6(碌)なことにならない
「実はですね――――」
辺境警備隊の隊長だと言った彼女、ポーラはロイリーヌからの二度目の問いかけに、一度目の時とは比にならないほど明確に動きを見せた。
同時に彼女の顔に汗が一筋流れ落ちる様も垣間見える。
「…二度も聞いて済まぬな。お主から話せなんだら致し方ない」
(話しづらいならいいんだ。二度も聞いた自分が悪かった)
さすがに礼儀を欠きすぎたかと謝罪したロイリーヌだったが、ポーラはその対応を受けて逆に顔を上げて語り出す。
「―――貴女が看破した通り、私は『ハイエルフ』であります。しかし、この世に生を受けたのはつい最近…人間でいうと凡そ2歳程度、若輩者にも足らぬ未熟者です」
この世界では人間の年齢とエルフの年齢はかなりの差がある。
仮に人間を1とするなら、エルフは4となるが、ハイエルフはさらに3倍掛けて12となる。
通常、人間が成人として取り扱われるのは、ロイリーヌの魂が元いた世界では18歳。
これを基準に計算するなら、ハイエルフである彼女が成人として取り扱われるためには216歳を越えなければならないことになる。
その彼女が自身の齢を人間でいう凡そ2歳程度と現したということは、少なくともハイエルフ基準で20歳から30歳くらいであると推測できる。
外見は人間の成人したての女性のように若々しいが、実年齢が成熟していないことに彼女の抱える不安の一端を見た。
ロイリーヌがこの一言でかなりの情報を推測し、いくつかの仮定を脳裏に浮かべたが、一部最も忌むべき仮定があることに背筋を凍らせる。
(まさか、な…)
ロイリーヌも一筋の汗を流し、ポーラの二の句を待った。
「私はハイエルフの中でも比較的、身体の成熟が早かったそうで…周囲にいた同期たちは今もまだ幼少の姿のままであるのに、私は今やこの出で立ち。学業に勤しむ最中、口にすることも憚られるほどの妬みや嫉みに、ずっと身を晒し続けてきました」
彼女が言葉を紡いでいる途中にも、流れ落ちて行く汗は一筋二筋だけに留まらなかった。
言葉を受けたロイリーヌが表情を一気に曇らせたのは、先に推測した最も忌むべき仮定の条件にほぼ一致する出来事であったのだと理解してしまったが故である。
「あまり考えとうはなかったが、その目が開かれぬのは、やはり…」
(君の目が閉じたままなのは、やっぱり…)
「っ……、ご推察の通りです。表情を豊かに変えられないことも、左の目尻に付いた微かな傷も…」
彼女の声が震え始め、閉じたままの目から涙が滲み出す。
ロイリーヌの推察はこうである。
先にも述べた通り、通常ハイエルフの20代30代というのは、人間でいう幼少期に当たる。
身体的にも精神的にも成長途上であり、本来なら必要な知識を蓄えながら心身の鍛錬に気を遣い始める大事な時期である。
有体に言うなら、遊び盛りの時期であるのだ。
小学生のクラスに一人大学生が混じって授業を受けるのと同じような感覚だろう。
当然ながら心身共に成熟していない幼少期~少年期の同期は一人際立っている彼女を不気味に思い、彼女を的に様々な言動をぶつけては精神を削らせていった。
都合の悪いことにエルフ種は人間以上に優位性を重視する種族であり、突出した人物はまさに『出る杭は打たれる』状態になることが多い。
意図することなく彼女は矢面に立たされ、数え切れないほどの罵詈雑言や妬み嫉みを受けてきた。
つまり、左の目尻の微かな傷と閉じられたままの両目は、そういうことが原因だったのだ。
「いつの世も人は醜く愚かじゃが、まさかこの世の林人も愚か者が多いとはのぅ…」
(人間は人間で禄でもないが、ここのエルフも大概禄でもないな)
「いえ…その点についてはもはや言及を諦めていますが、原因は他にもあります」
ポーラは唇を震わせながら、ゆっくりと一つ一つ話していく。
「元々、我らエルフ族は先天的な属性の適正だけに留まらず、全属性の適性を得ることを基本とする種族です。先天的に得られるものと後天的に修得するものを全て終わらせられるための年齢に制限がかかっており、その値がエルフ齢にして20までと決められているのです」
「後天的に得るはずじゃったものが、お主には届かなんだ…と?」
(修得する期間が間に合わなかったとか…)
「厳密にはそういうことになっております。しかし、そうであるだけなら今ここにはいないのです」
聞くだけで割と最悪に近い状況にあることを悟らざるを得なかった。
ポーラが今発した言葉を、ロイリーヌはさらに推測していく。
ほんの数十秒ではあったが、思考を張り巡らせていると、それらしき回答に行き着いた。
(なるほどな…今の俺の身体が持ってる頭脳は、そういうことだと答えが出ている。つまり―――)
「得られたはずの属性が代償となり、お主のその姿を顕現させた―――そんなところかの」
(今の成長度が、後天的に得られる属性を代償にしたものだということだな)
ポーラの目は閉じられているので見開くことはできなかったが、しかし目を見開きたくなるほどに彼女はとても驚いた。
たった数回の言葉のみで事の真相を言い当てて魅せた眼前の幼女に、驚愕を禁じ得なかった。
(その答えに辿り着いたのは、私だけだったのに―――)
ポロポロと涙を零し始める。
惨状を思い返して痛かったのか、針の筵で辛かったのか、理解されなくて悔しかったのか。
はたまた、初めて理解してもらえて嬉しかったのか。
様々な想いが交錯する中、ロイリーヌは席を立ち、隅に立てかけてあった古びた杖のようなものを手に取る。
(俺がここで得た知識の方が長いとは思うが―――)
(正直、元の世界にいた時のイメージの方が、ずっとやりやすいかもしれない)
瞬間、ロイリーヌの周囲の大気がふわりと微かに光った。
涙で顔を俯かせていたポーラがはっと顔を起こしてみると、今まで感じたことのないような温かさを目に見たかのように感じ取れた。
それも一瞬だけの出来事ではあったが、何だか目が熱くなってきた、そんなに泣いているのだろうか、と思ったポーラは、ハンカチを出して瞼を押し上げるように涙を拭きとろうとする。
瞼から現れた美しい翠の色合いが映える瞳が、不思議なことに眼前の光を受け入れていた。
一生見えないだろうとハンデを背負ったあの日以降、瞼を開けても光が指すことのなかった瞳が、今ここで再び希望を照らし出してくれている。
「そんな―――こんな、ことって……!!」
不幸や不運に苛まれることでしか流れなかった涙は、今喜びと希望に満ち足りており、そこに留まらない感情がそれとなってとめどなくあふれ出てきた。
二度と見えないだろうと覚悟した瞳の向こうの世界が、再び自らの目で確認できるようになった。
(……ふぅ、何とかなったか…さすがに、この世界のものじゃないとキツイな)
ロイリーヌの魔力表示が変動して表示される。
≪MP 1/ 65535≫
「苦悩をこれ以上口にはさせとうなくての…不意に手を出してしもうた。瞳の具合はどうじゃ」
(目は見えるか?つらいことをこれ以上喋らせたくなかったんでな…勝手に治しちまったが)
改めてうっすらを開けると、目の前の人物がハッキリと見える。
いたいけな顔作りな上にずんぐりむっくりな体つきだが、老齢を感じさせる目の鋭さと百戦錬磨とも思える風格を醸し出す雰囲気がそれについてきている。
それは彼女が願ってやまなかった―――
全属性の完全適正を備えた、一流の技能使いの一つの姿であった。
「わらわが手を貸してやれるのはこの程度じゃ。十分かの?」
(助けになれるのはこんくらいだ。大丈夫か?)
「十分なんてものではありません…十全にありがたいです」
この後ポーラはしこたま礼を言い、生態調査に来ていた目的は一先ず後に回すそうで先に辺境へと戻ることにしたそうな。
今回のように、過去の重苦しい話を聞くことを苦手としていたロイリーヌ…の、魂はすっと解決出来てさっと今後を明るく照らそうと彼女に施したのである。
これからの人生が彼女にとって前を向き続けていられるような、そんなものであってほしいと願った。
その彼女がここを出てから7日後のこと―――
「師匠っ!!」
「(おわぁぁあっ!!?)」
なんと、彼女は目を閉じたスタンスのまま、再度ロイリーヌの元へ訪ねてきたのである。
しかも今度は――――
「師匠!本日より私、ポーラ・エニス・ベルハルトは、辺境警備隊長の座を返上し、大恩あるアウレニゾフ様の弟子 兼 専門警備兵としてお仕えし研鑽したく思います!!」
これまた無表情で言うものだから不気味なことこの上ない。
「こりゃア何なんぞお主よ!?わらわが手掛けた瞳は!?表情の変化はどうしたんじゃー!!?」
(いったいどうしたってんだよ!?てか治ったろ目!無表情!!)
「今から独学で鍛錬するのは至難の業かと思いまして!そこであの不思議でかつこの世のものとは思えない属性の気にあてられてなのかもしれませんが!私は直感で貴女様より師事を賜ることで鍛錬するとともに成し得ることを諦めた全適正への目標を再度持ちたいと思い!貴女様の崇高な知恵を不肖ながらご教授いただきたく思った次第であります!!」
(「怖い怖いわ!無表情で愛みたいなモン語るなぁぁぁぁあ!!」)
この日から、ロイリーヌは一人ではなくなったのである。
そして、展開されてはいないが、ロイリーヌのステータス項目には、バグのような不思議な一行が加えられていた。
≪回フ、|ヽフ、ヘ⑥ノレ 〝]/;ザレ@.\]^.ン〟≫
≪MP 65537/ 65535≫