あの時30(みお)くった相棒
「お主、どうしたのかや?」 (どうしたんだお前…?)
一人の幼女魔が声をかける。
「誰に聞いても教えてもらえぬのですぞ…Where is this?と聞いても、Dov'è questo?と聞いても、Où est-ce ?と聞いても、¿Dónde es esto?と聞いても、誰も一言も発してもらえぬのですぞ…」
一人の大男は、その場にへたり込む姿勢のまま絶望の色を顔に浮かべながら返す。
(こいつ……俺と同じ、地球の出身者か!)
この時、ロイリーヌ・ベルブラッド・アウレニゾフ、齢245―――<彼>がこの世界に転生してから、わずか一年後の出来事だった。
「あの時の吾輩は、それはそれはもう人の道を違えてしまいそうなほど精神を摩耗しておりましたなあ」
前回より時を経るごと七刻。
『ロプロス・バッファロー放牧場前』での作業の傍ら、当時の邂逅を思い返しているようである。
今のうちに過去の文に対し訂正を仕掛けておくが、二二の話時に勇者パーティのうち二人を『自身を含めて2例目・3例目の地球人』と言い表したが、正確に言えばロイリーヌの眼前にいるラムリディオスが本来の2例目である。
「うむ―――お主、当初は≪全てを覆いし大魔王≫の称号はおろか、大魔王の資質にも目覚めてはおらなんだのう」
(ああ、今でこそ大仰な大魔王として強烈な存在感を放ってはいるが、当時のお前はそんな片鱗見えなかったもんな)
「吾輩、その時は大魔王はおろか、アサト種の魔王族という種族ながら今のような魔力のかけらすらなかったものですからなあ。齢だけはみっともなく重ね続けてはおったようでありましたしなあ」
「しかし、一年を待たずして突如資質に目覚め、急激―――いや、超激とまで呼べるかの、それほどまでに速く、瞬く間に異能を究めるまでに到達した時は、さすがにわらわも目を疑ったものよ」
(でも驚きだよなあ。レベルが一気にカンストしかねねえ勢いで突然超成長するなんてよ。しかも最初の出会いから一年も経たねえうちにそうなったんだから、ドッキリか、そうじゃなきゃ夢かって思ったもんだ)
ロイリーヌが今話したように、邂逅当初のラムリディオスは≪全てを覆いし大魔王≫どころか、ごく一般的な魔王族としてすら資質を覚醒させてはいなかった。
だが、何をきっかけにこうなったのかまでは定かではないにしろ、この出来事からしばらくして彼女は朧気に仮説を立て、今に至るまで解明しようと動いては来たものの、未だ真実に辿り着けないでいる。
『世界八大の謎伝』に列挙されている『次代の大魔王覚醒』が示しているとおり、これもまた八項目のうちの一つである。
「やはり―――事ここに至れど真意は虚構の中、というわけですかな」
「じゃのう。今までも裏で様々な項に対し膨大な仮説を立て続けてきたのじゃが、はっきりと解けたと確信を持てる項は未だ無しという体たらくよ」
(んだなあ~…ありとあらゆる可能性を考えてはみたけど、それで謎が解けましたーって言えるような謎はひとっつもないもんな)
「吾輩本人ですら、言葉に違わぬ『突然』のことでありましたからなー」
地道な作業を続けつつも、二人は他愛のない話に興じているかのように淡々と昔話を織り交ぜながら言葉を交わす。
ついでに言うと、ロイリーヌが『世界八大の謎伝』の存在を知ったのは、ラムリディオスが完全に覚醒を終わらせてから二〇〇余年先の話である。
知り得てから現在に至るまで、彼女は禁忌とされているかの謎の解明を続けてきたが、本人の自覚する通りいずれの謎も解けぬまま無情に時を消耗した。
しかし、ここで矛盾が起きる。
前回、彼は六〇〇余年も前に、第二二代≪全てを祓いし勇者王≫『ガカルディ・デフ・オールドルム』と戦いを繰り広げた記録が残っているという話があった。
だがロイリーヌがラムリディオスと邂逅を果たしたのは齢245のこと―――今から四三〇年と少しも前の話である。
一見すれば当たり前のように「年代が違う」「勘違いではないのか」「記憶力に問題でも」など様々な憶測が飛ぶのも納得できる。
が、ラムリディオスの生きた年代に齟齬が生じているのは、偏に彼の種族が鍵になるのである。
「何はともあれ、あの時にベルブラッド氏に出会ってなければ、今の吾輩もなかったと感じてしまいますな。思えばあの時より我らは戦友として永い時を生きてこれたわけなのです故」
「今や時を越えて友情を育み続け合った、永き関係よな」 (ま、実時間以上に濃密すぎたし腐れ縁レベルで長い付き合いだしな。親友も同然だろ)
「種族は違えど、根幹は同士。吾輩、ベルブラッド氏に出会えたことを感謝しなかった日はありませんな」
ラムリディオス・ルオン・レガムディオーロッドという個体が該当する種族―――――アサト種。
ロイリーヌの生きる世界では存在が明らかにされ切っていない種族のうちの一種。
種族としての話をまず切り出すとするならば、現在で確認されている種族をある程度網羅しておく必要がある。
まず、現存している種族といえば、基本的には技能使いの才覚を持たないとされる一般的な人の姿をした『普人種』、人間のようでありながら技能使いとしての能力が全種族中最も高く評価されている『林人種』、獣のごとき駆動も人間のような駆動も器用にこなす俊敏性を特徴に持つ狼姿が主の『狼人種』、ヒューマン種の女性体を上半身に持ちながら蛇のような下半部が特徴的な『蛇女種』、小人のように小さい体躯ながら夜や洞窟内などに飛行形態を駆使して暗闇を行動範囲とする『蝙人種』、など他にも説明できる種族が存在する。
このうち、林人種あるいは狼人種は、普人種との混血であろうと同様に呼称され、一部では「ハーフエルフ種」・「セミウルフ種」などのように区別する傾向も見られる。
また蛇女種に関しては種族表記や説明で現れている通り、普人種の女性型しか生息を確認されておらず、普人種に則ると「男性型のラミア種」は存在しない。
逆に「蛇のような上半部に加えてヒューマン種の下半身を持つ種族」も数こそ少ないものの現存は今も確認されてはいるが、滅多に話題に上がることは無く正式な種族呼称もないため、そちらについては便宜上『蜥人種』という名称で仮分類されている。
蝙人種は体躯が小さい上に生息している域が域なため非常に視認しづらいが、実は普人種のような特徴も一部あるため会話を交わすことも可能である。
それを踏まえると、アサト種は普人種を主とする世界に於いて情報を網羅しているわけではなく、また現在確認できる資料を閲覧しても上記のような種族特徴すら確実な判明には至っていない。
だがこの種族の存在こそが、二〇〇余年先だとか六〇〇余年前だとかなどという時間軸の矛盾に説明がいく重要な点。
ロイリーヌの放った言葉の内の「時を越えて」という部分、同様に〝彼〟の言葉にあった「実時間以上に」という部分、それぞれがこの説明を真っ先に表現しているのである。
「吾輩魔王族として覚醒したのは幸か不幸かといった感じでありますが、覚醒が終了したと同時に時空を遡ろうなどといったチート能力さながらの出来事に出会うとは世の中真実は常識よりも奇妙でござるのですぞ」
「あれにはわらわも開いた口が塞がらんかったのう。次にお主が姿を見せたのは今から五〇年も昔の話…如何様な時を渡り廻ったのか計り知れぬ」
(あの時から150年くらいか…今から大体50年も前だっけな。話を聞いた時は目を疑ったぜ、いや疑う前に飛び出てたかもしんねえ)
時空を遡る。
この一言がすべてを物語る。
アサト種の最大の特徴――――それは、次元間の移動。
魔王族が犇めく業魔界という世界があるらしいのだが、その中でもアサト種は片手で数え切れるほどの希少な種族。
筆者の世界でいうと、魔界に存在する種族…というよりは、個体と表す方がより正鵠を射るだろうか。
例えるなら、性欲を察知し精気を奪うインキュバス/サキュバス、悪魔の名を欲しいままにするデーモン、魔界の主たる存在感を放つサタン/ディアボロス/シャイターン、七つの大罪に比肩する能力を持つとさえ言われているベルフェゴール、実際に七つの大罪の『色欲』に該当するといわれるアスモデウス、作者不明のグリモワール『ゴエティア』に記されていたとされるソロモン72柱の悪魔群など、枚挙に暇がない。
そういった『悪魔』たちが一堂に会するのが、筆者世界でいう『魔界』であることが多い。
話を戻すが、実は魔王族の全員がアサト種かと言われればそうではなく、またアサト種の全てが次元間を自由に移動できるのかと言われればそうではない。
『世界八大の謎伝』に列挙されているとして示した『次代の大魔王覚醒』の謎には、アサト種の謎も含有されている。
なぜこのような逸話じみたものが実際に在ったことだと断言できるその理由は、覚醒後の大魔王たちのうち一部にも同じような事象が起こっていたからに過ぎない。
ラムリディオスの協力の元、ロイリーヌは『現状の解答』として一先ず上記通りの特徴を導き出した。
詳しくはまだわかっていない部分も大きく、それ以上に理解を深めたければさらなる情報を重ね合わせた上で、彼女の推理・洞察・直感などに任せる外ない。
『いずれはちゃんと、解き明かしてやりたいもんだな』
「おおっとベルブラッド氏唐突なスイッチ切り替え、吾輩ビックリ仰天ザ・ワールドですぞ!むははは!!」
「単なる余興じゃ。現在を楽しめねば苦損ぞや」 (たまにはこういうのもいいもんだ、楽しくやろうぜ)
しかし今は、この時間の心地よさに身を任せられることを幸せを思う二人であった。




