第四章 ども、朝倉渚です。 ⑺
その頃、ユメノ荘では。
「あら。しのぶちゃん、ダンスの練習?」
中庭の掃除をしていたくるみがハイテンポの音楽に合わせて激しく動くしのぶに話し掛けた。
しのぶの耳に聞こえるわけがない。
その二メートル先でスケッチしている内村が手招きでくるみを呼び寄せ、
「くるみさん、聞こえませんよ。僕もコレがないと、しのぶちゃんのスケッチなんて出来ないんですから」
耳栓を見せた。
ワンテンポだけ遅らせ、
「なるほど。確かに騒がしいですものね」
くるみが頷いた。
「でも、しのぶちゃんを見ていると清々しいですね」
「しのぶちゃんは本場のニューヨークでダンサーになることを願ってますからね。英語も熱心に勉強しているようですよ」
「まあ、あらあら」
くるみは珍しく目を丸くした。
内村の筆先が止まった。
「まあ、こんなものかな」
「まあ、こちらも早い筆使いですね」
内村のスケッチブックには普段とは正反対のダイナミックな動作を見せるしのぶの姿があった。ボブカットの髪も跳ね上がり、顔つきさえも別人のようである。それを一見すれば荒っぽいと見える内村の筆使いで更に強く強調している。
「いやぁー。本当は縁側で寝ている彼を描きたかったんだがね。どうしても、しのぶちゃんに目が移ちゃって」
内村は縁側で仰向けで寝ている相沢に目を向けた。
くるみも見て笑う。
「あらあら。よく寝ていられること」
「でしょう!?」
和やかな会話をしていた。
同時にしのぶがかけていた音楽も止まる。
汗だくになってその場に座り込んだしのぶが二人を見た。
まだ息が乱れ切っているようだ。
手振りのジェスチャーで二人に話す。
この二人はどちらかで言えば苦手であった。くるみは絵にも描いたようなのんびり屋さんだし、内村もどちらかで言えば反応が遅い方である。十回もジェスチャーをしたのに分かってくれなかった。
ただコップで飲み物を飲む素振りだけなのに。
「ん?ダンサー、ジュースやろうか?」
くるみと内村の二人よりも遥か遠くの玄関への路地で立ち止まっていた静香が響き渡る声で言ってくれた。
もちろん、しのぶは大きく手を振った。
「ほらよ」
しのぶへ缶ジュースを投げる。
パシと片手で受け取り一気に飲み干す。
「ふうー」
と、やっと声を出した。




