第一章 お笑いなんて、大嫌いっ!! ⑷
その頃、一太郎は舞台裏でとても苛立ちを覚えていた。
その苛立ちは、ライブを行なっている瑠伊と奈々子の二人ではなく、
「まだ、来ないのか? 水木美歌は」
この二人の後に行なう予定のキャンペーンライブをやる美歌によるものであった。
一太郎は自分のモットーに合わない人間も嫌いだが、時間にルーズな人間はもっと嫌いになるタイプなのだ。
一太郎にとって、美歌がいるものと思ったらしいが、肝心の美歌はマネージャーの角田を連れだしている最中であった。
あれこれと待つこと、二分後。
「遅れましたぁー! 」
美歌が到着した。
同時に、一太郎の目の前に顔面蒼白の角田を突き出した。
「社長! 変えてもらえませんか! こいつの為に仕事に支障が起こるのはイヤッ! 」
一太郎が切り出す前に美歌は、先制を打ってきた。一太郎も流石に言えない。
顔面蒼白の角田は、未だに正気に戻っていないようだ。
それでも一太郎は言ってみた。
「あのなぁー、水木。お前さん、何人のマネージャーを壊せば気が済むんだ」
それに対する答えは、既に美歌は出来ていた。
一太郎は、それも知っていた。
知っていたから、この台詞は無意味で終わるのだが、
「もう、他にマネージャーがいないんだ。このまま、角田で我慢してくれ」
お願いするのも、時としては必要なのだ。
ドル箱を運んでくるタレントや芸人も大事だが、身を粉にしてまでサポートしてくれる社員も大事なのだ。
一太郎は意を決して言う。
「水木。角田がこれで退社したら、お前さんもクビだぞ」
本当はクビにする勇気すらない台詞。
脅迫の意味でもゲームの世界では、レベルも技も初級の部類だ。
これが、相手と同等であれば。
だが、一太郎は社長なのだ。いくら実の娘にコケにされようが、いくら自分だけが熱くなっていようが、一応は自分の城を持っているのだ。
と言聞かせていたが、そんなに現実は甘くない。
「なぁ〜んだ、そんなことか」
美歌は落ち込むどころか、反対に一太郎が思う程のダメージすらない、晴れ晴れとした顔を見せていた。
その顔は次第ににやけ、
「そーいえば、この間のレコード会社の人が来てさぁー、手っ取りばやい話、私を引っこ抜いてアーティストとして売り出したいんだって」
普通、こんな舞台裏ではしない重要すぎる話で切り出した。
この時点で一太郎を上回っていた。
「ハン! お前さんの程度の歌唱力で売れるかよ」
一太郎は頑張った。
精一杯に頑張った。
いくら顔が引きつっていても、いくら青ざめていても頑張った。
「歌唱力? 私には在りに余る程にある才能だわ! デビュー以来、出した曲の全てがミリオンセラーじゃない」
事実である。
歌手、水木美歌の実力は、自他とも認めていた。
「どうする、社長!? 」
勝ち誇っていた。
第三者から見ても美歌の完全勝利である。
美歌は笑っていた。
一太郎も、笑って誤魔化すしかなかった。
美歌をクビにする気なんて、全然、皆無に等しいのだから。
この時の二人は、なんという異様な雰囲気で包まれていたことだろう。近くにいたスタッフも三人ぐらいいたが、誰一人として美歌のスタンバイに声をかけられなかった。
その内に瑠伊と奈々子の即席コンビの漫才が終わってしまった。
「ん? 」
一足先に舞台裏にきた瑠伊が、高らかに笑う二人を見つけた。
「あー! 美歌ちゃん、来てたんだね」
続けて奈々子が、二人に負けない大声で美歌に抱きついた。
その勢いで、美歌と一緒に倒れてしまったが、
「そっか。確か、新曲のキャンペーンだって言ってたね。ここでもするの? 」
その場で座り込んだまま、話続けた。
しかし美歌は、
「あいたた。後藤先輩、いきなり抱きつかないでくださいよぉ〜」
倒れたときに頭を打ったらしく、頭を撫でていた。
「ごめん、ごめん。美歌ちゃんに会ったの久々だからさ」
奈々子は立ち上がる。
美歌も立ち上がった。
一太郎と瑠伊の親子は、
「いきなり、打ち解けている」
二人のやりとりを見ているしかなかった。
美歌も一太郎との話をすっぽかし、
「久しぶりといっても、三日前に会ったじゃないですか」
少し頬を赤く染めて、奈々子に話す。
奈々子は笑っていたが、
「でさ、キャンペーン、いつ!? 」
上手く切り返し、美歌の新曲キャンペーンの話にすり替えた。
ちょうど、タイミングがよくアナウンスが流れた。
『只今より、水木美歌の新曲のキャンペーンライブを行ないます』
一斉に会場が盛り上がる。
美歌のファンが紛れていたせいだ。
美歌は言った。
「これからです。後藤先輩」
これ以上のない、答えであった。