第四章 ども、朝倉渚です。 ⑵
十分後。
二階の食堂。
麦茶を一杯飲み、
「ふぅー」
瑠伊は心底にほっとした。
その向かい正面に座っている女性が死んでなくて良かったと。
同じく女性も麦茶を飲むと、
「ども。私、朝倉渚といいます。私、体がとっても弱くって、すぐ貧血でダウンしちゃうんです」
何事もなかったかのように笑った。
思わず突っ込みたい。
ダウンって、さっき脈がなかったけど?
と言ってしまいたいが、瑠伊は顔を引きつらせて笑っていた。
朝倉はもう一回、麦茶を飲んだ。
「ふう。もう大丈夫です。落ち着きましたから」
「そ、そうですか」
本当かしら!?と疑うが、ひとまずは瑠伊も安心した。
「あら?」
「え?」
朝倉と瑠伊の距離が縮まる。
急に瑠伊は変に緊張する。
『ま、まさか』
変な思い込みをしているが、朝倉は瑠伊の眼鏡を取り上げて見つめているだけである。
「あ... ...、あの何か?」
ぎこちなく問い掛ける。
朝倉は真剣に見つめ、
「まあ、可愛い顔。あなた中学生?」
手の平を合わせた。
「十八歳です!!」
「まあ!」
一時、驚いた朝倉だが、
「嘘をついても駄目!」
のほほ〜んと言う。
「本当です!!」
「あらあら」
瑠伊の真実を聞いてくれない朝倉が遠くを見つめていた。それは食堂の端の方である。
「あらまぁー」
それでも中央にいる朝倉には充分な程に見えているらしい。
「ん?」
相席の瑠伊も振り返って朝倉の視線を辿った。
すぐに分かった。
一秒も経たずに分かってしまった。
あの茸のようなアンバランスな髪型をしている人物を。
「桜井君ね」
朝倉の言う通り桜井が食堂に来ていた。
でも、なんで!?と瑠伊は不思議に思ったが、それも朝倉が教えてくれる。
「隣の専門学校の授業をサボって、ここに来たのかしら」
「サボって... ...ね」
「とすれば目当ては私かしら!?」
何故、そうなる。
「やあ、渚さん。探しましたよ」
そうなのか!?
「やっぱり、桜井君だ。あのアフロで分かっちゃった」
「いやぁー、そんなに誉めなくても」
二人はごく自然に話す。
そんな二人を見ない人がいないのは桜井のヘアースタイルもあるが、
「それにしても凄いですねぇー、渚さん」
「何が」
「全国模試ですよ、渚さん。一位じゃないですか」
朝倉の模試の成績がギャラリーを増やしていた。
「一位!?」
瑠伊は慌ててもう一度、模試の順位表を見た。そして愕然となった。
瑠伊の得点よりも十点上の名前もはっきりと『朝倉渚』と記されていたからだ。
「朝倉さん、志望大学は!?」
瑠伊が問い掛けた。
その鳩が豆鉄砲を食らった、素っ頓狂な声で朝倉と桜井の二人が振り向いた。
桜井は驚いた。
「し、篠原さん!?眼鏡かけていると別人に見えるね」
同時に朝倉も、
「東大ですよ、もちろん」
平然と言い切った。
「現役ですか!?」
瑠伊は真剣だった。
自分よりも上の人間が知りたかったのだ。
だから、桜井の声なども聞こえていない。
分厚い牛乳ビンの底のようなレンズの眼鏡をかけて、普段のロングヘアーから今日は三つ網にして、表情も熱意ある真剣さよりも無表情に近い絵にも描いたような受験生姿で聞いていた。
桜井が、「渚さんは... ...」と言い掛けた途中で、
「ちょうどお昼だし、これからお昼にしません!?」
朝倉が二人に勧めた。
二人は言葉に詰まったが何となく首を縦に振った。




