第四章 ども、朝倉渚です。 (14)
ここは、大阪。
瑠伊がかつて住んでいたマンションに一太郎はいた。
自分の家だから当然である。
いくらパンツ一丁で闊歩しても、いくらビールを一ダースほど飲んでも、いくらテレビで野球観戦しても、自分の家であるから自由なのである。
だが、一太郎はビール程度では酔わない。
アルコール度数九十九パーセントのブランデーでさえ酔わない今の状態でいた。
「いくらお笑いが嫌いだからって、出ていくことはないのになぁ〜」
家出した愛娘、瑠伊がいなくなってからの口癖になっていた。
地酒、泡盛と、やけになって飲んだくれたが、全然、酔わなかったのだ。
観戦している野球も応援している大阪タイガースも、
『敗けて、大阪タイガースの最下位が決定いたしました。五年連続最下位決定です』
のアナウンスでテレビを消してしまった。
トゥルルル... ...、トゥルルルル... ...。
テーブルを響かせて電話が鳴り響く。
「んー?今頃、誰だ?」
一太郎は受話器を耳にあてた。
瞬間、我が耳を疑い、
「電話から聞こえる声まで、我が娘を真似るのか!?」
幻聴まで聞こえるのかと、思った矢先だ。
『パパ!何ボケをかましてるのよっ!自分の娘の声ぐらい覚えていろっての!?』
二メートルぐらいいても届きそうな瑠伊の声に、
「ほ、本物の声だな!?瑠伊、ようやく帰る気になってくれたか」
涙が出るほどに嬉しかった。
一方の瑠伊は一太郎の泣き声に、
「泣いたって、戻らないわよ」
冷たく呟く。
一部始終、そのやりとりを見ていたしのぶと相沢は、
「壮絶な話し合いですね」
「ああ」
その凄さに圧倒されていた。
一太郎は叫ぶ。
「そりゃあ、ないだろぉ〜。お前がいなくなってから近所の人達から冷たい視線を浴びせられるし、社内でも「娘さんに逃げられたのですか」なんて噂されるし、パパは身も心もボロボロなんだぞ」
それは、物凄い仕打ちなのだ。
特に近所の噂話のはいろんなオヒレがつくし、マスコミのスキャンダルよりも消え去らないから質も悪いのだ。
だが、事実は事実。
『その通りじゃない。今頃、遅いわよ』
瑠伊の一言で終わってしまった。
今度は瑠伊からようやく、
『そんなことよりも、自分のタレントがヤバイ情況になってるのよ』
本題に切り出した。
「ヤバイ?」
『かなりね。今からマスコミ各社を押さえて頂戴。ナナちゃんと組んでる朝倉渚さん知ってるよね?彼女、交通事故を起こして右足を骨折しちゃったのよ』
「なにぃ〜!!事故ったぁ〜!?死んでないだろうなぁ〜?」
一太郎は途切れ途切れにしか聞いていない。
『勝手に人を殺すなぁ〜!!足の骨を折っただけ!!近々テレビの出演があるんでしょう?代役のタレントとか早く交渉もお願いね』
一方的に瑠伊は電話を切った。
だが、これが誤りであった。
一太郎は受話器を置いた。
無言のまま、ノートパソコンを取り出すとカタカタとキーボードを叩く。
画面に出てきたのは篠原プロダクションのタレントのスケジュール一覧である。
だが、やっぱり、無駄な工作である事に気が付く。
「完全に埋まってる... ...な」
煙草に火をつける。
一服した。
ファクシミリには前々から用意していた二人の突然の活動休止を伝える文面を送りながら呟いた。
「やはり、こうなったか... ...」
すでにいけないことが思いついた、悪ガキの顔つきであった。
だが、一つだけ大きな難点があった。
ドーバー海峡を往復するよりも難しい究極の難点である。
「先に交渉してしまおう」
思いっきり、いけない事であった。




