第七章 やっぱり、お笑いは大嫌い!!
翌日。
やはり相沢は病院送りになった。
それでも新人といえ、蔵人顔負けのプロ根性でユメノ荘に戻るまでは我慢していた。
「そら、倒れるわな」
代理マネージャーをしていた商売上手なフリーターの静香は笑っていた。
その隣では、瑠伊が真っ赤な顔で病院とか学校でお馴染みのパイプ椅子に座っていた。
さすがの瑠伊も相沢の今の姿を見れば、
「ご、ごめん。やりすぎた、ね」
大人しく謝るしかなかった。
瑠伊はユメノ荘の皆が成功祝いの宴会で盛り上がっていた隙を狙って部屋に戻り、タイマー予約していたビデオを見た。
何のビデオを見ていたかは言わなくても分かるであろう。
「こ、こんなの私じゃないっ!!」
第一声。
見たくもない汚物を見た、素直な感想。
これが自分だと理解するまで時間がかからなかった。
だって実際にやっていたんだもん。
そこで思ったのだ。
相沢の実にリアルな痛そうな顔付きが、尋常でないことに。
同時に相沢が倒れて気絶をしたと大騒ぎになって、真夜中の二時に救急車で病院に送り込まれたのは。
「い、いいんですよ。先輩の実力が出せただけでも嬉しいのですから」
相沢は腰と腕と足に石膏で固められたギブスをはめられてベッドで寝かされていた。
個室とはいえ、この悲惨な姿は見るに堪えがたいものがあった。
幸い入院期間が三週間で済んだのは日頃の訓練の成果と言える。
「でもなぁ〜。漫才する度に病院送りされたら、売れてももうからへんなぁー」
「僕は金銭主義で漫才師になるといった覚えはないんです」
「燃えるツッコミには負けるわ、ホンマ」
三人は冗談も交じって、話に盛り上がっていた。
「ども、すみません。失礼しまぁす」
「え。朝倉さん!?」
「なんや、ここ天然と同じ病院かい!?」
松葉杖で入ってきた朝倉は折り畳まれているパイプ椅子を持ち出し、器用で慣れてる手つきでセットして座ると、
「真夜中に運び込まれた人って、相沢君だったのね。交通事故!?」
やはり話は相沢の怪我になる。
「いや〜、ツッコミ事故でして」
「あらあら。漫才師の勲章ね。私もいつかそんな怪我で運び込まれたいわね〜」
「いや〜、朝倉さんなら不可能じゃないですよ」
「ま、お上手ね」
二人で会話をしているらしいが、
「こんなトコでわざとらしい漫才しないでよっ!!」
瑠伊と静香には漫才を聞いてる感じであった。
「あら、気に障りましました?でも、病院送りにされた漫才師がいるだけで、何だが妙な親近感が沸きません?」
「わかへん、わかへん」
静香はすぐに反応した。
「今まで一人だけだったから寂しかったんですけど、こうして仲間が出来ると何だか嬉しいです。受験でも漫才でも」
「ああ、それなら僕も分かるなぁー。一人で漫才しても見てくれる仲間がいないと、何だか虚しくなっちゃうんだよなぁー」
「それじゃ、やめれば?」
瑠伊は冷やかす。
純粋にお笑いに浸かっている二人に聞く耳はなく、
「特に外野から「うるさい」と言われた日にはその家に火をつけたものですよ」
「それじゃ、放火じゃない?」
「凄いですねー。私なんか今でも落し穴しか作れないんですよ」
駄目押しに朝倉が言ってくれる。
静香はもう返す言葉も話す気も起きずに黙ってしまったが瑠伊は言ってしまった。
「あんた達、罪の意識がないの!?」
言ってしまってから気付く悲しい習性であった。
散々笑ったところで朝倉はパンと手を叩くと、
「そうそう。お二人のサイン書いてもらえません?」
と、取り出したのは色紙と油性マジックだった。
「サイン?」
瑠伊が素っ頓狂な声で驚いた。
「ええ、今のうちにドリームズのサインが貰えれば、いつか希少価値が出るじゃありませんか」
こういう点では、奈々子と似ているんだなと瑠伊は呟いた。
相沢からサインして、後の瑠伊もサインした。
「それに篠原さんもやっぱり、お笑いの人になりましたしね。私と同じ、東大受験と漫才仲間ですよ」
朝倉はガッシリと瑠伊の両手を掴んだ。
そこで静香が言う。
「そや、受験生。漫才やりーな。昨日の結構ハマってたで」
「篠原先輩!先輩の才能が一回きりというのは忍びないです!ぜひ、これからもやりましょう!!」
静香に刺激された相沢が復活した。
ギブス男となっても目に輝く一等星の数は無数に輝いていた。
瑠伊は三人の強制に近い説得と誘いを一身に受けた。
「篠原さん」
「受験生」
「篠原先輩」
三人の目の輝きが増幅された。
それも半端でなかった。
同時に瑠伊はビデオに映る映像を思い出した。
『あ、あんなの、もうお断わり!!』
瞬時の裁決であった。
圧倒的多数で決まった。
「「「さあ」」」
三人が迫る。
ニヤついた顔付きで。
「あーーーっ!!もう!!ドリームズ解散っ!!漫才なんてやらないっ!!」
瑠伊は叫んで迫る三人に歯止めをきかせた。
特に相沢は泣いていたが、ここは鬼になって言い切った。
「お笑いなんて... ... ... 、大っ嫌いっ!!」
場所を変えてユメノ荘では。
瑠伊のパステル画に額縁をはめてロビーの壁に張りつけた内村がいた。
煙草に火をつけて呟いた。
「大嫌い、それも結構」
白い煙が自然と消える。
内村は燃え尽きた煙草の灰が全部床に落ちるまで、じっと絵を見ていた。
じっと... ... ... 。
まるで自分自身に問い掛けるように。
まだ未来の行方すら掴めていない十八の少女を見つめていた。




