第二章 ようこそ! ユメノ荘へ ⑴
ここは、奈々子が住んでいる寮である。
さすが元温泉旅館と言うこともあり、趣のある白壁に日本瓦、本格的な昔ながらの木造建築の建物である。
土地だけでもざっと見渡しても、三千坪はあるだろう。庭はもちろん日本庭園あり、枯れ山水ありの四季折々の風景を楽しめるはずだ。
だが、今は寮である。
これだけの旅館であれば、何も寮に商売替えしなくても良かったのにと呟く人もいたというが、それも今や昔である。
「あら、冷凍鮪が」
その元調理場、今のキッチンルームに若い女性が冷蔵庫を見つめていた。
冷蔵庫には、三枚にも下ろされていない鮪が丸ごと入っていた。
ただの冷蔵庫ではない。
人が楽々と立って入れる、特別製の冷蔵庫だ。
見た目でも百パーセントののんびり屋を絵に描いたような雰囲気を漂わせ、凍り付いている鮪をなんとか取り出した。
「そういえばぁ今日かしら? 新しい人が来るって」
取り出したはいいが、調理するのに困っている御様子。
普段は絵に描いたようなのんびり屋でも料理に対しては、彼女自ら唱える。
自称『料理の哲人』だと。
普通は『鉄人』が正解なのだろうが、彼女は料理にも哲学があると信じ切っているらしい。
頭では色々と浮かんでいるらしいので、聞いてもらいたい。
「叩きでもいいかしら」
それは、鰹。
「ムニエルもいいわね」
一体、何人分作るつもりだ。
「丸ごとそのまま、残酷焼きでもいいわ」
調理だけでも夜が明けてしまう。
「シンプルに山芋をかけて、丼にするものいいわ」
と、パンと手を合わせさっそく市販品の冷蔵庫を開けたが、
「やっぱり、他の物にしよう」
どうやら、なかったようだ。
と、思案して小一時間。
「お刺身がいいわ。イカもあったし」
うんうんと、二回ほど頷いて調理を始めようと包丁を取り出した。
そして、鮪の頭を見て思った。
「兜焼きもいいわね」
と、視線が自然に既に沸騰しているゴールドに輝くフランス料理では定番の鍋と、下を向けば大きいが鮪の円らな瞳が見える。
うーんと、これまた定番のポーズで唸りながら考え込むモードに突入する寸前、次に彼女の視線に入ってきた物体によって遮断された。