第四章 ども、朝倉渚です。 ⑻
これでようやく、
「なんだぁー、飲み物が欲しかったのか」
「あら、そうだったんだね」
二人にも分かったようだ。
静香としのぶは、一気に力の抜けた同じ台詞を言う。
「気付いてくださいよぉ〜」
「気付いてやってなぁー」
言った途端に四人とも笑いだした。
「で?あそこで寝てるんは、燃えるツッコミやんか!?今日は受験生の追っ掛けをしなくてもええんかいな!?」
縁側で熟睡中の相沢を指した。
くるみと内村は、「さあ」と首を振る。
「相沢センパイ、今朝も昨夜もずぅーと、瑠伊センパイの鉄拳を食らってますよ」
汗を拭き取っているしのぶが呆れ返ったように報告する。
「コンビ組む確率、ゼロやからなぁー。いつもの強引さでも首を縦に振らんからな、受験生は」
「そりゃあ、そうですよ。来年は東大受験なのにお笑いなんてやってられませんよ」
と、持ち出していたカセットテープを巻き戻す。
「まだ、練習かい!?しのぶちゃん」
「はい、内村さん。お洗濯取り込む時間には早いし、せっかく学校も半日で終わったんですから」
静香は軽く口笛を吹いた。
くるみはパチンと手を合わせた。
「あ、そうそう。クッキー焼いたのよ、食べてからにしたら!?」
「いいえ、遠慮します」
と、また立ち上がって音楽に合わせて軽いステップから踏み始めた。
「まあ、頑張り屋さんね」
にこやかにくるみは笑った。
内村は煙草を取り出して一服している。
「だけどなぁー、頑張るにしても節度がいるで。受験生もダンサーも肩に力が入りすぎとちゃうか。ウチやったら、ストレスでおかしくなっとるで」
静香は小さいビンを買物袋から取り出した。
「あら?静香さん。パチンコ!?」
「そや。今日は新台入荷でな、玉の出がええんや」
一口入れる。
「このスコッチも、あのジュースもそうなんや」
と、二口目には飲み干してしまった。
「そーいや、漫才師から何か電話があったやろ!?」
「何がです」
くるみはもう掃除を忘れていた。
内村はイーゼルを折畳み、
「何でもテレビの仕事が来たとか言ってたよね」
続いて他の画材も片付けていた。
「そうや、画伯。何だかんだといっても上手く夢に向かってるからな。羨ましいわ、ほんま」
そこでくるみが割り込んだ。
「でもォーーー、奈々子ちゃんの相方って、私の友達ですよ」
心配そうに警戒した。
同時に静香と内村が止まった。
「で、でも、退院したと聞いたよ」
内村が動揺する。
「う〜ん。それでも彼女の場合、当日にならないと... ...」
くるみの言うことが正解である。
奈々子の相方を知っている者であれば、それは常識といわざるをえない。
だが静香が言い切った。
「大丈夫やって!いくらドジが多いからって、自分の人生棒に振る奴はおらん!もう去年みたいなこと、あらへんやろ」
その張り上がった一言で、奈々子の話は打ち切った。
しのぶは変わらすにダンスに夢中だ。
相沢も寝返りを打っている。
内村も何時の間にか、どこかへ姿を消していた。
「せやけど正直な話、焦るわな」
「どうしてですか、静香さん」
浮かない顔で静香は話す。
「それぞれが確実に叶えてきてるやろ。近くで見ててウチ、焦ってるんや。そりゃあ、商売するのに経験も金もいるからな。時間も一番にかかるだろうけどな」
「うーん、難しい話ですね」
ワンテンポ、遅らせて答える。
「そーやな。コックも焦ってるだろーし。どういった経過は知らんが、大きなチャンスが友達に来たんだしな。親友として応援するしかないわな」
「そうなりますかねぇー」
くるみは曖昧な返事をした。
顔色は一つも変えないのに、この時のくるみは持っていた箒を強く握っていた。
静香は握っている手から細い血管が浮き出ていたのを、わざと見逃していた。
「ほな、部屋にいっとるで。夕飯には呼んでな」
これだけ言い残して静香は寮へ入っていった。
一方のくるみは、しのぶが踊り終わるまで箒を握ったまま突っ立っていた。




