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第2話 サンベリルとスファレ

 授業を終えて廊下を歩くサンベリルは、妹のスファレとばったり出会い足を止めた。


 第二王女スファレ。輝く金髪をボブカットにした、金色の瞳が鋭く輝く王女だ。

 ドレスを嫌ってよく男装しているが、今日は青い飾り気のないドレスを着ていた。


「お姉様、タナトス先生の授業は楽しそうですわね」


 出会い頭に高揚した微笑を見ていたので一目瞭然で、スファレは確かめるために聞いた。


「え、ええ。楽しいわ」


 サンベリルは突然の質問に困惑していた。


 スファレは普段から表情をあまり変えず、今も無表情で意図が読めなかった。


「私も授業を受けようと思います」


「えっ」


 座学は苦手だと言って、体で覚える魔法学以外は長い間避けていたのに。どういう風の吹き回しかと、サンベリルは眉を寄せた。


「安心なさってください。おふたりの間に割って入る真似はしませんから」


 周りと同じように、サンベリルとタナトスの親しい仲を知っているスファレは、姉の眉が寄ったのをそちらの心配と判断した。


「私は、ふたりきりになるつもりもありません。誰かに授業を見ていてもらいますわ」


「そんな気遣いは……」


 周りは、サンベリルとタナトスの仲をサンベール国とダークレイ国の者達にとって、手本になると評していた。しかし、歳の近い男女、サンベリルが結婚できる歳になっていることもあり、仲の良さを勘ぐる者もいた。


 スファレもだった。最早、半ば確信を持って聞いた。


「お姉様、タナトス先生のことがお好きなんでしょう?」


「そ、それは! ええ」


 自分に嘘はつけない。

 観念して目を閉じたサンベリルを、スファレはますます鋭い表情で見すえて言った。


「こんなことは言いたくありませんが、お姉様がいずれ泣かれる姿を見たくないので言っておきますわ。タナトス先生とは結ばれませんわよ。身分違いですもの」


 思うことをはっきり伝えるスファレ。

 サンベリルはいつか言われるのではないかと恐れていた。

 恐れていたけれど、恐れより強い気持ちに表情を硬くして答えた。


「わかっています。ですが、私はお慕いする気持ちを捨てるつもりはありません」


「そう、ですか。私はそのお気持ちを邪魔だていたしません」


 さっぱりと答える妹を、サンベリルは確かめるように見つめたが、表情は変わらなかった。

 それに、話してみると今日のスファレの瞳や口調からは、内側から強く放たれるような強い輝きを感じた。

 普段の彼女からはあまり正の感情を読み取れないから、尚更だった。


「ありがとう、スファレ」


 安堵してサンベリルが立ち去った後も、スファレはその場に立って考えた。


 思った通り。

 これは、王女の勉強にもっと身を入れる必要がありそう。

 今まで第一王女たる姉に任せていたけれど、その姉が教育係と駆け落ちしかねない。

 そうなれば、自分が姉の代わりになる。

 打算的な考えでもあった。しかし、ひねくれそうな自分を度々心配してくれる姉は好きで、彼女の優しさのおかげで完全にひねくれずに済んでいる。だから、今度は自分が姉を心配する番だという気持ちもあった。好きな相手と結ばれるために、協力したい気持ちもあった。


 スファレは歩き出し、自室に戻った。

 明るい日の差し込む部屋に飾られた、美しい風景画の大きな額縁を外す。

 現れたのは、円形の的当てボード。横には投擲(とうてき)用の短剣が数本。


 スファレは一時期、どうせ第二王女だからとやけ気味になり、こっそり奔放(ほんぽう)していた。

 その時に、騎士の集まる飲み屋にまで繰り出して、覚えた遊びだった。

 ボードはよく仕えてくれる専属侍女が、こっそり用意してくれたものだ。


 短剣を取り、距離を取って狙いを定める。


「もう、この遊びもお終いにしなきゃね」


 サッと投げる。

 狙った通り、真ん中に命中。


「やっぱり、腕を鈍らずのはもったいないかしら?」


 ニヤリとして、また短剣を投げた。




 翌日、スファレはタナトスの授業を受けた。


 侍女がふたりの視界に入らない場所で椅子に座り、待機している。


 スファレは机を挟んで向かいに座るタナトスを、初めてよく見た。

 美形だが、青白い顔色と目の下の黒い隈に、少し不気味な印象を持った。漆黒のローブがよく似合っているとも。

 以前、はじめましての挨拶をした時、彼は微笑んでいたが、瞳には得体のしれない深い暗さがあった。

 誰にも、闇属性の者にも怯まないスファレだが、少し怖い気がして緊張した。

 そして、姉に任せることにした。結果、姉とタナトスはのっぴきならない仲にまでなっている。


 今また瞳を見返してみると、最初の恐怖は感じなかった。姉との関係のおかげか。もしかしたら、義兄になるかもしれない。そのことまで、受け入れて見ることができた。


 真剣な表情のスファレに対し、タナトスはニッコリと笑った。

 柔らかい光に包まれたようなサンベリルとは対照的な、鋭さのある輝きを放っているスファレ。

 最初に会った時から、スファレが自分に対して恐怖と警戒心を持っているのは見抜いていた。

 自分の方は最初から今まで、サンベリルの可愛い妹として、優しい目で見ている。


「スファレ様まで授業を受けてくださるとは、光栄ですよ」


「改めて、よろしくお願いしますわ」


 スファレはなるべく(ほが)らかに言って、笑顔を返した。


「よろしくお願いします。では、どんなことを知りたいですか?」


 タナトスの質問で授業は始まった。


 厳かに進んでいく。

 スファレはやる気になると持ち前の向上心を発揮して、熱心に授業を受けた。

 その間も、タナトスの黒い瞳にじっと見つめられることに、度々気づいていた。

 相手も自分を観察している。

 そう、スファレは素知らぬ顔をしながら思っていた。


「今日は、この辺りにしておきましょう」


「はい。ありがとうございました」


 丁寧に会釈してから、スファレはタナトスの顔を見つめて微笑した。


「タナトス先生、お姉様のことですが」


「ええ、なんでしょうか?」


 フランクな聞き方に、タナトスは完全に無防備だった。


「好きなのですか? 女性として」


 タナトスは目を見開いて、ギクリと肩を動かした。


 授業を通して、はっきり質問してくる王女だとわかったのに。まさか、ここまではっきり来るとは思わなかった。

 完全に油断していたと言いたげに、目をすわらせた硬い表情でスファレを見すえた。


 ゾッとするような冷たさのある態度だったが、スファレはそれに気を取られるより、予想が当たったことに再び微笑した。


「ごめんなさい。突然驚かせて。でも、私、遠回しな聞き方が苦手ですの。答えていただけます? 大事なことなのです。妹の私にとっても」


「お慕いしていますよ」


 授業中と同じ、低く小さな声だったがはっきりとしていた。


「叶わなくても?」


 そこで、タナトスはスファレに、余裕のある笑みをみせた。


「諦めるつもりはありませんよ」


 本当にどうにかできそうに思えたスファレは、タナトスに怖いものさえ感じて言葉が出なくなった。


「これを聞いて、スファレ様はどうなさるのです?」


「私は」


 声がかすれて、一度ゴクリと息を飲んだ。


「こうして、勉強するのですわ。もしもの時のために」


「サンベリル様と同じ勉強を。なるほど、私達が共に城を出るかもしれないとお思いですか?」


「あり得ませんか?」


「そうですね、その考えはありませんでした。候補の一つに加えておきますよ」


「候補のひとつに?」


「ええ、ありがとうございます。では、また明日の授業でお会いしましょう」


 笑顔に流されて、スファレは見送られるまま廊下に出るしかなかった。


 もっと突っ込んでもよかったが、答えないと直感したのだった。


 自分で考えるしかないか。

 と、侍女が隣を歩くのに気がついた。


「授業後の私と先生の会話、聞こえてた?」


「スファレ様のお声はところどころ聞こえましたが、タナトス様のお声は小さくてなにも」


「そう。ねぇ、駆け落ち以外に、身分違いのふたりが結ばれる方法はあるかしら?」


「スファレ様、またそのようなことを」


「はぐらかさないで、わかっているでしょ? お姉様とタナトス先生のことよ」


 侍女の顔から血の気が引いた。


「誰にも秘密よ」


 侍女はつらいと言いたげに、また目を閉じた。


「おふたりが、か、駆け落ちをですか?」


「駆け落ちも候補に入れておくそうよ。ねぇ、他にあるかしら? いい方法」


 最早楽しんでいるスファレが笑いかけると、侍女はめまいを起こしたように目を閉じた。


「さあ、私には」


 10ほど年上の腹心の侍女に、スファレはニヤリとした。


「私より色々知ってるでしょう? 教えて」


「……駆け落ちではなく、サンベリル様を奪ってダークレイ国に帰るつもりかもしれませんね」


 いいわぁと言いたげに、侍女はうっとり上を見た。


「そんなことをしたら、ダークレイとサンベールは争いになるかもしれないわ。そんなの、お姉様のことを考えているとは思えない」


 その時は、体を張って止める覚悟を決めて、スファレは侍女をキッと見た。


「ですが、愛のためなら誰でも、とんでもないことをいたしますから」


「愛ね」


 愛がよくわからず、スファレはこめかみをトンと指で叩いた。


 愛がわからないうちは、ふたりのことにこれ以上突っ込んでいけない。

 もしもに備えつつ、今は傍観者でいるしかないかと腕を組んだ。

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