第六章 全国ネット! 初めての漫才!! (12)
しばしの沈黙が続いた。
カリカリカリ... ... ... カリカリ... ... ...。
瑠伊が勉強に集中させている。
シュシュ... ... ... シュシュシュ... ... ...。
内村が手際良く絵を仕上げていく。
実際の音はどうなのか分からないが、擬音と付ければこうなると思う。
微かに空気を振動させる音である。
「ところで瑠伊ちゃんは今回の事をどう思っているんだい!?」
三十分後、内村が問い掛けた。
瑠伊は丁度、数学の問題集の答え合わせをしていた。
「相沢君との漫才ですか?」
「そう、そのこと」
「今となってはもうやるしかないと思ってますよ。そりゃあ、パパから聞かされた時は激怒しましたけど、何だか良く分からないままに決まっちゃったというか何というか。正直に言ったら分からないんです」
瑠伊は息を吐き出した。
あまり出来が良くなかったという顔付きだった。
そんな瑠伊に、
「結果だけが人生じゃないさ。やり直しのきく失敗なら繰り返して直していけばいい」
内村は優しくフォローしてくれた。
「確かに」
問題集を片付けた。
「しかしね瑠伊ちゃん、自分の人生は一回きり。もう一度のチャンスなんて与えてもくれない苛酷なものさ。人から与えられた人生を歩か、人が決めた人生を歩かも正直に言ったら分からないのが当たり前さ」
「はあ」
瑠伊は頷くしかなかった。
「ここのユメノ荘の人達で自分の人生に踏み切れていないのは君と僕ぐらいさ。ここ三週間の間、相沢君と紺野さんの二人を見れば分かるだろう」
「はあ... ... 」
「あの二人は周りの人間から見ればちゃらんぽらんな人生を送っていると言われそうだけど、実は芯がしっかりとしているんだよ。共通点をあげるとすれば自分の目標に対して前向きなんだ」
「それは当たってる気がする」
気がすると言うのは瑠伊の余分な言い回しだが当たっている事実を曲げてはいなかった。
「相沢君は漫才を極める夢のきっかけが出来た。同時に紺野さんは芸能マネージャーを通してヒントを得ようと探っているという構図さ。そんな二人の間にいる君の心境も変わりつつある」
内村はパステルを動かしていた手を止め、
「完成したよ。服とスカートは白にして髪もうっすらとブラウンにしたんだ」
絵の説明を加えて瑠伊に見せた。
瑠伊は驚いていた。
絵に驚いていたのではない。
「よく見ているんですね、内村さん」
内村の洞察力に驚いていたのである。
内村は「何となく」と定着液を絵に吹き掛けている。
「ここがポイントなんだ。今はスプレータイプのフィキサチフがあるから心配はいらなくなったけど、僕みたいにお手製で定着液をかける人にとって色だれをさせないことに神経を使うんだよ。あまり照らさないで色を変化させないように吹き掛けるんだ」
等と言っているわりには手つきは慣れているようだ。
「よし、出来た」
三回だけ吹き掛けただけ。
内村は出来たての絵を見て、
「とにかく分からないのなら、頭で物事を決め付けるんじゃなくてやってみるのが一番だよ。この絵のように大人っぽい瑠伊ちゃんも受験生の瑠伊ちゃんも、君の本当の魅力なんだから」
絵を瑠伊に見えるように向けた。
「そ、そんなことないですよ」
「そして、漫才も。相沢君とやってみて、新しい自分に驚いたらいいよ。きっと、この絵を見た今の君よりも驚くから」
内村は絵を持って立ち上がった。
襖を開けて出ようとした内村に瑠伊は、
「本当ですか?」
問い掛けた。
内村は「そうだね」と天井を見上げ、
「まずは吹っ切れる事だよ」
それだけ答えると「成功を祈るよ」と一言付け足して部屋を出た。
パタン。
瑠伊は内村の足音が完全に聞こえなくなるまで、じっと銅像のように襖を見つめた。
「はあ... ... ... 」
息を吐いた。
水中から水面へ顔を出したスイマーが酸素を欲するに似た吐き方だった。
「ま、なるようにしかならないわ」
バタンとベッドに身を投げだして呟いた。




