱狂的な愛だけど、普通の人間だ。悪魔じゃない」
つまらなそうにそう言いながらマリーを通り過ぎて、壇上を降りた。カルマが歩めば周りの人がどんどんと下がり道が出来る。
そして、ある人物の元へ突き進んだ。
「カレン嬢」
カルマはまるでダンスに誘うように呼び掛ける。カレンは訳が分からないとばかりに静かに混乱し、後ずさる。
周囲の人達、特に彼女の取り巻きである男性たちは「え? そんなはずは?」「彼女が?」と口々に呟く声が聞こえる。
「確か君はマリー嬢が自ら毒を入れたと発言した。だが本当はグラスを変えただけで、薬を入れた訳じゃない。なのに、どうして薬を入れた所を見たって言ったんだい?」
「……彼女の部屋で毒を作っている所を見たんです」
「君は子爵の娘だ。侯爵と王族とは部屋が違うし入れないはずだ」
「……薬草を買ったのを見たのです」
「ほう。いつ、どこで見たんだい? マリー嬢が薬草を買ったのを」
「それは……」
カルマは哀れんだ目でカレンを見ていた。言葉に詰まり、今にも泣きそうな顔をしているカレンに周囲の人、特に取り巻きの男性たちは同情的な目で見ていた。
観念したようにカレンは言う。
「ごめんなさい。嘘をつきました」
「嘘とは? カレン嬢」
「自分で毒を入れた所を見たのは嘘です」
グズグズとカレンが泣いて、ルッツアやアックスが後ろで支える。そしてカルマを睨んで、「もういいでしょう」と言った。
「彼女はマリー嬢に嫌がらせを受けていたんだ。毒を盛ったと言われるかもしれないと思って、言った発言だ。嘘をついたのは悪いが、毒を盛った犯人にされてしまうんだ」
「ほうほう、なるほど」
カルマはカレンの涙なんて気にしないで、「じゃあ、質問を変えよう」と言ってきた。
この空気の読めない発言にルッツアとアックス、周りの人間はおぞましいものを見ているような目をしていた。
「カレン嬢。なんで君はマリー嬢が自ら毒をグラスに入れたと、入れた所を見ていないのに言ったんだい?」
「だから、濡れ衣を着せられる前に……」
「アックス君。君には聞いていないよ」
カルマの鋭い返しに、アックスは黙り込んだ。
「カレン嬢。君はまるでこうなる事を予測したうえで言ったのではないのかな? 卒業パーティーでマリー嬢が自ら毒を飲むと」
「違います」
「本当にそうかな? 例えば君は誰にでも優しいし、周囲の人間の悩みなどに適切なアドバイスや寄り添ってあげている。でもそれは事前に知っていたんじゃないのかな?」
スッと取り巻きの男性たちがカレンの見る目が変わった。カレンはそれに気が付いて「そんな事ない!」と涙ながらに言うが、カルマは特に変わらない表情で頷いた。
そうしているうちに、もう一人の教師がやってきて「異端審問官」と呼んだ。
「例の物が彼女の部屋から見つかりました」
「え? なんで私の部屋も……」
「君も容疑者候補だったから。ちなみに君が本命、マリー嬢が大穴って感じだね」
カレン嬢は何が何だか分からないと言った表情だ。こんな状況、予想していなかった。いや、こんな状況なんて知らないと言った感じだろう。
「さあ、異端審問本部に行きましょう。そこならいくらでも言い訳は聞きます」
「ちょっと待って」
カレン嬢が連れて行かれると思い、周囲の人間はヒソヒソと声を潜めて言う。
「本当にあの子が悪魔なの?」
「何かの間違いじゃないのか?」
「でも、あの異端審問官の言う通り、あの子はちょっと不思議な所があったわ」
カレン嬢の方を見ると嫌がるがカルマに耳打ちされて大人しくなった。目を見開きカルマを信じられないような目で見る。だがすぐに俯いてカルマの指示に従った。
「それでは皆様、お騒がせして申し訳ございません。改めて、ご卒業おめでとうございます。そして楽しいパーティーを」
カルマはそう言って会場を出ていった。そう言われて楽しく卒業パーティーが出来るわけないでしょうと思う。
去り際、カルマは私と目が合いニコッと笑ってウィンクした。こら! ダメでしょ! 仕事中なんだから! 私は声に出さないで、コラ! と口で言う。
まったく……と思っているとフワッと後ろから抱きつかれた。マリーだ。見るとポロポロと涙が溢れていた。
「マリー」
「……私、どうかしていた。こんな私を嫌いにならないで」
「嫌いにならないよ。むしろ私は良かったと思う。マリーが毒を飲まないで。間違ったことをしたと思うけど、私はマリーが毒を飲み苦しむ姿は見たくないから」
「……ありがとう」
「あ、申し訳ございません。様も敬語も忘れていましたわ」
私の指摘にマリーは「今更ですわ」と言い、笑みをこぼした。
本当に良かった。これで私にマリーに毒を盛ったと濡れ衣を着せられることはなくなる。
さあ、そろそろ私も本職に戻りましょうか。
*
卒業パーティーの数日後、本当の卒業式を行って無事に私は卒業した。
マリーは自作自演の騒動で学園長と両親たちのしっ責を受け、レオン王子と婚約破棄となった。とは言えマリーはすっきりとして今までの悩みや憎しみが消えていた。
他の人たちも特に何事も無かったかのように学園を卒業していった。
誰も彼女を思い出している人達はいないようだった。
聖十二神教会の総本山は一つの国として独立して、国の中にある山々と森の中に我々が崇める神が住んでいると言われている。
闇の住人だったが光を求め神になった住処に異端審問の本部がある。
そこは草木も生えない険しい山の洞窟だ。
「お久しぶり、カレン嬢」
「えっと、同じ学園の子?」
「ええ。誰だか分からない?」
卒業パーティーから一か月。異端審問の本部で保護しているカレンに私は面会した。
誰だか分からないといけないので私は卒業した制服を着て、彼女と再会したのだが誰だか分からなかったようだ。
私と一緒にカレンの面会室に同行したカルマは「久しぶり」も言う。
「え? ヤギが喋った」
「カレン嬢、卒業パーティー以来だね」
「あ、あのカルマって言う男性の異端審問官」
「当たりでーす」
「なんで卒業パーティーの一日しか会っていないカルマを知っていて、三年間も一緒の学園で同じ学園の上に同じ学部の私は知らないのか……」
がっくりと肩を落として、私はカレンと対面するように座った。カルマは私の椅子に丸まっってニヤニヤと見ている。
私が「ご機嫌いかが? カレン」と挨拶するとカレンは「いいわけないじゃない」と返した。
「あら、そうなの? 自由に寝起きできるし、健康的なご飯を三食も食べれるじゃない」
「ここから出れないじゃない! しかも窓もない、灯りは小さな魔法ランプだし、壁はゴツゴツした岩がむき出しの部屋だし! そもそも私はここに入れられて、どのくらい時間が経ったのよ!」
「一か月ね。みんな卒業していって別々の人生を送っているわ。私達が通った学園も新入生の入学式もすでに終わっているわ」
カレンが真っ青な顔で「え? 嘘でしょ」と言い、俯いた。予想していた事と違っていて震えているようだった。
しばらくカレンは喋れなくなったが、やがて制服姿の私を見て口を開いた。
「あなたって、私と同じ学園にいたの?」
「ええ。でもマリー様の友達だったから、あまり関りが無いかも。でもあなたの事を観察はしていたわ」
私がそう言うとカレンは「どういうことなの?」と不信感を持って言った。
「あなたは入学式から随分と堂々としていたわね。どういう方法でやったのか分からないけど、入学前からレオン王子と親しい知り合いだったし、アックスとは友達だったわね。ルッツアは入学式で初めて会ったようだけど、彼のコンプレックスだった人見知りをまるで知っていたかのように驚かないで普通に接していたわね。まるで何回も学園生活を送ったかのようにね」
「……何なのよ、あなた」
「私もね。何回も十歳に戻って人生をやり直ししているのよ」
私がそう言うとカレンは大きく目を見開いた。
「私の最初の人生は普通だったと思う。十歳の頃に母親が亡くなって、入れ替わるように後妻がやってきて妹たちが生まれて寂しい十代前半を送った。そして学園に入学してマリー様と友達になった。だけど彼女に毒が盛られて、私が犯人と言われて火あぶりにされた」
「……」
「あなたもその場にいたでしょ? カレン嬢。え? 覚えていない? まあ、しょうがないか。所詮、私はモブキャラみたいなものでしょう」
「え? 何で、その言葉を……」
「あなたが前の世界で送ってきた文化を私もちょっと知っているの。モブキャラって物語にほとんど関わらない地味な人間って意味でしょう?」
カレンがポカンとした表情になり、私は二回目の人生を語った。
「二回目の人生は火あぶりになりたくないと思って、学園自体に通わないって選択したの。亡くなった母親を偲びたいという事で十歳の時に修道院に入ったの。そしたら一緒に連れて行ったペットのヤギのカルマが聖獣と分かったの」
「フフン。一回目の人生だと僕は発育不良って言われてたけどねー。二回目の人生では教会から与えられる高級な草を食べたら、すぐに大きくなって、言葉も話せて人の姿にもなれるようになったよ」
得意げに話すカルマの顎を掻きながら、私は続きを話す。
「聖獣は教会で大切に育てられるけど、ヤギの聖獣と言うのは悪魔の契約書を食べる能力があるから異端審問が引き取るの。それで飼い主の私も一緒に異端審問へ入ったの」
カルマが連れて行かれる日に私も異端審問官になる事を決意した。十二歳の時だった。
異端審問官とは悪魔と命がけの戦いを強いられる。それは肉体も魔力もそうだが、それ以上に精神力が強くならなければいけない。十二歳の私はキツイものだった。でも火あぶりにされた記憶もあったからそれに比べたらまだマシと思って修行に耐えられた。
私の二回目の人生は話さず、とある人物の話しをカレンにする。
「二回目の人生の時、私が異端審問官補助でとある国で勇者と呼ばれる少年にあったの。なんでも自分は別の世界から来た人間で突然、ここに来てしまって、なぜか勇者と呼ばれて森にすむ魔物を倒せとその国の神官に言われたらしいわ」
「それで行く勇者と呼ばれる少年も結構、従順だよね。何って言ったっけ? 【ニホン】って言う世界から来たみたいだよ? 知っている? カレン嬢?」
ハッとした顔になったカレンだったが、すぐに不審そうな目で私達を見る。おやおや、何か知っているようね。
この反応に私は満足しつつ、話しを続ける。
「でも異端審問として異世界から召喚された者は悪魔と見なすの。現に神官は違法な魔法で彼を召喚して、善良な魔物を退治しようとしていたんだから。彼らの存在は我々の世界を大なり小なり変えて、人々の争いを産む可能性があるから」
「……それで、勇者を異端審問はどうしたんですか? 殺したんですか?」
カレンは不安そうに聞いてきた。そりゃそうだろう。もしかしたら自分が火あぶりにされるかもしれないのだから。
私は意味深げな笑みを浮かべて、首を横に振った。
「いいえ、殺さなかったわ。彼は無理やり召喚された可哀そうな悪魔だったからね。元の世界へ帰してあげたわ」
「意気揚々と勇者をやっていたけど、この世界に慣れないし、魔物は怖くて殺せなかった。もう自分の世界に帰りたいって自分で言ってきたよね」
面白げにカルマは言うが、勇者だった少年も一人ぼっちでこの世界に来て、いきなり魔物を倒せと言われたら困るだろう。従順に勇者をしていたけど、結局は魔物のいる森で逃げ回っていただけだったし。
「でも彼が帰る前にいろんな話しをしたのよ。彼の世界の文化、【ゲーム】とか【ショウセツ】や【マンガ】って呼ばれるものも教えてくれたわ。丁度、彼のように異世界に召喚される物語もあるそうよ」
カルマが楽しそうに「カレン嬢も読んだことがある?」と聞くと、彼女は首を振った。
「カルマ、この子は女の子なんだから恋愛モノの物語が好きだと思うわ。きっと多くの男性を虜にして、結婚相手を一人選ぶって言う感じの物語じゃないかしら?」
「ああ、そうだね。そして言動を間違えて男性に振り向いてもらえなくても、【ループ】と言う時間が戻る能力で元に戻れるお話しかもね」
わざとらしい私とカルマの会話をしていたのに、カレンは俯いて何を考えているか分からなかった。
「彼を無事に元の世界へ戻してあげて数年くらい異端審問の仕事をしていると、私は再び十歳に戻ったの。これで私とカルマは確信したわ。異世界からやってきた子が自分の思い通りにならないからループして時間を戻しているってね」
「……」
「それで今回、三回目の人生はまず異端審問に入って修行する。でも十六歳になったら、フランリス魔法学園に入学して青春を送りつつ、異世界から来た人間を探したの。それで君を見つけ……」
「ごめんなさい!」
そう言ってカレンは机に突っ伏して泣き出した。さっきまでの態度から一転、「ごめんなさい」と何度も謝る。
突然のことに私は驚いて「え? 大丈夫?」と立ち上がり、カルマも慌てた。
「私、確かに日本からやってきました。そしてここが昔やっていたゲームの世界だったことも」
カレンがやっていたゲームでは、男性にお話ししたり、プレゼントをしたり……と恋人になれるように様々な選択して仲を深めていくものだった。アックスやルッツアもゲーム内にいて、カレンが日本にいた時は彼らも恋人にしていたようだ。
そしてゲーム内でもレオン王子は恋人候補の一人だったようだ。
「……ちょっと待って! レオン王子には婚約者のマリーがいたはずよ」
「はい。でも婚約者のマリーがいてもレオン王子も攻略可能のキャラなのでゲーム内では恋人になれる設定です。ただすごく難しいし、ここに来る前は結局恋人にはなれませんでした」
「はあ……。なるほど」
「ゲームをやっている最中、この世界に連れてこられて私も主人公と同じように振る舞っていました。そうしないとまずいと思ったので」
「それでレオン王子と結ばれるように振る舞い、出来なかったらループしていたって事?」
私がそう言うとカレンは涙を流しながら頷いた。
カレンがあっさりと白状してしまい、私もカルマもちょっと拍子抜けしてしまった。もっとはぐらかしたり、嘘を言うと思っていたのに。
彼女の部屋に隠されていた契約書には、ここの住人のように振る舞い、王子やアックス、ルッツアのどちらかと結ばれるように行動し、出来ない場合は時間を十歳の時までに戻せ、と書いてあった。
この契約書を作り、カレンに送った人間はすでに捕まって厳しい取り調べを受けている。
この子も突然呼び出されて、契約書通りの事をしろと強制された。上の考えは契約書を破棄して、勇者と同じように元の世界へ帰すと思うのだが……。
「あの……。私、元の世界に戻りたくないんです」
「……え! なんで!」
「実は元の世界では私は病気で死にそうだった時にやってきたんです。でもこの世界だと健康な体になっていました。だから元の世界に戻ったら死んじゃうかもしれないんです」
泣いて目が真っ赤なカレンはものすごく申し訳なさそうに言う。
……あー、なるほど。だから素直に認めたのか。素直に認めた方が、この世界に居やすいと判断したのだろう。
「わがままなのは分かっています。でも出来るなら、この世界に留まりたいです。もちろん、レオン王子やマリー様、学園のみんなには謝罪します」
「うーん、あなたの気持ちは分かったけど、私の一存じゃ決められないな」
「一度、上に報告だね」
こうしてカレンの考えを報告して、改めて上司達が面談をした。
「カレン嬢の希望が通るかな?」
「うーん、どうだろう。あの勇者とは事情が違うからね」
でも私は彼女に対して、まだモヤモヤした物を抱えていた。
更に一か月くらい月日が経ってカレンは、この世界に悪影響を及ぼす事をしない、契約書の事は話さない、しばらくは修道女として教会系列の修道院に入るという条件で私達の世界に留まる事が決定した。
*
「良かったね、カレン嬢。この世界に留まる事が出来て」
「ええ、でも入学前に住んでいたお家の人達とは一緒に暮らせないの?」
「あの老夫婦にカレンの事を孫娘って思わせる洗脳魔法が使われていたの。それで私の同僚が全部解いたからカレンの事は忘れている。申し訳ないけど、一緒には暮らせないな」
私が答えると「そう……」とちょっと落ち込んだ顔になった。洗脳されていたとはいえ、彼女の事を家族と思って優しく接してきたんだから、彼女が落ち込むのも無理はないな。
蠱惑的な白髪の人間の姿になったカルマは「残念だけどねー」と同情した。
「学園のみんなも私の事を忘れているんですよね」
「そうだね。君に夢中だったアックスもルッツアも異端審問の聞き取りをしたところ、忘れてしまっている。こういう点があるから、すぐに君がこの世界に居られる事になったのかもしれないね」
あんなに夢中だった男性陣もコロッとカレンを忘れる。魔法とはいえ切ない。三年間のカレンの思い出が存在しないって事になるのだから。
悲しい顔をするカレンにカルマは明るく励ましてあげた。
「大丈夫だよ。カレン嬢が行く修道院はいい所だよ。何せ、僕たちが昔、住んでいた修道院だから。いい人ばかりだし、そこで新しい生活を始めるのにぴったりさ」
「そう」
不安そうな顔でカレンは言った。
私が先導して契約書の書き換えを行う部屋を案内していると、カレンは「あれ?」と何かに気が付いた。
「あら、あなたの杖って学園にいた時の物じゃない」
「うん。使いやすいからね」
「異端審問だから特別な杖とか持つと思っていたけど」
「特にそう言う事は無いよ」
真っ黒な詰襟の異端審問の制服を着ているのに、杖とホルダーが学生ものなのがちょっと不思議に思えたようだ。
そんな話しをしていたら部屋についた。最初にカレンと話した部屋だ。彼女と入るとすでに机には契約書と羽ペン、インクがあった。
「それじゃ、契約書の書き換えをして、君がこの世界に居られるように……」
その時、私がホルダーに入れていた杖のカレンが盗った。盗られたと気づいて振り向いたが、もう遅かった。
私に向かってカレンは呪文を言い、私に火炎魔法をかけた。
私の身体が燃え盛るのをカレンは暗い笑みを浮かべながら机の上にあった契約書を手に取った。
「これでまた元に戻れる」
カルマが緊張感のない声で「つまりループするって事?」と言った。人間の姿で壁に背を預けて余裕な雰囲気でカレンの犯行をのんびりと眺めていると、なんだか本当の悪魔のように見える。
「主が燃えているのに薄情なのね。でも大丈夫。あなたの主もループすれば生き返るわ」
「主は君と一緒で記憶を持ってループするけど」
「大丈夫よ。再び学園の彼らと会って、根回ししてこの人を潰せるから」
「なんで、また元に戻るの? 修道院も悪くないよ」
「私はね、豪華な暮らしがしたいし、みんなに愛されたいの。修道院なんてまっぴらごめんよ! それにレオン王子と結ばれれば、お姫様になれる。素敵な事じゃない!」
カルマは「ヤバいね」と言い、天井に向かってこういった。
「法王様、異端審問長官様、契約書を食べてもいいですか?」
『仕方がない、食べてよし』
『食べなさい、カルマ』
天井から視覚魔法で見ていた法王様と長官はそう命令をすると、カルマは詰襟の懐から折り畳んだ契約書を出して、一枚ずつ食べ始めた。
カレンは「え? 何?」と戸惑っているとカレンの足からゆっくりと消えいった。それに気が付いて「いや!」とカレンは慌てるが、どんどん消えていき足首まで消えてしまった。
「どういうことなの?」
「本物の契約書は僕が持っていたのさ」
ニコニコで笑いながらカルマは契約書を食べる。人間の姿で紙の契約書を食べる姿はちょっと間抜けにも見える。
「じゃあ、私が持っている契約書は偽物? なんで?」
「君が本当にこの世界で生きると言うのは、私は不安だったの」
カレンが更に驚愕な表情を浮かべて、私はちょっと嬉しい。
真っ赤に燃え盛る体で立ち上がる私にカレンは「え? 化け物……」と呟いた。
「化け物は酷いな。異端審問って強靭な肉体と精神力を持たないといけないのよ。だから貴族が一般常識で習う火の魔法も肉体強化で耐えられるように修行もさせられるのよ。まあ、普通の人には熱くて仕方が無いだろうけど」
そう言って私は埃を払いのけるように身体についた火を払いのける。うん、軽い火傷も無さそうだ。
「それに一回目の人生では火あぶりにされて君に殺されたからね。カレン、君は大嘘付きだから」
カルマがゆっくりと、ただペースを崩さずに契約書を食べてカレンの身体は腰辺りまで消えてしまった。
「一回目の人生で、私に濡れ衣を着せたのはあなたでしょう? カレン」
「……」
「マリーが毒を飲む行為は知っていたけど、どうやって防ぐのか、自作自演と証明できるか分からなかった。そしてマリーが毒を飲みカレンが盛ったと罪を着せられる。そこであなたは私に罪を被せた。アックスとルッツアにお願いして、私がやった嘘の目撃情報や医者の証言も消させてね」
「……」
「今回の人生だってアックスとルッツアはマリーに濡れ衣を着せられるって君を庇ったでしょ。しかもあなたはマリーがやってもいないイジメをしているって嘘までついたし」
「……だって、……私は火あぶりにされたくなかったの」
「奇遇だね。私もそうなの」
カレンは「でもさ!」と強い口調でこういった。
「ループで無かった事になったでしょう! あなたの死は!」
「私の死はなくなったけど、記憶は残っているの!」
カレンが押し黙り、私は睨みつけながら話す。
「あなたのおかげでループして生きているけど、まだ恐ろしいの! 夢で火あぶりにされた事もみんなに信じてもらえなかった事も、マリーに裏切られた事も! すべて記憶に残っているのよ! 無かった事にしてあげたなんて、ごう慢もいい所!」
「……」
「それにあなたがループするのは豪華な暮らしをして、チヤホヤされたいからでしょう。だって二回目のループをした日は卒業パーティーが終わって、一か月ほど経った頃だったわ。恐らくあなたは卒業後の生活が気に入らなかったから、ループをしたんでしょう? 契約書には絶対に王子と結婚するまでループするという強制力はなかったもの。あなたの下心は分かっているわ」
カレンは押し黙り、俯いた。
むしゃむしゃとカルマが契約書を食べる音だけが響き、カレンが振り向く。後一枚でカルマは契約書すべてを食べ終わる。
すでにカレンの身体は肩から消え失せていた。
絶望の中、カレンは叫ぶ。
「お願い! 助けて! 消えたくない!」
「人生は一回きりなの。ループで無かった事にするっていう考えは悪魔のようだわ。異端審問として見過ごせない」
「私は死ぬの?」
「ううん。カルマが契約書を食べると契約が無かった事にされる。だからあなたは元の世界へ戻るだけ」
カレンは小さく「嫌だ」と呟いたが、カルマは最後の一口を食べ終わると彼女はこの世界から消えていった。