3つの感情、響き渡るも…
経緯については前回語った通りである。
元々は男性として元の世界で過ごしていたが、色々あって気分が高揚していたが故に重大な交通事故に遭い、今ここに至る。
「わらわ、確か…趣向の印象を知己と語った折りに、凄まじい衝撃を体感したような…」
(俺、確か…アニメの感想を親友と話した帰りに、すごい衝撃を受けたような…)
「(…ん?)」
ここでようやく“彼女”は違和感に気付いた。
余談だが、変換前後で言葉が一致する場合は、その時の感情によって稀に“彼”だった魂の言霊が前に出ることがある。
表現上、括弧書きが逆になることがあるが、本編では仕様であることを明記しておく。
この場合は通常通り、魂の言葉よりも本体の言葉が前に出ていることを示す。
「何故かわらわの言葉が異なって耳に入るようだが…?」
(なんか俺の言葉が違って聞こえるような…?)
感じた疑問に首を傾げる形で視線を上に向けると、無意識に出していたステータスウィンドウがそこにあることに気付く。
(「ぬおっ!?」)
思わず間の抜けた叫び声を一瞬上げた。
この場合は本体の言葉を押し退けて、魂の言葉が強調されていることを示す。ただし、声色が元の“彼”だったものに置き換わることはない。
「何ぞこれ…!? わらわのステータスウィンドウかやこれ!?」
(何だこりゃ…!? 俺のステータスウィンドウかこれ!?)
驚きを隠せないながらも、表示されているステータスを確認する。
しかし今初めてこれを確認したのなら、何故自分の職業が『ロリババア』であることを理解していたのだろうか。
そこに一つの矛盾を感じる。
「どれどれ…今のわらわの名は…」
(なになに…今の俺の名は…)
≪名前 ロイリーヌ・ベルブラッド・アウレニゾフ≫
(「長いわッ!!」)
思わず元の世界でいう『ツッコミ』の際に行う手の動きが出てしまった。
自然とその所作が出てくるほどには、身体状況に問題はないと思われる。
「ふむ…名称はともあれ、じゃ」
(まぁ…名前はともかくとして、だ)
自らの体を不器用に動かし、ベッドから身を離して立ち上がったところで、ベッド側に向いている鏡台の前まで歩を進める。
目線や歩幅が以前の感覚と違うのか、一部上に盛り上がっていた床木材に躓く。
片足立ちでたたらを踏み、体勢を崩してこけそうになっていたが、すんでのところで踏ん張った。
「ぬおぉ…っとと」
(うおっと)
慣れない足取りで鏡台前まで歩み寄り、自らの身体を加味して作られたのかやや小さめに設計されている木製の椅子へと腰掛け、鏡越しに今の自分の姿を確認した。
椅子の設計が示しているように彼女の身長は低く、顔の作りも幼さが目立つため、お世辞にも大人であるとは言えない外見。
服装に至ってはお洒落に気を遣ってるとは言い難い、黒にも見えなくない紫黒色のローブのみが映っている。
流石に下着は気を遣っていてほしいところではあるが―――
「……小柄な体躯にあどけない顔つきだのはさておき、どうにも肌寒い感じがするのぅ…」
(……幼児体型・幼女顔なのは仕方ないとして、どうも下がスースーする…)
(というかわざわざ声に出して確認せんでもいいよな…?)
“彼”の思いはさておいて、本人の言葉通りに受け取ると、どうやら下着について気を回してはいなかったらしい。
となると、今身に着けている衣類は紫黒色のローブのみである、というわけだが、その辺りの解決方法についてどうするのだろう。
(まずは衣服をしっかりしておきたいな。っつーか元の身体の持ち主は女性ながら痴女みたいなこの状態でずっと過ごしてたのか?)
元の世界に於ける環境が整っていただけに、衣類事情はしっかりしている。
薬草などの素材が仕舞われた棚の方へ向かい、いざ各段を確認して見るものの、最下段に同じようなローブが2着3着程度仕舞われている程度であり、他の段に至っては前にも語った通り薬草類や薬瓶の類がほとんどであったため、目的のものが見つかることはなかった。
(いくら自分がロリババアだっつったところで欲情なんか出来ねえし、冗談だったとしてもローブ以外全裸同然ってのは性別関係なく勘弁してほしい……)
その上、外からはかなり冷えた風が入り込み、彼女は身震いせずにはいられなかった。
着衣1枚だけでこの冷えた風の中過ごすのはある種自殺行為ともいえる。
仮にこの風が入らなかったとて、彼は変わらず身支度を優先していたことだろう。
(こういう時に魔法だの何だので解決できる世界だったらな…)
と、表示しっぱなしのまま追従しているステータスウィンドウに視線を向ける。
すると、気になる項目が一ヶ所目に留まった。
≪ス];キ@ル^ 創造:Lv8≫
(創造レベル8…?)
詳細を調べようと、対象項目に触れようとしたのか人差し指を近づけてみると、今表示しているウィンドウの手前に新たなウィンドウが開かれた。
そこには以下のように記されている。
≪創造:Lv8 自身の思い描いたものを具現化し、現存世界へ永続的に発動あるいは定着させる。衣類や武具類を含む物質、魔力を帯びた魔質、禁界または五系を外れたものを除く魔法までが創造の対象。創造神アーシアの加護によりレベルを4上乗せして表示。魔力消費量:75≫
(創造レベル8……ま、まま、ままままま、魔法! これが魔法!?)
どうやら自身の魔力を消費して、思い描くものを具現化した上で現出させることのできるものらしい。
分類上スキルと表示されてはいるものの、魔力消費量の記述があるため厳密には魔法に類すると思われる。
ただ、何かしら表示がおかしいのが気にかかるところだが。
「見つけたのじゃーーーー!!」
(見っけたぜーーーー!!)
思いがけず魔法を使えることに喜びを隠せず、思い切り歓喜の感情を込めて叫び、ステップを踏んだ。
早速この魔法『創造』を使おうとするが、まず魔法の出し方を知らない現状を振り返り、一度は向上を続けた感情が一気に冷める。
(…そういやぁ、魔法ってどう使うんだ…あと自分の魔力はどんだけあるんだ…?)
奥側に表示を控えていた元のウィンドウを手前に持ってきて能力値を確認してみるものの―――
≪MP 74/ 74≫
と、表示がなされている。
彼女は涙ながらに、一度上げた叫びに今度は悲痛の感情を込めた。
「何でじゃーーーー!!」
(何でやーーーー!!)
この日、ログハウスから二度、相反した叫びが轟き渡ったのだが、これらについて誰も知る由はない。