第一章 お笑いなんて、大嫌いっ!! ⑺
「ところでさぁー。ナナちゃんの寮って、何処にあるの!?」
瑠伊は、奈々子に聞いた。
正直に言えば、瑠伊は奈々子に詳しいことを聞いてなかった。瑠伊はとにかく普通の生活をしたい為に、マンションを出ようと決意したのである。
普通の生活。
瑠伊にとっては、
「いい加減、パパから離れないとお笑いタレントにされてしまう」
舞台から、一太郎から遠い存在での生活のことを指していた。
奈々子に相談したとき、奈々子が実際に何処まで瑠伊の本心を見抜いたかは定かではないが、快く引き受けてくれたことには瑠伊は感謝している。
その時に奈々子は、こう言った。
「私の隣の部屋が空いてますから、そこで暮らしてはいかがですか?私の寮、元々は温泉旅館だったから、露天風呂もあっていいですよ」
と。
瑠伊はそれだけでも嬉しかったので、後々の詳しい情報を寒天のように、するすると聞き流していた。
だから、瑠伊の情報はこんなものだ。
部屋は奈々子の隣。
暮らす寮には、露天風呂がある。
この二つだけであった。
だから、瑠伊から聞かれた奈々子は目を丸くした。
「どこって、兵庫県ですよ」
聞いた瑠伊も目を丸くした。
「ひ、兵庫県!?」
「そうですよ」
「東京から新幹線でどのくらい!?」
「今なら、二時間ぐらいですよ」
今なら、小学生でも行ける時間だ。
「じゃあ、ここ大阪からは!?」
おい、おい。聞かなくても分かるだろう。奈々子も、そう思っている。
「新快速で一時間ですよ。JR姫路駅ですから」
「姫路市!?」
「ええ。そこからバスで約一時間行ったところですよ」
瑠伊は、思った。
『遠い』
まさか、そんな所から奈々子が来ているなんて知らなかったのである。
しかし今更、キャンセルなんて出来ない。
瑠伊の荷物は、既に奈々子の寮に運ばれているからだ。
奈々子は頭が真っ白になっている瑠伊の背中を叩き、
「さぁー、行きましょう。寮の皆が待ってますよ」
積極的に瑠伊の手を引っ張って、二人はJR大阪駅に向かった。
だが、瑠伊は新なる事実と運命を知らなかったのである。
ただ駅に向かう途中、マクドナルドによった時に、
「これでやっと、普通の受験生になれる」
瑠伊は幸せを噛み締めていたのである。
奈々子に奢ってもらったんだが。