8里ほど先のレイレスティオ共和国
「お師匠…レイレスティオ共和国という国は何を主軸に発展しているのですか?」
二人は共和国入りしてからすぐの食事処に入店し、長い距離を歩き疲弊した心身を癒すためにまずはポーラの要望通りお腹を満たすことに決め、今ここに至っている。
注文してから間もなく料理が配膳され、我先にとポーラが食事にありつき始めた時、ふと疑問に思い聞いている状況である。
「前提として、まず明確な長がおらぬ国でな。国主は投票制度を用いて、共和国に籍を置く民から選ばれておる」
(まず言うと、この国は長が国民から選出される〝選挙制〟を導入している国なんだ)
「ほえ~、そこらの人が急に頂点に立つことも出来るってことですかね」
「うぬ、粗放な言い方をしてしまえば確かにそうじゃ…が、こと詳しく言うなら『とある組織を統べる』という条件があるでな。易々とは選ばれん仕組みになっておるの」
(まあ、雑に言えばその通りだ。しかし選挙に選出される人物は特定の業種の長が主になってる)
元来、共和国というのは『一個人に限定して国家元首の地位を持たせる』ことをさせず、国に属するすべての人物が国家の所有や統治上の最高決定権を有するという仕組みで成り立つ国である。
簡単に言うなら、総理大臣という役職を廃止し、国民全員の意見により国の推移を決定するということ。
組織ごとに長を立てることはするものの、あくまでもその立場は組織に属する人物全ての意見を取りまとめ総合して組織の意見とし発言をするものであり、一個人が全てを決定するという仕組みは本国では執り行われていない。
「尤も、お主の求める回答そのものかどうかは図りかねるがの」
(主軸が何を指すかは知らないが、一先ずはそういうこった)
「王様がいない国とは不思議です。でも、いなかったらいなかったで争いの火種とかあったりしないんです?」
「無いとは言い切れんが…事の中身次第じゃな」(そりゃあなくはないが、モノによるな)
「ふむむ~~」
聞きながら料理を頬張るように口へと運ぶポーラの姿を見て、ロイリーヌは微笑ましい気持ちになる。
(まさかエルフ族が食い意地の張ってる種族だ~なんて、元の世界の友人に言っても信じてもらえねえだろうな)
その視線に何か意図を察したのか、ポーラは口内の食事を咀嚼して胃袋へ送り込んだ時、不意に言葉を投げる。
「何か失礼なことをお考えではないですよね…?」
無表情のままで眼は閉じているはずなのに、なぜか鋭い視線を感じた気がした。
「なぁにを言っとるんじゃお主は~?」(な、何のことやら~?)
唐突だったので言葉の変換も微妙に戸惑いを残しているのが憎らしい。
「むう。……そういえば警備門で隊長さんを紹介した時に『ロベルド様』と言ってたんですが、お師匠の通称ですか??」
「わらわじゃのうて、兵士長が勝手に付けおっただけじゃ」(あの人が呼び始めただけだよ)
彼女のフルネームは「ロイリーヌ・ベルブラッド・アウレニゾフ」。
今まで関わった人によって様々な呼称を付けられており、そのうちの一人である兵士長改め現警備隊長が付けた呼称は彼女の名前から4字を抜き出したものである。
これは当時、彼女が『本来の名前が独り歩きした結果面倒なことに巻き込まれる』と懸念していることを彼に話したが故、この時点ですでに大きい恩を受けていた彼が気を遣って呼び始めたものだった。
「パッと聞いただけでは男性っぽいお名前ですもんね。でもお師匠はお師匠なので、私はお師匠とずっと崇め奉りますよ!」
「お師匠はやめいと言うに!」(お師匠は勘弁してくれよ…)
ポーラの盲目的な信望に対し、魂の声とは裏腹に恥ずかしそうに声量を少し上げたロイリーヌ。
このやり取りがなされた直後、店の外から騒ぎが起き始める。
「…なにやら騒がしいのう」(何が起こったんだ?)
「お師匠!ちょっと私見てきます!」
ポーラに放り付く雰囲気がまとい始めた時、ロイリーヌが目を瞬く隙に目前から姿を消した。
「まったく…気を急いた誇りが空を切らんとよいがの…」
(あいつは正義感が強いから、空回りしなきゃいいけど…)
師匠と崇められることに辟易としながらも、まるで愛弟子を心配するかのように気をかける。
それとは別に、外で起きた騒ぎになにやら一つ違和感を覚え始める。
(しかし、ここで騒ぎが起こるなんて余程のことだ。一体何十年ぶりか…)
自身の身体とは裏腹に重い腰を上げて勘定を机に置いた刹那、彼女もまた蜃気楼のようにその場から姿を眩ませた。
「―――……」
ポーラが次に姿を現したのは、共和国の象徴ともいえる大きな噴水を中心に据えた広大な広場だった。
「騒ぎがしたのはこの辺りのはず…」
言葉が終わると同時に大きな声が轟き響く。
「畜生!!横領だと!?俺が一体何をしたってんだ!!」
横領。
それは他者もしくは企業などのグループが所有する財産を、恰も自らの所有物かのように取り扱い、多くの場合は水面下のうちに密かに行われる犯罪行為である。
状況を鑑みるに、騒ぎの張本人は横領の罪を着せられたことに憤慨し、公衆の面前で怒り回っている中年の男性のようである。
目を凝らしてよく見ると、小柄の棒を持っており、かすかに光を帯びている。
(横領…!? 王国では何度か耳にしたことはあれど、この共和国からその不祥事は私の知る限り起こってはいないはず…)
「一体どういう状況なんです?」
「それが…さっきからあの調子で走り出しては慟哭したり憤慨したりと大変な状況さ!見てて痛々しいと思うよ…」
どうやら数刻ほどあの状況が行く先々で続いているようである。
話を聞いたポーラがさらに踏み込んで聞いたところ、件の男は横領の罪を議長より宣告され、余談も許さないまま議会を追い出され、彼の所属する武術組織の多数決方針により組織の長の地位までも剥奪されたという。
その結果を表しているように、彼は目が血走っており、周囲の目線や抑制にも耳を貸さないほどの状態にまで悪化している。
(このままだとまずいことに…!!)
ポーラは耳を疑うと共に、男の眼前まで足を進めた。
表情こそ無表情かつ閉眼状態のままであるものの、心中はとても穏やかではなく、頬を伝う汗がそれを物語る。
目前まで到達する時に激情に駆られて攻撃を受ける可能性も危惧していたが、周りが見えていないのかそれとも危害を加える目的はないのか、すんなりと手前まで近づくことが出来た。
「御仁!一体どうしたというのですか!」
肩に手をかけて声をかけると、男の血走った目は弱まり、人の声を聞けるくらいまで鎮静する。
「…お、俺じゃないんだ…横領なんて、俺はやろうとすら…」
「なら何故そのことを強く主張しないんです!?」
「したさ!だがあの議長、俺の意見なんて聞きゃあせずに追放し、あまつさえ現職も…!!」
彼が言葉を言い終わる直前、引いていた目の赤みが再び浮き上がり、右手に持っていた小柄の棒をポーラに突き立て叫ぶ。
『5C・焔爆弾!!』
瞬間、ポーラの前に火の球体が発現する。
思いもよらぬ技能の発現に対処しようとするポーラだが、彼女は焔属性の相克対象である雫属性の適正は持っておらず、一瞬戸惑いはしたものの―――
『7C・瞬呪縛!!』
元々焔属性の適正を持っていることが幸いした。
さらにもう一つの属性を加え、眼前で大きくなる火の球体を囲う形で抑制能力を底上げする。
男が意に介さず技能に力を注いているように見えたことで、ポーラはもう一つ術式を組む。
「―――彼は冤罪にかけられた、と考えるのが妥当でしょうね。申し訳ありませんが、少しばかり大人しくなってもらいますよ!」
『9C・閃呪縛!!』
ポーラの上空から発現する多数の大きな光の輪が、彼の身体に合わせるようにサイズを変えながら拘束していく。
棒を持つ手も輪に絡め、二の手を継がないように念押しする。
「があ…あああ……!!」
男は藻掻き苦しむ。
その様を見るポーラはかなり大きい違和感を抱いた。
(なぜこんなに苦しんで…この技能にそんな苦痛を与える効果は……!?)
閃呪縛は有体に言うならば、今描写したように多数の大きな光の輪によって対象者のサイズに合わせ拘束するという術式である。
光の輪に抵抗するために最低限動くことは出来るが、何重にも絡めた光の輪の拘束を外すことは叶わないし、またそれによる苦痛を与える効果もない。藻掻くだけで苦しむことはまずないのだ。
それなのにこの苦しみ様は、ポーラにとっては明らかな異常事態である判断を下すには十分すぎる。
「まさか、冤罪のためだけに術式を―――!!」
何かしら行き着いたポーラは青褪める。
そんなことが出来る人物は知らないが、しかしこれが出来るとなると、相当な実力者に違いない。
事ここに至ったポーラに次の手は用意されていない。
(そうだ、お師匠に相談すれば―――)
拘束した男を傍にあったベンチに一旦移し置き、ポーラはロイリーヌの元へ駆けようとする。
その頃、ロイリーヌはというと―――
本編に出た技能についての効果を記載します。
*C:技能レベルのこと。*には該当するレベル数が表記される。
・焔爆弾
クラスに応じた火の球体を発現し、相対する敵に対して発射・放射する、焔属性の技能。
5Cはサッカーボール程度の大きさ。
・瞬呪縛
炎のような光の網で対象を包み、対象が持つ威力を軽減・無効・反射する、焔と*の複合属性技能。
7Cは大きい人間を囲えるほどの範囲を持ち、効果を無効にする。
・閃呪縛
発現させた多数の光の輪で対象を拘束・捕縛する、*属性の技能。
9Cは数字通り9つの光の輪を生み出す。
*属性については以降をお楽しみに!