第3話 聖なる結婚の相手
スファレが座学に打ち込み始めて一年もしない頃。
サンベリルに結婚の話が持ち上がった。
相手はダークレイ国のダクネス王子。
聖なる結婚だと周りは言った。
光の国と闇の国に永遠の平和が訪れると。
すでに平和協定が結ばれているとサンベリルが反論すると、さらに強固なものにするために必要だと父の国王は言った。
光の国の王女と闇の国の王子が結ばれれば、両国民も結ばれやすくなるだろうとも。
もう一つ、重い理由があった。
国王が病を患っていることが最近判明した。
すぐに命に関わることはないが、自分亡き後の娘達の将来を憂い早急に決断したのだった。
王女達の母である王妃も賛成し、スファレの結婚相手も見つけねばという話も王としていた。
サンベリルにとってどれも納得できる理由だったが、結局一番の理由は、丁度よく歳の近い王女と王子がいたから。
そうとしか、思えなかった。
そんなことで、会ったこともない王子と結婚するなど嫌だった。
それに、闇の者と結ばれるなら、相手にはタナトスという素晴らしい人が居る。
しかし、悲しみに顔を曇らせた。
教育係りとは、結ばれることはないとわかっている。
結婚を承諾はしないけれど、完全に話を無かったことにはできないまま、図書室に向かっていた。
扉を開けると、タナトスはいつも通りに座ってこちらに顔を向けた。
静かに近づくのを、静かに待ってくれる。
けれど、今日は微笑みがなかった。
サンベリルの顔を一目見て、彼の表情も硬いものになっていた。
「タナトス……」
向かいに座ったサンベリルは、消えそうな声で助けを求めた。
「私に、ダークレイ国の王子と婚姻しろと父から言われました。両国間の平和協定をより強固にするために。なにより、病を患うお父様が私の将来を心配してのことと聞き、はっきりと断ることができませんでした」
涙を零すサンベリルの手を、タナトスが優しく握った。
「サンベリル」
いつもはサンベリル様と呼ばれていた。
サンベリルはタナトスの目を見直した。いつもと同じ、漆黒の瞳が揺らぐことなく見つめていた。
「大丈夫、私がそばにいます。どんな時でも」
サンベリルは結婚を断れなかったことより強く、父を想って泣いていた。そのことに、タナトスは気づいていた。
指で彼女の涙を拭うと、言った。
「サンベリル、私に任せてくれますか? 王子のこと」
“王子” と言った声音には、静かだが恐ろしい響きがあった。しかし、サンベリルは最早それに恐怖することはなかった。タナトスの瞳の奥にある揺るぎない力。惹き込まれるようにただ見つめ続けていた。
「はい」
握られた手からタナトスの力が、闇の魔力が流れ込んでくるのがわかった。
サンベリルは目を閉じると、その力に身も心も開け渡した。闇などではなく、希望のきらめきが流れ込んでくるのが見えるようだった。
ダークレイ国ダクネス王子との対面の日。
サンベリルは部屋でひとり、王子の到着を待っていた。
着ているのは金に輝くドレス。サンベールの国花が細かく織り描かれた最上級の生地だが、サンベリルの清楚さに合わせて裾の広がりは控えめで、闇属性の王子のために抑えた深みのある輝きのドレスだ。
毅然と立ったまま、サンベリルは硬い表情で目を閉じた。
このようなドレスは、タナトスの前で――
その時、扉がノックされた。
現れたのはスファレだった。
彼女もダークレイ国の王子を歓迎するために、漆黒のドレスを着ていた。飾り気のないタイトなドレスだが、凛々しい顔立ちと立ち姿を引き立てている。
「お姉様、やっぱり、こうなりましたわね」
どこか、責めるような口調だ。
せっかく、王女教育に身を入れてみても結局は。
第二王女の立場は変わらなかった。
スファレは眉を寄せて、眩いばかりに美しい姉から視線をそらせた。
「スファレ、私の心は変わっていません」
再び自分に向けられた妹の瞳に、サンベリルは小さくうなずいてみせた。
「タナトスも」
そう続けると、笑った。
その笑みは、最初の授業でタナトスがスファレに見せた、余裕を漂わす笑みと同じだった。